- 村田 英幸
- 村田法律事務所 弁護士
- 東京都
- 弁護士
対象:労働問題・仕事の法律
第1 労働契約の解消
1 合意解約・辞職
(1)合意解約
合意解約とは,労働者と使用者が合意によって労働契約を将来に向けて解約することです。具体的には,労働者が退職を申し込み,使用者がそれを承諾することによって,労働契約が解消されることになります。
合意解約の場合,労働者の退職の申込みである退職願は,使用者の承諾の意思表示がなされるまでの間は撤回することができます。そこで,使用者の承諾の意思表示があったといえるのか争われることがあります。
この点,判例(最判昭和62・9・18労判504号6頁)は,労働者の退職願に対する承認は,労働者の新規採用の場面とは異なり,採用後の労働者の能力,人物,実績等について掌握しうる立場にある人事部長に,単独でこれを決定する権限を与えることとすることも何ら不合理なことではないとして,人事部長が退職願の受理をしたことをもって,使用者の承諾の意思表示があったものとしています。ただし,この判例を前提としても,大企業の場合に,人事部や労務部が採用後の労働者の能力・人物・実績等について管理を行い,人事部長や労務部長が日常の職務内容として,会社における退職の決裁を行っていたという事情が必要になります。逆に,中小企業において,社長が正社員の採用から退職までの過程に関与し,最終的な決定を行っているような場合には,社長の承諾が必要になります。
(2)辞職
辞職とは,労働者による労働契約の解約です。期間の定めのない雇用契約の場合,
労働者は2週間の予告期間を置けばいつでも,特別な理由なく,労働契約を解消す
ることができます(民法627条1項)。ただし,月給制の労働者の場合には,解約は
翌月以降に対してのみなすことができ,しかも当月の前半においてその予告をなす
ことが必要です(民法627条2項)。
これに対し,期間の定めのある雇用契約の場合,やむを得ない事由があるときに
限り,直ちに契約の解除をすることができるにとどまります。また,その事由が当事者の一方の過失によって生じたときは相手方に対して損害賠償の責任を負うことになります(民法628条)。
辞職の場合,労働者からの一方的意思表示による労働契約の解消を意味しますか
ら,使用者の承諾の意思表示は不要であり,撤回することもできません。具体的に
は,労働者の退職届の提出だけで辞職の効力が生じることになります。
(3)合意解約と辞職の区別
合意解約の申込みであれば,労働者は,相手方が承諾の意思表示をするまでは撤
回することができますが,それが辞職の意思表示であるならば,もはや撤回の余地
はありません。そこで,両者の区別が問題となることがあります。一般に,退職願
を提出した場合には,相手方の承諾を前提としているので,合意解約の申込みであ
り,退職届を提出した場合には,相手方の承諾は前提にしておらず,辞職の意思表
示であると説明されることがあります。しかし,労働者の側で,合意解約の申込み
になるのか,辞職の意思表示になるのか,認識していることが少なく,また,退職
願・退職届を意識して使い分けている場合はほとんど考えられません。我が国の
労使関係下では使用者の意向の如何にかかわらず契約を終了させるという労働者の
意思が明確なケースが少ないことなどの点を考慮して,労働者の側で慰留されたと
しても辞める意思が明確である場合を除き,原則として,合意解約の申込みである
と解釈されることが多そうです(菅野和夫ほか『労働判例百選』163頁 松尾邦之)。
(4)退職の意思表示の瑕疵
解雇に相当する事由がないにもかかわらず,解雇があり得ることを告げることは,
労働者を畏怖させるに足りる違法な害悪の告知であるから,このような害悪の告知
の結果なされた退職の意思表示は,強迫(民法96条1項)によるものとして,取り
消しうるものと解されます(東京地判平成14・4・9労判829号56頁)。
また,解雇事由が客観的に存在しないのを知りつつ,それがあるかのように労働
者に誤信させて退職の意思表示をさせた場合には,錯誤(民法95条)や詐欺(民法96条1項)が成立することになります。
さらに,労働者が反省の意を強調するのみで退職の意思は持たず,そのことを使用者も知りつつ退職願を受領した場合,心裡留保(民法93条)として無効とされます(東京地決平成4・2・6労判610号72頁)。
(5)退職勧奨行為の限界
退職勧奨は,使用者が労働者に対して退職の意思表示を誘引する事実行為であり,
法的拘束力を持たず,対象者はこれに応じる義務はありません。もっとも,対象者
が勧奨に応じないことを表明し続けているにもかかわらず,極めて多数回にわたり,
しかも長期にわたって,執拗に退職勧奨行為を行えば,使用者は,労働者に対して,
不法行為に基づく損害賠償責任を負担することになります(最判昭和55・7・10労
判345号20頁)。
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