【ワクワク実現者 柴崎智弘 物語】 第二話 - 経営戦略・事業ビジョン - 専門家プロファイル

伊藤 健之
ユー・ダブリュ・コンサルティング 代表
経営コンサルタント

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閲覧数順 2016年12月04日更新

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【ワクワク実現者 柴崎智弘 物語】 第二話

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ワクワク実現村
入社して半年が経った頃、上司(女性)のグループリーダー(GL)は、ご家庭の都合で退職した。
新しい上司(男性)は、とても優しく、部下に対して気配りをしてくれる人だった。

今までのGLに対するストレスが嘘のようになくなったが、もっと大変だったのはここからかもしれない。
なぜなら、今までの”苦痛”の原因は、その女性のGLであったが、
ここから、いよいよ自分自身の「実力のなさ」と向き合わなくてはいけなくなったからだ。

この頃から、職場では「粗利益をどのくらい稼いだのか」が重視されてきていて、「数字を上げている人は
“人として◎”、上げられていない人は“人として×”」みたいな空気があった。

「数字が上がらない自分=組織に役に立ってない自分」
これを自分で認めることは辛かった。

「何故できないの?」
周りから、そう思われているのではないか、そんな妄想と自己嫌悪でどんどん自信を失っていった。
そもそも、自分は周りの目が気になりすぎるタイプということもあるかもれないが。

入社した当初は、「3年は続けよう!そしたら新しい道が開けるかもしれない」
そう信じていた。
しかし、優しい上司に替わっても、この職場、この仕事を続けていく自信が持てなかった。

「もう辞めたい。」
「しかし、年齢的にも、入社して間もない時期でもあるし、やめるわけにもいかない。」
ものすごく葛藤していた。

前の会社を辞めるときに、大変お世話になった専務から「3年は勤めなよ、約束だよ」という言葉を
頂いていた。短期間に転職を繰り返していた私を心配してのお言葉だった。

いろいろな考えが頭をよぎり、辞めるという行為に踏み切ることができなかった。
いつしか「寝なくてはいけない時間になっても眠れない」、いわゆる不眠症に苛まれていった。
2007年3月くらいだったと思う。
初めての経験だった。

眠くて眠くて仕方がない、という経験は何度もあるが、
寝なくてはいけないのに寝れないという経験はそうあるものではない。

寝れないから、会社に行ってから猛烈な睡魔が訪れる。
夜が長い。
明日のことを考えると、朝を迎えるのが怖い。
でも寝ないと、もっと辛い。
寝なくては、寝なくては、と思えば思うほど寝れなかった。

この頃から、睡眠薬よりは弱いが、睡眠を促進する精神安定剤を処方してもらい
生まれて初めて服用するようになっていた。
家族も相当心配していた様子だった。

ちょうどこの頃だった。
2007年4月くらいだったと思う。
「TEAMカイゼン活動」というものに出会ったのは。

私たちには知らされていなかったが、実験的に、パイロット的に「TEAMカイゼン活動」が行われており、
数名の社員が半年間の活動内容や感想を組織全体の前で発表していた。

そして、その活動をファシリテートしていた伊藤氏が、「TEAMカイゼン活動」とは何ぞや、とか、
今世の中の組織に必要なのはこういうことだ!という内容のミニ講演をしていた。

そして、その講演の最後に次回の活動参加者の募集が告知された。

仲間の感想や、講演内容を聞いて、
「いいな〜。楽しそうだなあ。」
とは思いつつも、心が疲れきっていたせいか、あまり深く関心を持つことができず
「もうすぐ辞めようと思っているこんな俺が参加するようなものではないな」
そう冷めていた。元気な時の自分だったら絶対飛びついているはずなのに・・・

そんな折、上司から
「柴崎くんは、ああいうの好きでしょ?参加してみたら?」
と言われた。
本当だったら、すぐにも二つ返事で参加するところだが、その時は冷めていて
「考えさせてください」
みたいな返答をしてしまった。

募集締め切り日の当日。
いろいろ悩んだ結果、辞めるから参加しないのではなく、この「TEAMカイゼン活動」に最後賭けてみて、
それでもだめだったら、その時は、決断しよう!
そう自分の中で意志が固まり、それこそ藁をもつかむ思いで、参加表明をすることにした。
2007年4月のことだった。

まだこのときは、この「TEAMカイゼン活動」が私にどんな影響を及ぼすかなんて知る由もなかったし、
しばらく後に新人のトレーナーを務めることになるなん夢にも思わなかった。

次回は、いよいよ「TEAMカイゼン活動」に参加してから、私の気持ちにどのような変化があったのか、
触れていきたいと思う。


伊藤健之の解説


みなさんの組織では、「犠牲フライ」「送りバント」が評価されていますか?

サッカーでも野球でも、「みんなが点を取りにいこう」」とすれば、そのチームはきっと勝てないでしょう。
犠牲フライや犠牲バント、アシストをする人がいるから、チームとして効果的に点をとることができます。

しかし、ビジネスの世界では、成果主義や目標管理制度が行き過ぎてしまい、
− 数字が上げる人は「役立つ人」、数字を上げない人は「役立たない人」
− 売上、収益、生産性といった数字でしか人を評価しない
こんな雰囲気の組織が多くなっています。

これでは、ゲームである野球やサッカーよりも劣っているといわざるを得ません。

「数字にならないことはしたくない」
だから、「助け合い」や「情報共有」といった横のつながりが希薄になります。
当時の柴崎さんの職場でも、同じような風潮があったんでしょう。
「数字が人格」という単一的なモノの見方が、「組織で働く意義」を見失わせています。

さて、こんな「どん底」の状況から、柴崎さんはどうやって立ち直ったんでしょうか。
次回の展開が楽しみです。


「実現村」は柴崎智弘さんのように「自分の人生を往ききろう」としているサラリーマンを応援しています。
http://www.jitsugenmura.jp/