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閲覧数順 2016年12月06日更新

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人生の師と呼べる方と出会えた方は幸せですね

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雑感
人生の師と呼べる方と出会えた方は幸せですよね。
先日がんで他界されたミュージシャン、忌野清志郎さんの場合は、
初期のヒット曲「ぼくの好きな先生」のモデルとされる小林先生だった。
5日3時1分asahi.com記事はこう紹介している。


♪劣等生のこのぼくに すてきな話をしてくれた
2日に58歳で亡くなったロックシンガー、忌野清志郎さんには終生慕う先生がいた。
東京都立日野高校で担任だった小林晴雄さん(77)。
初期のヒット曲「ぼくの好きな先生」のモデルになった。
必ず闘病生活を乗り越える。
先生と級友はそう信じてきた。

3日、都内で営まれた清志郎さんの通夜に、小林先生は参列した。
ひつぎの中の教え子は穏やかな顔をしていた。
「十分がんばってきたんだ。ゆっくり休め」。
心の中で声をかけ、花を手向けた。

《十八になる私の子供はギターのプロになるのだと申します。
私どもには何が何だかわからなくなりました》

69年11月、朝日新聞にこんな身の上相談が載った。
清志郎さんの母からだった。

「大学に行っても4年遊ぶんだから、4年は好きなことをやらせてあげましょう」。
気をもむ母を説得したのが、小林先生だった。

清志郎さんは67年に高校に入学した。
俳優の三浦友和さんも同じ学年だった。

同級生の斎藤園子さん(57)によると、校内では物静かだった。
小柄できゃしゃ。マッシュルームカットでひょうひょうと廊下を歩いた。

高校時代にバンド「RCサクセション」を結成。
活動にのめり込み、欠席や遅刻が相次いだ。
ただ、美術部顧問で、生徒の話にじっくり耳を傾ける小林先生にひかれ、
絵画制作に熱中した。

「勉強が嫌いだから絵描きになった」という先生は、職員室が嫌いで、
美術準備室でいつも一人でたばこを吸っていた。
後輩の芝田勝美さん(56)は、部員でもない清志郎さんがショッキングピンク
に染め上げた白衣を着て、放課後の美術室で黙々と絵筆を動かしていたのを
覚えている。
「本当に小林先生を慕っていました」

高校を卒業した70年にプロデビュー。
2年後、「ぼくの好きな先生」が入った初アルバムを携えて美術室を訪れた。
「先生のことを歌にしたんだ。迷惑でしたか」。
先生は「照れくさかったけれど、やっぱりうれしかった」。

ステージでは、派手な衣装やメークに身を包んだ。
でも同級生の岡田重子さん(57)は「普段は静かな人。
あのお化粧は照れ隠しでしているんだなと思っていた」。
清志郎さんの本名は栗原清志。
先生や級友はずっと「栗原くん」と呼び続けてきた。

10年ほど前から、小林先生を慕う卒業生が開くOB展に清志郎さんも
出品するようになった。
06年にがんの闘病生活に入っても出品は続いた。

昨年2月。武道館で「完全復活祭」と銘打ったライブがあった。
招待された小林先生は、同窓生6人と客席で見守った。
終演後に楽屋を訪れてビールで乾杯し、「無理しちゃだめだよ」と皆で声を掛けた。
清志郎さんは高校の頃と同じように「うん、うん」と照れくさそうにうなずいた。

だが、がんは転移した。

先生と清志郎さんが最後に会ったのは今年2月、OB展の会場だ。
三浦さんと共に訪れた清志郎さんは、1時間近く思い出話に花を咲かせた。

まとめ役には「先生にどうしても会いたいんだ」と電話してきたのに、
先生には、安心させようとしてか「もう大丈夫です」と笑ってみせた。

清志郎さんが逝った夜。
同級生の坂崎隆義さん(57)はOB展のブログに追悼の文章を書き込んだ。
「一緒に生きた幸せな時代。しんどい時代だけれど、なんとかしのいで
生きていく。みんな。忘れないよ。合掌」(小島寛明、市川美亜子、鈴木暁子)





朝日新聞の記事を見て判るように、忌野さんがミュージシャン忌野清志郎
ではなく、素の自分に帰れる場所の象徴だったのかもしれません。

小林先生との出会いが偉大なミュージシャン忌野清志郎を形作ったのかもしれません。

人生の師との出会いって、それほど大きいものなんですね。



私は行く先々で必ず師と呼べる方と出会えてきた。
これは実に幸せなことだと思う。

小学校時代の古矢先生、麻布では近藤先生、法政では大下、神谷両教授、
国士舘では西野教授、渡辺教授等、税理士になってからも支部長を始め、
私には、数多くの師と呼べる存在がいる。

人生を豊かにしてくれる、また心の支えとなる言葉を送ってくれた師匠です。

教育の現場は、未完成な生徒、学生の成長過程を支援する場所ですから、
もっともデリケートで、難しい。

私が本業とする税理士の場合には、経営者教育を求められる場面もあります。
教育に携わってきた経験が活きることもありますが、人格的に完成された
大人に対するものだけに、教育現場とは違った難しさがある。

完成されているだけに、軌道修正が難しいのですね。
自分の選択に対するプライドも子どもと比べて非常に強いのです。

ただ、教育という世界は、難しいから面白い。

こういう時代ですから、社長に会うと愚痴を聞くことが多くなりますが、
これをチャンスと捉えて、前向きに動かれる方と、今は守りを固める時と
じっと我慢される方とわかれます。
動く勇気と動かない勇気。

攻めるのか守るのか、社長の性格にも違いが出てきますが、その見極めに
対するアドバイスが求められる時代だけに、私も腹を決めて社長とともに
この荒波を乗り越えて行きたいと考えています。

師と呼ばれるような存在に早く追いつき、成長せねば。

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追悼、手塚太郎君(2012/04/05 10:04)