小林俊夫の生い立ち - 各種のヨガ・ピラティスレッスン - 専門家プロファイル

Style Reformer 小林俊夫
Style Reformer 『猫背改善専門スタジオ「きゃっとばっく」』代表
東京都
ピラティスインストラクター

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対象:ヨガ・ピラティス

福島 多香恵
福島 多香恵
(ピラティスインストラクター 社会福祉士)
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閲覧数順 2024年04月25日更新

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こんにちわ


あっという間に7月が終わりとなりましたが


どんな1か月でしたでしょうか?



 最近、ブログを読んでくださっている方に


セミナーなどでお逢いさせて頂くと



 私の「生い立ち」


について聞かれることが多いので


簡単に書かせて頂こうかと想います



 有名な経営者の自伝や起業話しなどを読んでいると


不遇な環境で生まれ育って、それをバネに


ハングリーに生きてきたといった話しや



IT系だと、慶応や早稲田に通っているうちから起業してとか



 コンサル出身だと、東大出て、しばらく働いた後に


ハーバードやスタンフォード行ってMBAを取得して


マッキンゼーやボスコンを経て起業


みたいな話が多いかと思いますが



私の場合、至って「普通」でございます(笑)



 両親にはとても愛されて育ちましたが


父親は普通の会社員でしたし


母親は専業主婦で


兄も起業していませんし


祖父も祖母も会社経営をしていたり


個人事業主で商売をしていたり


なんてこともございません



 家から近い、公立の小中学校に通い


小学校から高校まで野球はやっていましたが


センスがある訳でも、体格的に恵まれていた訳でも無く


目立った活躍をしたわけでも無く



 野球部を引退した後


トレーナーになろうと思い、大学受験の為


高校三年の夏に、はじめて夏期講習へ行き



 初めて受けた模試の英語の偏差値は


たしか37くらいだった気がします(笑)



 現役で日大は受かったけど、学芸大学と早稲田は落ちて


やっぱり、再度挑戦しようと浪人したけど


また、日大受かって、学芸と早稲田は落ちて


結局、日大に行き、友人に爆笑されました(笑)



「それなら 浪人しないで初めから行けよ」と・・・・・・・



 大学の1年の時は、色々な業種のバイトをして


2年からメガロスで働きまくりながら、春と夏になると


だいたい1~2週間くらい、友人と海外旅行へ行っての


生活を繰り返し



 大学では、特待制度があったので


馬に人参で、けっこう試験は頑張りましたが



 「やっぱり鍼灸を取るか!!」と


大学4年の時に、専門学校を受験したら


まさか まさかで


不合格になり(笑)



 私の母校の入試は


漢字の読み書きと


小論文と言う名の作文


将来どんな鍼灸師になりたいですか?的なものを


800字程度書くもの&面接だったと記憶しています



 そんな程度の試験に落ちちゃう俺ってどうなの?と


けっこう凹んだのを覚えています



 ただ


医療系の専門学校って


年に3回くらい試験があるので


2か月後くらいに再度入試を受けたら


なんとか合格して、専門学校へ入学



 専門学校時代は


1年の夏にフリーランスのパーソナルトレーナーに


なったものの、月の収入が20万円を超えるのに


1年以上かかりましたので、一般的に見れば


かなり遅いんじゃないですかね?



 学校も授業の9割は寝ていたし


赤点とって先生に心配されましたし・・・・・・



 自分で書いていても感じますが


悪魔の実を食べたことも無ければ


父が惑星フリーザで最後まで抵抗していた事実も無いですし


突然、矢に貫かれてスタンドが発現したことも無く



 「普通」過ぎてすいません


というくらいに


至って「普通」だと想います(笑)



 ただ


「自分が特別ではない」


ということは



 自分自身が痛いくらいに分かっていますので


それでも一流を目指すのだから


「特別な努力をしよう」とは


常に考えています




としお

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