恋愛セラピストのあづまです。
「自我の発達と、精神的成長1」の続きです。
後期の自我
後期の自我まで成長するというのは、どういうことかというと、相手の顔色をうかがうのではなく、自分の中に行動の規範つまり、やっていいこととダメなことが内在化された状態です。
つまり、
・おとなしくて文句を言えない人であっても、利用したり踏みにじったりしない。
・ばれなくても、浮気はいけないことだ考えられる。
・自分と相手を入れ替えても納得できる行動をする
ということです。
普遍的なルール、道徳、倫理観などが自分の中にあり、目の前の相手が、たとえ気が弱くて何をしても文句を言わなそうな人であっても、だましたり利用したり、相手に不利な条件を強制したり、そういうことはしない、という自分の行動の軸、規範を持っている状態です。
これは別の言葉で言うと、精神的に「自立した」「ひとり立ちした」段階と言うことが出来ます。
社会の中でうまく生きていくためには、最低限この段階まで成長しないと、生き辛いことになります。
但し後期の自我の段階は、ある意味「ケチ」な状態です。
自分が本当にやりたいことを「いけないことだから」「ダメなことだから」と我慢している状態なので、中期の自我の人などが、その、「ルール破り」をしていると、かなり腹が立つし、責めたくなります。
自分の基準を、他人にも強制したくなるのです。
他人を許したり、受け入れたりすることが、まだ難しいのが、この段階です。
成熟した自我
成熟した自我は、本来のありたい自分と、社会に合わせて作ってきた仮面の自分が、統合されて、自分の意思で、社会に合わせた行動を取ることも出来るし、自分の責任で、あえて自分の主張を通すこともできるようになった状態です。
この段階まで成長した人は、たとえ自分の欲求に反した行動をとらなければいけない場合でも、それが社会で生きていくために「自分に必要なこと」と理解し、自分の責任でその行動を取るわけですから、人のせいにすることがありません。
また、道徳、倫理観などを身につけていない中期の自我の人を見ても、「ルールを守れないヤツはけしからん」などと憤慨することなく、それがその人の今の段階だと理解することが出来ます。
この段階は、別の言葉で言うと、自立を超えて、「人を育てる段階」に至ったと言えると思います。
自分自身は成熟した精神をしっかり持っていて、
自分はあくまで、道徳、倫理観などの行動の規範・軸は持って行動できる。
まだ自分の内側に行動規範を持っていなくて「顔色をうかがっている」人に対しては、
自分と同レベルをいきなり強要することはないけれど、
安易な妥協や迎合もせず、相手が成長して、内側に規範を持つよう願うことが出来る。
そんな段階です。
相手に成長して欲しい!そんなときどうすれば?
自分が成熟した自我の段階、つまり「人を育てるレベル」まで成長することが、まず大事です。
成熟した自我を持った人と接していると、相手も良い影響を受けて、変化し始めることがあります。逆に言うと、成熟した自我を持った人と接する機会を持てなかった人は、中期自我ぐらいで止まったままになっている場合もあると言うことです。
相手に要求するのではなく、自分がまず成長し、生きる姿勢、姿で相手を導いていくことを考えて下さい。
もちろん、いい歳になってまだ中期の自我(他人の顔色をうかがっている段階)の人の成長をうながそうという場合、子供をひとり育てるような、相当の根気が必要です。そこまでする覚悟を決められるかどうか。それが一番始めに必要な決断かもしれませんね。
このコラムに類似したコラム
「被害の受け身」の言葉を使わないようにしよう。1 阿妻 靖史 - パーソナルコーチ(2012/07/06 14:00)
感情の出方が間違っていませんか? 阿妻 靖史 - パーソナルコーチ(2012/05/04 14:00)
本当に自分のしたいこと、ほしいものが分からない状態とは?1 阿妻 靖史 - パーソナルコーチ(2012/04/06 14:00)
男性は、非言語のメッセージに無自覚に反応する 1 阿妻 靖史 - パーソナルコーチ(2011/07/08 14:00)
批判で人を動かそうとしない 阿妻 靖史 - パーソナルコーチ(2010/12/03 14:00)