地震を予知する話 2 - 各種の防災対策 - 専門家プロファイル

中舎 重之
建築家

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対象:防災

松島 康生
松島 康生
(危機管理/BCP/防災計画コンサルタント)
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閲覧数順 2024年04月26日更新

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地震を予知する話 2

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  1. 人生・ライフスタイル
  2. 防災
  3. 各種の防災対策

    地震研究者が科学的根拠が得られないと無視した事象です。
 

それを真っ正面から研究の対象にした中国は実に凄いと思います。

 周恩来首相のスケールが、途轍もなく大きいことに驚嘆します。

中央に「中央国家地震局」を据えて、地方に支部を配して民間の情報を24時間 

体制で受け付けた様です。

 1970年代、周恩来首相の命令により、科学技術や他の各界の学者を200名を

招集して、地震の予知のチームを結成・稼働しました。その基本方針を記します。


長期予報

  ・活断層を調査し、活断層の分布と運動を明らかにする事。

 ・3000年間の歴史資料を分析して、地震活動の中に規則性を見い出す事。

 ・傾斜計、伸縮計、振動計などの設置と観測。

 

中期予報

 ・地震活動の時間的・空間的にみた変動の様子。

 ・地震活動の性質の変化

 ・地殻活動、地下水の水質変化、地殻応力の変化。

 

短期予報

 ・大衆に動揺を与え無い事。

 ・当直制を実施して、次の臨震段階に備える事。

 ・防災計画を、きめ細かく再点検する事。

 ・いつでも、大衆が避難できるように早急に準備する事


      中国・海城地震の予知に成功

 中国が初めて地震予知に成功したのが、1975年の遼寧省海城県での「海城地震」  M7.3です。

本格的に地震予知の研究に取り組んでの最初の成果です。

初めは、数人の地震研究者が此の地域には地震活動の兆候が見られると発言により、

地質構造調査、地殻の活動状況、重力・磁気調査を行いました。それぞれに、 

微細ではあるが変化が見られるとして調査を続行しています。


 中期的には、一般国民やアマチュアも地震予測のシステムに積極的に参加しています。 

此の時期には身体に感じる細かい地震活動が平均の3~4倍に達し、

大連 磁気観測データも磁気の大幅な変化をキャッチした様です。

 地元政府は専門家チームの結成と同時に、地域住民に地震や、その前兆現象、  

防災の知識を普及させ、一般国民による観測する地点を2000カ所以上設置した。


   短期の予報の取り扱いには、大地震の前には、前兆現象が100%観測される。

地震発生間近になると、前兆現象の報告が突然増える事と、報告が集中する地域が

震源地になるケースを確認していた。

 小・中学校にも地震観測地点が設けられ、海城地方での前兆現象の観測に当った

 一般国民は、延べ2万7400人と言われています。


    いよいよ前兆現象が観測され始めました。「井戸水異常」水位の上下動と濁りが

報告された。

「動物異常」東北地方で大量のヘビが冬眠から地表に出てきたが、  

零下4~5度 の気温では一匹残らず凍死。ネズミの目撃証言も相次ぎました。   

イヌ、ネコ、アヒル、ニワトリがいつもと違う行動を取っているとの報告。

他には、地面の傾斜、水のラドン異常も報告されています。

  直前予報の前の1975年1月末には、各種の前兆現象が増加をはじめ、

2月に入ると報告は急激に増えた様です。2月4日は中国では、旧正月に当たる様ですが、 

2月4日未明、「地震警報」が発令されました。本部からは地域の自治体に対して、

 「危険な建物に住んでいる者を優先して仮設住宅に避難させる事」と命じました。

公社、鉄道、電力、会社、病院、学校、商店などに防災と救護の直接緊急指示が 伝えられました。2月4日夕方まで

に、地域住民100万人、 ウシ、ウマの大型 家畜も避難しました。


  2月4日午後7時、地震局が予知した通り、海城県を震源地とするM7.3の

 地震が発生、6都市にまたがる被害をもたらしました。

全壊した家屋は都市部で 508万立方メートル、農村部で87万戸の家屋が完全に崩れ落ちました。

犠牲者1800名、震災のスケールに比べて犠牲者の数は極めて少ないと言えます。  

避難勧告が出されないままに、地震が起きたら家屋の倒壊により86万人が死亡

 したであろうと推定されています。


    此の地震の翌年、1976年に河北省唐山市を襲ったM7.8の直下型地震では、 

24万人の被害者が出ました。唐山地震では、結果としての予知には失敗しました。 

しかし、長期・中期・短期までの過程では成功していました。 

直前の予想、避難 命令のタイミングがほんの少し遅れた結果の大惨事です。

避難命令は失敗の批判を恐れずに早目に出すのが良いようです。

ギリシャでも、台湾でも「VAN法」での地震予知で避難していますが、避難が2~3回は空振り 

になるようです。 それでも結果として予知に成功しています。

避難する住民も不平も言わず一致協力している姿には敬服します。


  次に、1995年7月の雲南省南部地震での地震予知の流れを記します。

1月に地震予知の検討に入ります。3月にM5.6の地震が発生しましたが、

地震の規模が小さい事で、地震観測の継続を指令する。

7月10日にM6.2の地震が起きましたが、

「3日以内に、より大きな地震が発生する」 と予告しました。

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