最高裁判決平成13年4月26日、懲戒処分取消請求事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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最高裁判決平成13年4月26日、懲戒処分取消請求事件

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相続

最高裁判決平成13426日、懲戒処分取消請求事件

判例タイムズ1063号113頁

市教育委員会実施の定期健康診断においてエックス線検査を受診しなかった市立中学校の教諭が校長の受診命令に従わなかったことが地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)29条1項1号,2号に該当するとされた事例

裁判要旨

市立中学校の教諭が,エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にあったなどの事情もうかがわれないのに,市教育委員会が実施した定期健康診断においてエックス線検査を受診しなかったなど判示の事実関係の下においては,校長が職務上の命令として発したエックス線検査受診命令は適法であり,上記教諭がこれに従わなかったことは,地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)29条1項1号,2号に該当する。

参照法条

学校保健法81項,101項,学校保健法施行規則(平成2年文部省令第1号による改正前のもの)1013号,112項,結核予防法41項,6条,71項,

結核予防法施行令(平成4年政令第359号による改正前のもの)219号,222号,結核予防法施行規則(平成4年厚生省令第66号による改正前のもの)35号,

労働安全衛生法665項,労働安全衛生規則(平成元年労働省令第22号による改正前のもの)4414号,

地方公務員法(平成11年法律第107号による改正前のもの)2911号,同項2

 一 本件は、布立中学校教諭のⅩが、市教育委員会が教職員定期健康診断の一環として実施した結核の有無に関するエックス線間接撮影の方法による検査(エックス線検査)を受診せず、校長が職務命令として発したエックス線検査受診命令を拒否したことなどを理由に減給処分をされたため、その取消しを求めた事案である(なお、Ⅹは、昭和56年度及び昭和58年度の二度にわたりエックス線検査受診命令拒否等を理由に減給処分を受けてその取消訴訟を提起しており、本件は昭和58年度の定期健康診断に係る事件である)。

 二 昭和58年度の定期健康診断の際、Ⅹの所属する市立中学校の校長は、教職員にエックス線検査をあらかじめ周知させてその受検を命じたが、Ⅹは、病気治療のためのエックス線検査による過去のエックス線暴露が多くこれ以上の暴露を避けたい旨の意思を表明してこれを受診せず、校長の再三にわたるエックス線検査受診命令をも拒否した。また、市教育委員会もⅩに対し医学的にみて受診することができない理由があるのであれば医師の証明書を提出することなどを伝えたが、Ⅹは証明書の提出等をしなかった。なお、Ⅹは、エックス線検査を受診する代わりに、保健所でかくたん検査及び血沈検査を受け、異常なしとの結果を得て、その事実を校長に報告した。

 一審(判例タイムズ九四1号一七二頁)は、学校保健法の規定から受診義務を根拠付けることはできず、労働安全衛生法及び結核予防法の各規定は、労働者に対しその健康診断による利益を享受する立場からこれに協力すべき責務を課したにすぎず、それ以上に労働者の職務上の義務として受診義務を定めたものではないから、これらの規定に違反したことをもって地方公務員法(平成一一年法律第一〇七号による改正前のもの。以下同じ)29条1項1号に該当すると解することはできないとし、また、定期健康診断においてエックス線検査を実施することの相当性について医学的な疑問が提起され、その実施が一部縮小されている状況にあるところ、Ⅹは、過去のエックス線暴露歴が多くこれ以上の暴露を避けたい旨の意思を表明しており、しかも、かくたん検査を受けて校長に報告し、その検査結果に異常がなかったなどの事情を総合考慮すれば、Ⅹにはエックス線検査の受診を命じた校長の職務命令に従うべき職務上の義務はなかったなどと判示して、Ⅹの請求を認容した。

 これに対し、原審(判例タイムズ961号179頁)は、教職員は、結核予防法7条1項の受診義務を負うとともに労働安全衛生法66条5項により健康診断受診義務を負うことは明らかであって、これらの各法律の規定に違反した場合には地方公務員法29条1項1号に該当するとし、また、校長の発した職務命令に従う職務上の義務を負うか否かは、定期健康診断においてエックス線検査の受診を命じることの医学的相当性の有無、エックス線検査に代替し得る他の医学的検査の有無とその代替的検査の受診等の諸般の事情を総合考慮してこれを判断すべきところ、当時エックス線集団検診の必要性は依然存在しており、Ⅹは、教員という立場にあって結核未感染者であり感染可能性の高い生徒に接する生活環境にあることや、かくたん検査の信頼性はそれほど高くなくエックス線検査に代替できるものではないことなどを併せ考えれば、Ⅹはエックス線検査を受診するよう命じた校長の職務命令に従うべき職務上の義務があったなどと判示して、Ⅹの請求を棄却すべきものとした。

 Ⅹから上告(旧法上告事件)。上告論旨は要するに原審の右判断の違法をいうものである。

 三 本判決は、市町村立中学校の教諭その他の教職員は、その職務を遂行するに当たって、労働安全衛生法66条5項、結核予防法7条1項の規定に従うべきであり、職務上の上司である当該中学校の校長は、当該中学校に所属する教諭その他の職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができるものと解すべきであるとした。そして、Ⅹは、市教育委員会が実施した定期健康診断においてエックス線検査を受診せず、校長が職務上の命令として発したエックス線検査受診命令を拒否したというのであり、Ⅹが保健所でかくたん検査及び血沈検査を受け、異常なしとの結果を得て、その事実を校長に報告したことをもって、結核予防法8条、労働安全衛生法66条5項ただし書の要件を満たすものということもできないから、Ⅹが当時エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にあったなどの事情もうかがわれない本件においては、校長の前記命令は適法と認められ、Ⅹがこれに従わなかったことは地方公務員法29条1項1号・二号に該当する旨判示して、Ⅹの上告を棄却した(なお、昭和56年度の定期健康診断に係る事件についても、本判決と同日に、本判決とほぱ同旨の理由説示でもって、Ⅹの上告を棄却する旨の判決が言い渡された)。

 四 Ⅹのようないわゆる県費負担教職員に対する定期健康診断については、学校保健法と労働安全衛生法の双方(下位法令を含む)が適用されるものと解されており(文部科学省の行政解釈でもある)、そのうちの結核の有無に関する検査については、更に結核予防法(及びその下位法令)が適用される。これらの法令のうち、労働安全衛生法66条5項は、「労働者は……事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。」として、労働者の健康診断受診義務を定めており、結核予防法も、健康診断の対象者(教職員)は、それぞれ指定された期日又は期間内に、事業者、学校若しくは施設の長又は市町村長の行う健康診断を受けなければならないとし(7条1項)、定期の健康診断を受けるべき者が、健康診断を受けるべき期日又は期間満了前3月」以内に省令で定める技術的基準に適合する健康診断を受け、かつ、当該期日又は期間満了の日までに医師の診断書その他その健康診断の内容を証明する文書を当該健康診断の実施者に提出したときは、定期の健康診断を受けたものとみなすとして(8条)、健康診断対象者の受診義務を定めているが、学校保健法には教職員の定期健康診断の受診義務を定めた規定はない。

 しかしながら、教職員にも労働者の健康診断受診義務を定めた労働安全衛生法66条5項が適用されることは疑いのないところであり(文部科学省の一貫した行政解釈でもあるようである)、更に、その検査項目の一つとして行うべきものとされている結核の有無に関するエックス線検査については、結核予防法7条1項の受診義務の規定が適用されることも明らかである。

 もっとも、定期健康診断の中でも本件の場合のようなエックス線間接撮影の方法による検査は、ごく微量とはいえ身体に対する侵襲を伴うものであって、医学上もその危険性を軽視することはできないとされているものである。また、憲法13条の幸福追求権の保障にはその一内容として自己決定権が含まれるとするのが通説的見解であり、身体の侵襲を伴う医療行為を受けない自由も議論の対象となるところではある。

 しかしながら、本件で問題とされているのは、教職員が結核予防目的で行われる集団検診においてエックス線検査を受ける義務を課すことの是非である。学校保健法による教職員に対する定期の健康診断、中でも結核の有無に関する検査は、教職員の保健及び能率増進のためはもとより、教職員の健康が、保健上及び教育上、児童、生徒等に対し大きな影響を与えることにかんがみて実施すベきものとされているものであり、結核予防法による教職員に対する定期の健康診断も、教職員個人の保護に加えて、結核が社会的にも害を及ぼすものであるため、学校における集団を防衛する見地から、これを行うべきものとされているものである。このような見地からすれば、教職員にエックス線検査の受診義務を課すことに必要性や合理性があることは疑問の余地がなく、また、エックス線による身体の侵襲もほとんど無視し得る程度のものであるから、教職員は、学校保健法施行規則ないし結核予防法施行規則で定められたエックス線間接撮影の方法による検査について受診義務を負うと解すべきであろう。

 そして、これらの受診義務を定めた労働安全衛生法66条5項及び結核予防法7条1項の規定が、地方公務員法32条、地方教育行政の組織及び運営に関する法律43条2項の規定する、県費負担教職員がその職務を遂行するに当たって遵守すべき法令に該当することは明らかというベきであり、その受診は、教職員としての職務の遂行に正に密接に関連するものというべきであろう。また、市町村立学校の教職員に対する定期の健康診断が当該学校の校務に含まれることも疑いがなかろう。そうであるとすれば、市町村立学校の校長は、教職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができるものと解すべきであろう。

 本判決は、以上の見地から、市町村立中学校の教職員はその職務を遂行するに当たって労働安全衛生法66条5項、結核予防法7条1項の規定に従うべきであり、校長は、教職員に対し、職務上の命令として、結核の有無に関するエックス線検査を受診することを命ずることができる旨判示したものと思われる。

 もっとも、エックス線検査がごくわずかとはいえ身体の侵襲を伴うものであるところからすれば、労働安全衛生法及び結核予防法も、エックス線検査を行うことが相当でない身体状態ないし健康状態にある者に対してまで当該検査を受診することを義務付けているものではないと解する余地はあり得るところであり、本判決もこの点に配慮した説示をしているところである。

 五 本判決は、教職員の定期健康診断におけるエックス線検査受診義務に関して、事例判断としてではあるが最高裁として初めて判示したものであり、先例として重要な意義を有するものと思われる。