邪馬台近畿説と日本の原住民 - 造園・ガーデニング全般 - 専門家プロファイル

花 仁志
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閲覧数順 2016年12月07日更新

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邪馬台近畿説と日本の原住民

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コラム 神話から

.・■ 日々勉強 ■・.
 造園家として、植物を調べることは多かったが、毎年見るスイセンは素通りだった。
あまり好きではなかったため、スイセンについては学名すら思い浮かばないほどだった。
で調べてみると、Narcissus ナルキッサス?ナルシッサス?ナルシサス?・・・どこかで聞いたような。
調べてみると、ギリシャ神話のナルキッソスから由来・・・そうあの

.・■ Narcissus  ■・.
 誰も愛する事が出来なかった彼は、ある日、川面に移る美青年に恋をしてしまう。
目が離せなくなった彼はそのまま息絶えてしまい、その後には白い花びらで覆われた黄色い花が1輪咲いていた。
スイセンの名前はギリシャ神話のNarcissusの話しが語源と去れている。・・・そうあのナルシストの語源と同じなのです。

.・■ 神話  ■・.
 面白くなった私は、ネットサーフィンを続けること2日、本を2冊買った。
ギリシャ神話と日本書紀や古事記といった日本神話はきわめて似ていて、面白い。
やがて、植物に関する神話のサイトを通り、気がつけば樹の神様 植樹や林業の神様 五十猛命(イソタケルノミコト)
にたどり着いた。
そして、長年の持論いや疑問を確信に導いた『邪馬台国近畿説と日本の原住民』

.・■ 考古学に無知な造園家の話し ■・.
 考古学ファンの皆様、大らかな気持ちで、怒らないでくださいね。考古学に無知な造園家の話しとしてお聞き下さい。
 なぜ考古学とは無縁の私が、そんな持論?疑問をもったか?からお話ししましょう。
まず育った地が堺市であること。数多くの天皇陵があることから、おそらく古代から栄えたであろう町、堺で育ったからかもしれない。 20代を過ごした、陶器と言う町や現在住む釜室と言う町は、古代に焼き物工場があったとされている。小学校のとき、手作りの弓矢で犬を追いかけているとき、その犬が山の中の穴に入っていった。犬を追いかけて穴に入ると、そこにはなにやら、絵とも字とも見分けがつかないが、岩肌に赤く何か書かれているものを見つけた。その後は、仲間だけの秘密としていたので、後の記憶はない。そういった背景からときどき・・オリンピック周期程度に考古学に興味を持つ。
 造園施工管理技師の国家試験科目に庭園史があり、勉強中にはまってしまい、今のワイフをつれ、毎週のように京都の古庭めぐりをしていた。きっと彼女はつまらなかっただろう。その数年後、邪馬台国、奈良説or九州説で盛り上がっていて、各地で空前の考古学ブームがきた。加熱した考古学ブームはやがて、捏造事件を起こしてしまう。想像の中にロマンを感じる程度が考古学の醍醐味でそれ以上でもそれ以下でもないと感じた。 わたしは近くの邪馬台国奈良説を信じることにした。
 期を同じくして、アイヌの人と琉球の人の顔が似ていることが気になっていて、この二つが結びついて出来た考えを名づけて『邪馬台国近畿説と日本の原住民』だ。 前置きが長くなってしまったが、本題をお話しします。

.・■ 邪馬台国近畿説と日本の原住民 ■・.
 まず最初にアイヌ人と琉球人は同じ民族と考えると、顔が似ていることが納得できる。(むりやり)
そこで疑問がひとつ・・・なぜ北と南に分断されたか?真中に巨大勢力があったのではないか?そうだ!それが邪馬台国だ!と考えたわけです。ならばやっぱり近畿でしょう、地理的に見て沖縄と北海道に民族を分断できる国があったとしたら、九州ではなく、より真中に近い近畿でしょう。
 その考えを決定できる事実(?)が今回の勉強で日本書紀+古事記に見つけた。 ギリシャ神話と日本の神話は似ていると話しましたが、どちらも、ある時期までは宇宙や空や海などが神で、後にその子孫が神となっていますが、ほぼ人と同じ姿で表されています。そのある時期に、豪族が自分たちの力を民に認めさせるために書かれたのだと考えれば理解できます。またギリシャ神話にかかれたポリスの一部、古都は発見されています。神話の前半は作り話で、後半は事実だと考えればいいのです。
 イソタケルノミコトは須佐之男命(スサノオノミコト)の息子でお供として、大陸より船で出雲の地に現れたとされています。
日本を作ったとされる伊邪那岐命(イザナギノミコト)と伊邪那美命(イザナミノミコト)の子がスサノオノミコトだとすると、
その子供たちが日本を築いていったと考えるのは自然な流れではないでしょうか。イソタケルノミコトを先頭に子供たちは各地で色々な種をまいたと記されています。それは各地に勢力を広げていったと言うことでしょう。そのイソタケルノミコトが最後にとどまった地が和歌山です。やはり邪馬台国の中心は近畿にあったのではないでしょうか?スサノオノミコトは九州におり、出雲にたどり着いたとされる説もあるらしいのですが、地図を見てみると、当時の船が九州に着くと考えるより、対馬海流を利用して、出雲に着くほうが自然な考えだと思えます。

.・■ 本題 ■・.
 《朝鮮半島をでたスサノオノミコトは出雲現島根県にたどり着き近畿を拠点に南北へ勢力を伸ばしていった。その頃の日本の土着民族は圧倒的な文明の差になすすべもなく、南北に逃げた。日本人とは大陸より来た渡来人であり、土着民族が南北のはてまで逃げなくてはならなかったほどの野蛮人であった》 スサノオノミコトが大暴れをして天照大神(アマテラスオオミカミ)をおこらせたエピソードは有名です。かれは超野蛮人いや野蛮神だったのでしょうね。
 その後の日本人は、特有の文化を持ち、その野蛮人とはまったく違った人格を得ている。いまでは、世界から賞賛されるほどの慎ましやかな民族である。

HanaHana

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