近江八幡紀行 - 住宅設計・構造設計 - 専門家プロファイル

斉藤 昭彦
斉藤昭彦建築設計事務所 
京都府
建築家
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近江八幡駅前での用件を済ませると、「ぶーめらん通り」と名づけられた駅前通りを私は西に向かって歩き始めた。暑さを予想して夏用のジャケットにしてきたのだが、それでも汗ばむほどの天候だ。

20分ほど歩くと旧市街に着く。2年ぶりだ。その時の記憶を頼りに、ヴォーリズが関わった建物や、近江商人の町家をいくつか見てまわる。

旧市街といっても、歴史的な建築物がそれほど多く残っているわけではない。点在しているというのが実状だろう。町家が街並みとして残っている地域はさらに限定される。

それでも、町としての統一性をかろうじて保っているのは、道路による区画のためだろう。さらに付け加えるならば、かつて下水道として使われていた水路が、建物の間を流れていることだろうか。この水路は八幡堀に注ぎ込む。道路と水路とで構成されるグリッドは、自動車交通のために拡幅された道路を除けば、近江八幡という町が出来たころに遡ることができるだろう。豊臣秀次がこの町を整備したとされる。

注目すべきは、道路の幅である。当時の交通手段は徒歩が主で、せいぜい馬が通ることがあっただけだ。馬にしても、走って通れるほどの幅ではない。道路に面する建物の表情は、この道路幅が必然的につくりだしたもののように思える。通行人相手に商売をするには、門や庭を介してではなく、直接建物が道路に面する必要があるのだ。道路幅がこれより広くても狭くても、両側の建物とのバランスは崩れてしまうだろう。

拡幅された道路もあるが、幹線通りから奥まった道路は以前のままの幅である。しかし、それらの両側の建物は、たいていは建替えられてしまっている。それはもちろん仕方ないことではあるのだが、見ていると、新しい建物でも町になじんでいるものもある。それはおそらく、道路幅を意識した建て方をしているからだ。現代の生活には自動車は欠かせない。だが、家と道路の間を駐車スペースにしたりすると、たちまち街並みは崩れる。また、郊外型の建て方で、道路と家の間を庭にした場合にも、違和感が生まれる。こうした違和感をもたらすこと自体が、道路幅の持つ力の大きさを示している。建替えられてしまった建物に違和感を感じられる間は、われわれの心の中に近江八幡の町が息づいているのだ。

この町で支配的なのは、道路のグリッドと、道路の幅である。現代的な基準からすれば、使いにくい道路であり、利便性からすれば住みにくい家しか建てられないのかもしれない。だがこの道路幅が維持されるなら、近江八幡らしさも残るような気がする。反対に、たとえ歴史的な建物を保存しようとも、道路幅に手をつけた時点で、この町の歴史は終わるのではないか。

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