”家族の団らん”はどのようにして失われていったか? - 住宅設計・構造設計 - 専門家プロファイル

野平 史彦
株式会社野平都市建築研究所 代表取締役
千葉県
建築家
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”家族の団らん”はどのようにして失われていったか?

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野平史彦の言いたい放題”家族論” 家族の”だんらん”はどこへ行った!?
02−2:”家族の団らん”はどのようにして失われていったか!?

 昔の農家を見ると、三和土(たたき)から上がった畳の間か板の間の真ん中に囲炉裏(いろり)という火を焚く場所がある。

 囲炉裏は暖房という手段を持たなかった昔の家にとっての暖を取る場所であると同時に炊事の場であり、食事の場であったが、囲炉裏の上には火棚が吊られ、濡れた薪や衣服を乾かし、梁の上には野菜や種が貯蔵され、囲炉裏の煙はそのまま小屋裏に上がり、屋根の茅を燻蒸することで虫が付くのを防いでいた。

 このように、昔の囲炉裏は非常に多目的な機能を果たす場であったため、自然と家族が集まる場でもあった。

 しかし、この囲炉裏には家族が座る位置が厳格に決められており、封建的な家族秩序が守られていたのである。例えば、

ヨコザ(主人または長男の場所)
キャクザ(客の場所)
カカザ(主婦の場所)
キジリ(次男以下の場所)

というように。

 こんな時代には、世の中の情報は一家の主人が一手に握っていた。囲炉裏を囲んで主人の口から出る言葉が正にモ社会の窓モだった訳である。

 しかし、こうした囲炉裏は、炊事は台所に、食事は食堂に、採暖は暖房器具に、というようにその機能の分化と共に失われていくことになる。それと同時に、家族が集まる、という求心力を失ってゆく事になった。

 都市生活においては、囲炉裏の代わりは「茶の間」であり、その象徴的な装置が「ちゃぶ台」ということになるのかもしれないが、その頃には「ラジオ」が社会の窓となり、それが「テレビ」に変わってゆく。

 ”一家の団らん”は、このように社会情報が一家の主の手から離れてゆくことに比例して失われていった側面があるような気がする。