「他者は皆、自分の鏡である」という法則 《合わせ鏡と真逆鏡&お試し鏡》 - 心・メンタルとダイエット - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
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「他者は皆、自分の鏡である」という法則 《合わせ鏡と真逆鏡&お試し鏡》

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今回のテーマは前回お伝えした様に、質問者様のご要望にお応えした内容になります。

(以下★は今回のやり取りの中で、質問者の方が伝えて来られたものです)

 ☆_(_☆_)_☆

  

個性には欠点ないの分かります。ただ、好きな人に自分の事を否定されるといい気はしないし、そこからなんだか足りてない自分というところに繋がる気がしました。(否定する彼にも彼なりの心の問題があるんでしょうね)

大園様が仰るように自分が理想とする自分(※彼女の場合、好きな人の理想とするものに自分がなろうとする事含む)というのは必要ないのかもしれませんが、少なくとも自分が好きな自分でいられる状態ってある意味理想的なのかなって思います。これが自分の中心が自分ってことですよね?

 色々なやりとりの中ででてきた、人は鏡の法則。

 例えば、嫌味っぽいひとがいたらほとんどの人が嫌な気分を感じるのではないかとおもうのですが、それも、感じる側に嫌味な部分があるからってことですか? ほんと奥が深く難しいですね。

  

 以上、ご質問者様が現在ご自分の中でハッキリと見えなくてモヤモヤしている部分を、とても正直に伝えて下さいました。(ちなみにこれは私もかつて通った道なので、とても良く理解できます)

 それでは早速解説に参りましょう。

 ☆_(_☆_)_☆

  

まず

「個性には欠点はないのが分かっていても、好きな人に自分の事を否定されるといい気はしないし、自分が不完全の様に感じる」

「自分が理想とする(好きな人の理想とするものに自分がなろうとする)自分というのは必要ないのかもしれませんが、少なくとも自分が好きな自分でいられる状態ってある意味理想的なのかなって思います。これが自分の中心が自分ってことですよね?」

ですが、

これは相手が自分の人格を尊重していないという事を、自分で受け入れてしまった時に出て来る「不快感」という感情ですね。

  

ですが、もしご質問者様が本当にご自分の個性を尊重し愛せているならば、彼の言う事で「自分が傷付く=それを自分の足りないものとして受け取る=自分は不完全である」という様な受け止め方はしないという事です。

そして「否定する彼にも彼なりの心の問題があるんでしょうね」というのは、彼も又自分の中に「自己否定」があるから「相手の個性を否定する=自分が理想でないと感じる部分を相手の欠点として捉えてしまう」という事に繋がっていますから、その通りです。 

   

つまりこのお二人は正にお互いの「合わせ鏡」になっている訳なのです。

そしてお互いに、本当は自分の中に在る「自分に足りない」と思っているものを相手から補おうとするのですが、自分の中に原因が在るとは思わないものですから、

自分にはまるで「真逆鏡」の様に感じてしまうのです。

  

でも結局「合わせ鏡」と「真逆鏡」というものは表裏一体の鏡であり、同じものだと言えるのですね。

これは前世からの持ち越し宿題に気付かない限りは、お互いが気付くまで被害者と加害者の立場を入れ替わり立ち代わり堂々巡りに繰り返す、正に「被害者が加害者を作り、加害者が被害者を作る」というカルマが永遠続いて行くという事と同じです。

そうしてお互い相手を通して「自分の足りないもの=愛の学び=自分がクリアできていない人生の課題」を、相手を鏡として見せてもらっているという事なのです。

  

話しを本題に戻しますが、

もし彼が自分の個性を尊重し満ち足りている人ならば、相手に対して「理想」などというものを求めず、相手の個性そのものを愛せるものであり、それが本当の愛情になりますが、

なかなか人間はそういう(それこそ!)理想的な関係になれないのは何故かと言うと、その様に私達は生まれる前に自ら決めた人生の課題が有って、それをクリアする為に生まれて来るからです。

ですからこのご質問者様は今、正にご自分の前世から繰り返されて来たご自分の未消化の宿題に取り組まれている真っ最中と言えるのです。

 ( ・・) ~ ☆彡 

   

最後に

「例えば、嫌味っぽいひとがいたらほとんどの人が嫌な気分を感じるのではないかとおもうのですが、それも、感じる側に嫌味な部分があるからってことですか? ほんと奥が深く難しいですね」

ですが、

このお答えも、先に申しました中に答えが含まれておりますが、少し補足致しましょう♫

  (^^✿

  

「嫌味っぽい人がいたら嫌な気分を感じるのではないかとおもうのですが」

はい、その通りですね。健全な心を持っている人間ならば、その反応は自然な感情です。

 

「(それをそう感じてしまうのは)感じる側に嫌味な部分があるからってことですか?」 

はい、これはご質問者様でなくてもきっと多くの方が少し腑に落ちない部分、難しく複雑に感じてしまうポイントだと思います。(※これは、とても良いご質問だと思います♫)

  

これも又、先ほどすでにお答えした「(ご質問者様の言う通り、自分の中に同じものが在るから)合わせ鏡として見せられる=自分の中と外は同じ)という場合も勿論ありますが、

その他に「まだ自分の中に自分を信じ切れていないものが在る」場合には、その部分を相手があぶり出してくれるかの様に見せてくれる鏡も在るという事です。

   

その鏡を見るという事は、まだ「自分の中に宿題が残っている」という事なのですね。

残っている自分の宿題に自覚が無いと、それを気付かせるが如く、まるで相手が挑発して来る様に思える様な事(例えば嫌味な事とか)を仕掛けて来るのです。(笑)

まぁ、それはどれだけ自分を信じて(愛して)いるかという「お試し鏡」とも私は命名しておりますが。(笑)

(^^ゞ

 

もし自分の中に「その宿題は、自分の中では完全に卒業している」と本当に自分を信じられるならば、その相手から差し出されたネガティブな贈り物を受け取らずに、相手にそのままお返しする事ができるはずだという勇気がテストされるのです。(※これは別名「念返し」とも言われます)

ですので人生の課題が上級レベルであればあるほど、そのお試しは非常に過酷なものになると言われているのは、正にこの様なカラクリが働くからなのです。

そしてこの事を通して、自分が現在どの程度課題をクリアできているのかという自分への「信頼度=信念」が確認できるのですから、お試し鏡になってくれる存在には感謝なのですね。(※これは別名「逆菩薩」とも表現されたり致します♫)

( ・・) ~ ✿

  

 …と、以上のご説明で、少し理解が進みましたでしょうか?

 (^^✿

 

それでは最後に締めとして、美輪明宏さんの名言集からのお言葉をお伝え致します。

 

 どんなトラブルが起きても、冷静沈着、微動だにしない。

 そんなレベルに達するまで、人生の修業は続きます。

 

私達はその様な人間になれるまで=自分という人間を信じ切れるまで、そういう「合わせ鏡・真逆鏡・お試し鏡」を通してお互いに切磋琢磨しながら修業させられるという訳ですね。

そして或るレベルに到達した方は、「自分以外の人間も全ては自分である=全ての人が自分の鏡である」という事に気付くのだと私は思います。

 

そして上級編の「お試し鏡」が来た時に、その自分の課題を終わらせたいならば、その対処法として「キチンと相手にされたくない事を伝える」という事も、その相手とのカルマを終わらせる一つの方法になります。

これは「自分が被害者でいる事や加害者にさせられる事を拒否する = 自分の人格を尊重する = 自分を信じる」という事に繋がりますので、もしその様な人間関係(親子関係含む全ての関係)で悩まれていらっしゃる方々は是非参考にされて下さいませ♫

 

そしてこの方法は「自分にも相手にも、新たな負のカルマを作らない」という "慈悲の行為" にも繋がっているのです。(※そういうものが起きた時に、その都度そうして終わらせてしまえば、自分の中に新たなカルマの種を作らずに済むからです)

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 

この子の穏やかな雰囲気が好き~♡

(^^♫

 

 

 

 

 

 

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(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年