優柔不断とは、何ぞや?(迷いの原因) - 心・メンタルとダイエット - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
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優柔不断とは、何ぞや?(迷いの原因)

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世の中には「優柔不断」と言われてしまう "迷い" の多い方が沢山いらっしゃいます。

 

そして、そういう方が考えて話されたり書かれたりするものは、「核心」というものを中に持っておられないまま伝えられる為か、いつも何となく漠然とされているという印象を持ちます。

( ・・) ~~~

 

多分ご本人には自覚は無く、その時の気分でその都度感じた事を伝えておられるのですが、

 

トータルで拝見すると以前に言われた事と矛盾していたりする事も多かったり、あっちへフラフラ、こっちへフラフラされる様な感じがしたり、又その方の中の「迷い」の堂々巡り "同じ事の繰り返し" を述べていらしたりして、

 長く付き合う内に「結局この方は、一体何を伝えたいのだろうか???」という印象を持たれてしまう方も多いのではないかと思われます。

《 ゚Д゚》!?

 

 

その様な「迷い」を持たれた方が、特に日本の方に多く見受けられるのは何故なのでしょうか?

(^^;???

 

 

それは、この国の独特な文化から来ています。

その "独特な文化" とは「集団意識の強い文化」と言っても宜しいかと私は思います。

_(_^_)_

 

 

日本というのは歴史的にも昔から「集団意識」がとても強く、自分達の機軸が無意識に「社会」という外界になっているのです。

でもそれぞれ人間が自覚するのは「個」としての自分の意識なので、集団意識の影響を受けていながら「自分を持って自分の頭で考えている」と勘違いしている所があるのです。

(^^;

 

これを別の言葉で表現すれば "社会から洗脳されている事に気付かない" という事なのです。

それを「集団意識」とも呼ぶのです。

《 ゚Д゚》!!

 

自分で考えていると思っていながら、実はそれが無意識に受けている「集団意識」からの受け売りとなっておられる方が大半であり、

それが「優柔不断」という "迷いの世界" に通じているという事が良く有ります。

(・。・;

 

 

そういう方は自分の中に芯が無い分、ご自分の思考や判断に自信が無いので、人や社会の言う事で絶えずご自分が揺れて、その都度主張される事がコロコロ変わられるというのも特徴です。

 

性格が勝気な方はその自信が無い事の裏返しとして、虚勢を張られて人より優れている様に自分にお化粧しようとするので、人との競争に勤しむ方や闘争的になられる方もおりますし、

やたら人に媚びてバランスを取られるという方も多い様です。(あくまでも表面的に…なのですが)

 

それは自分の中心=生きる機軸を無意識に「社会」というものにされて、ものを捉えて思考されていらっしゃるから当然なのですね。

《 ゚Д゚》!!

 

 

同じ「優柔不断」でも、その方の性格により表面に出て来るものが違って見えます。

 

例えば、勝気な方の「優柔不断」は、ご自分が集団意識に洗脳されておられる自覚が無い為 (それを仏教では三大煩悩の一つ「無知」と表現されています)、自分を持っているという勘違い (エゴ) からご自分の思われる事を頑固に主張される方が多いのですが、

"因果" という視野が無い為に (それも集団意識の一つ)、後になって「こんなはずじゃなかった!」と、自分の中の矛盾に気付かれるケースが多く、

 

又、皆様が分かり易い "気持ちの優しい" 或いは "心の弱い" というイメージの「優柔不断」な方というのは、人の気持ちが分かり過ぎたり自分の心が弱過ぎて、「誰の言う事を尊重すれば良いのか? どう判断したら良いのか?」が、自分で分からないという事になってしまわれる事も多い様ですが、

その時に欠けているのは、一番大事な「自分」というものがどこかに忘れ去られて蔑ろにされているという事への視野です。

 

つまりそういう時は、自覚無く完全にご自分の中心を見失っておられるのです。

そしてその裏に在るものは、一見他者を思い遣る様に見えて、実は「自分の保身から出ている言動=隠されたエゴ」である事が多いのですね。

(-_-;)

 

 

その様に "無自覚の集団意識" や "他者を中心" に据えてものを考え、自分というものを見失う状態を「優柔不断」と言い、それが「迷い」に通じているのです。

(・_・;)

 

そういう方の「年中変わる判断」 や「判断できない・決められない」、或いは「同じ事の繰り返し」や「責任回避」という事が時間のロスや無駄を生んでしまい、結果周りに迷惑を掛けてしまう事になってしまうのです。

(^^;(^^;;(^^;;; 

 

 

では「自分の中心だけで判断すれば、自分を持った事になり良いのか? それが正しい判断なのか?」という事ですが、残念ながらそれも違います。

(^^;;

 

そういう判断の時は (先ほど「勝気な方のケース」で申し上げました様に)「自分のエゴ」というものが必ず顔を出して参りますから、「自分にだけ良い」という判断をしてしまいがちになるという視野も私達は持っていないと、こちらも自分の判断が人に迷惑をかけたり押し付けになってしまうという事にも繋がります。

(^^;;;

 

 

「自分の中心」と「自分のエゴ」の見分けがつく方というのは、自分の中心を持たれた方だけであり、

だからこそ「自分もそうである様に、他者もそれぞれ自分の中心を持っている」事を理解できた方達であり、そして因果の法則を深く理解されて物事を考えられる方達です。

 

つまり自分も他人も同時に、そして同じ様に大事に考えられる「大人な方達」という事ですが、

 

その様な方達というのが判断される時は、いつも大きな視野で全体を捉え、全体の為に「善い」と思われる事を選択するので、そこに「優柔不断 = 迷い」というものが無いのです。

 

本物の判断である時は、その結果は例え時間が掛かっても、必ず「全体に取って良かった」という結果に現れて来るはずです。

(^^✿

 

 

 

 

 

太陽が雲に覆われている姿は、「無知」に覆われている私達人間の姿に似ているかも!?(笑)

(^^;

 

 

 

ちなみに、判断される方の視野が大きければ大きいほど判断は的確なものになりますが、あまりに大き過ぎると凡人の理解を超えて、逆に「理解されない」という現象もこの世では起きる様です。

 

それを後になって人々がやっとこさ理解できた時には、その方を「先駆者」とか「パイオニア」とかと判断される事が多い様ですが、

 

それも「集団意識」の為せる技と言えるかもしれません。(笑)

(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;

 

 

 

 

 

 

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舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年