インド特許法の基礎(第22回)~特許要件(2)②~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第22回)~特許要件(2)②~

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インド特許法の基礎(第22回)

~特許要件(2)②~

 

2015年3月17日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

 

(2)Trips協定で除外可能な発明

 インド特許法は,Trips協定27条が許容する発明除外対象を以下の通り第3条に列挙している。動物の治療・診断方法,動植物の変種などの取り扱いが日本と異なる。

 

(ア)公序良俗(第3条(b),Trips協定27条(2))

 例えば,窃盗/強盗を行うための装置,偽造紙幣の製造機械,賭け事のための装置は発明に該当しない。その使用・用途が人,植物及び動物に重大な損害を及ぼす可能性がある発明,道徳的規範に反するおそれがある発明(例えば,人間のクローン作成のための方法),公の秩序を乱すものである発明(例えば,家宅侵入のための装置)等も発明に該当しない。しかしながら,その用途が人間,動物若しくは植物の生命若しくは健康,又は環境に対して重大な損害を及ぼさない場合には,当該発明は特許を受ける余地がある。例えば,農薬などは発明に該当する可能性がある。

 日本特許法においても,公序良俗に反する発明は特許を受けることができない(第32条)。

 

(イ)治療・診断方法(第3条(i),Trips協定27条(3)(a))

 人の内科的方法,外科的方法,治療的方法(歯石のクリーニング方法など),予防的方法,診断的方法,療法的方法は発明とみなされない。また,動物に対する類似の処置方法であって,病気を治し,その経済的価値若しくはその製品の経済的価値を増進させる方法も発明とみなされない。例えば,羊に対する処置によって,羊毛の生産増大を図ることは経済的価値の増進に当たる。

 しかしながら,美容目的に過ぎない人体への物質の投与は治療に該当せず,特許を受けることができる。また,外科的,治療的又は診断を行うための機器は特許を受けることができる。更に,人工器官,義肢の製造及びこれらの人体への適用に係る措置も特許を受けることができる。

 日本特許法においても,人間を手術,治療又は診断する方法は「産業上利用することができる発明」に該当しないとされているが,動物の手術方法は発明から除外されていない。これに対して,インド特許法は,動物に対する治療,診断方法も発明から除外されている。

 

(ウ)動植物・生物学的方法(第3条(j), Trips協定27(3)(b))

 以下の動植物,生物学的方法は,発明とはみなされない。

・植物の全部又は一部

・動物の全部又は一部

・種子

・植物及び動物の変種及び種

・植物及び動物の生産及び繁殖のための本質的に生物学的方法

 

 しかし,自然界において発見されたものを除き,微生物に係る発明は特許が認められる。例えば,遺伝子操作された微生物は,発明に該当する。インドにおける植物の変種の保護は,2002年の植物の変種及び農民の権利の保護に関する法律(The Protection of Plant Varieties and Farmers’ Rights Act, 2002)に定められている。

 

 日本特許法においても,動植物,種子等の単なる発見は発明に該当しないが,遺伝子組み換え作物などは,微生物に限らず特許が認められ得る。

 

(3)他の法律で保護される発明

 他法によって保護されている集積回路の回路配置が特許法上の発明から除外されている。

 

(ア)集積回路の回路配置(第3条(o))

 マイクロチップ及び半導体チップに使用されている電子回路の三次元配置など,集積回路の回路配置は発明に該当しない。集積回路の回路配置は2000年半導体集積回路の回路配置法(the Semiconductor Integrated Circuit Lay-out Designs Act, 2000)によって保護されるためである。

 日本特許法においては,新規性及び進歩性を有する限り,集積回路の回路配置も保護されるものと考えられる。

 

(イ)その他

 上述のように,審美的創作物は1957年著作権法の保護対象であり,植物の変種などは,2002年の植物の変種及び農民の権利の保護に関する法律の規定に定められている。

 

(4)その他

 第3条に列挙されているその他の発明除外対象を説明する。この中には,新規性及び進歩性との関連性が強いと考えられるものや,Trips協定27条が要求する保護対象との関連が理解し難いものが含まれている。既知物質の新規形態,農業などの取り扱いが日本と異なる。

 

(ア)既知物質の新規形態の単なる発見など(第3条(d))

 以下のものは発明とはみなされない。

・既知の物質について何らかの新規な形態の単なる発見であって当該物質の既知の効能の増大にならないもの

・既知の物質の新規特性の単なる発見

・既知の物質の新規用途の単なる発見

・既知の方法の単なる用途の単なる発見。

但し,新規な製品を作り出すことになるか,又は少なくとも1の新規な反応物を使用する場合は,この限りでない。

・既知の機械又は装置の単なる用途

 

 既知物質の誘導体は効能に関する特性が実質的に異なる場合にのみ特許される。効能は出願時の完全明細書に記載すべきである。

 第3条(d)における「効能」は「所望のまたは意図する結果を生じさせる性能」を意味する。従って,当該物が生み出すと期待されている,または生み出すと考えられている効果によって,第3条(d)における「効能」の検証の意味合いが変わってくる。その検証は,当該物の作用(function),効用(utility)又は目的の影響を受ける。疾病治療薬の場合,「効能」は治療効果(therapeutic efficiency)のみを意味する[1]。2005年特許法改正で「既知の効能の増大」の規定が導入された経緯から,この「治療効果」は,厳格に狭く解釈すべきとされている。

 日本特許法において,既知物質の新規形態等は,発明該当性又は進歩性の問題として審査されるべきものであるが,既知物質の誘導体が同一物質とみなされる点,医薬品の効能が「治療効果」に厳しく限定される点は日本特許法と異なり,インドの方が特許性のハードルが高いと考えられる。第3条(d)は,日本特許法と大きく異なる規定の一つである。

 

(イ)混合物質(第3条(e))

 単なる混合によって生産された物,及びその製造方法は,各成分が有する性質の集合という結果でしか無い場合,発明とはみなされない。

 しかし,混合によって生産された物,及びその製造方法は,各成分の特徴が機能的に相互に結合しており,相乗効果を有している場合,発明とみなされる。例えば,石鹸,洗剤,潤滑油及びポリマー製品等,相乗効果をもたらす混合は,特許を受けることができる。相乗効果は,出願時明細書において,比較により明確に提示されなければならない。

 日本特許法において,混合物質に係る発明は,発明該当性の問題では無く,進歩性の問題として審査されるべきものであるが,相互作用,相乗効果,新規の効果が全く無ければ,日本においても特許は認められない可能性が高い。

 

(ウ)配置(第3条(f))

 複数の既知の装置の単なる並列をクレームする発明であって,各装置が独立して機能するものは,発明とみなされない。例えば,扇風機付きの傘,懐中電灯が取り付けられたバケツ,家具に備え付けられた時計及びラジオなどは,物の配置又は再配置に過ぎず,相互作用が無く,それぞれ独立して機能するため,発明とはみなされない。

 既知である複数の異なる要素の組み合わせにおける改善は,単なる現場での改良”a mere workshop improvement”を超えるものでなければならず,特許可能な発明は,新しい結果,新しい物”article”,従来品より優れ,また安い物をもたらすものでなければならない[2]

 日本特許法において,既知装置の配列に係る発明は,発明該当性の問題では無く,進歩性の問題として審査されるべきものであるが,既知の装置の単なる配列は日本においても特許は認められない可能性が高い。

 

(エ)農業又は園芸の方法(第3条(h))

 農業又は園芸の方法,例えば次のような方法は発明に該当しないとされている。

・グリーンハウスなど,自然現象がその必然的な過程をたどる諸条件の変更を伴う場合を含む,植物の生産方法

・特別のリン酸化合物を含む調合剤を土壌に与えることにより,線虫を含む土壌から改良土を産出する方法

・きのこの生産方法

・藻類の養殖方法

 

 日本特許法においては,農業又は園芸の方法も発明に該当し,その他の特許要件を満たせば特許が認められる。

 

(オ)伝統的知識(第3条(p))

 既存の知識である古来の知識は,発明とはみなされない。例えば,創傷治癒のためのターメリックの殺菌性は特許されないとされている。古来の知識は,伝統的知識デジタル・ライブラリ[3](TKDL: Traditional Knowledge Digital Library)にデータベース化されている。TKDLには,アーユルヴェーダ,ユナニー医学,シッダ医学などに関する伝統的知識がデータベース化されている。

 日本特許法において,古来の知識は公知発明に該当し,新規性又は進歩性の問題として審査されるべきものであるが,日本においても特許は認められない可能性が高い。

 

4.まとめ

 既知物質の新規形態,農業に係る方法,動植物の変種,ビジネス方法及びコンピュータプログラム,集積回路の回路配置に係る発明など,一部の発明については,日本よりも特許のハードルが高いと考えられるものがある。発明の主題が第3条各号に該当せず,技術的貢献及び技術的効果を有する発明を特定し,クレームアップすることが重要であると考えられる。

以上

 

 
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[1] Novartis AG v. Union of India (UOI) and Ors. 180パラグラフ

[2] Biswanath Prasad Radhey Shyam vs Hindustan Metal Industries

[3] http://www.tkdl.res.in/tkdl/langdefault/common/Home.asp?GL=Eng(2015年2月20日現在)

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