インド特許法の基礎(第22回)~特許要件(2)①~ - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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インド特許法の基礎(第22回)~特許要件(2)①~

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インド特許法の基礎(第22回)

~特許要件(2)①~

 
2015年3月13日

執筆者 河野特許事務所 

弁理士 安田 恵

 

1.はじめに

 インドにおいて特許を受けることができる発明の主題は,装置又は方法に係るものであって(第2条(1)(j)),第3条及び第4条に掲げられたものに該当しないことが求められる。「発明」とは,進歩性を含み,かつ,産業上利用可能な新規の製品又は方法をいい(第2条(1)(j)),第3条は特許法上の「発明」に該当しないものをネガティブリストとして列挙している。公序良俗に反する発明,非技術的な発明を保護対象から除外する条文構造は,欧州特許条約(EPC52条)及び英国(英国法第1条)などと同様である。しかし,インド特許法第3条には15個の発明除外対象が列挙されており,その具体的内容は日本をはじめ,欧州及び英国とも異なる。

 

2.インド特許法第3条

 インド特許法第3条は表1に掲げるものを,本法の趣旨に該当する発明としない旨を規定している。また,第3条各号におおよそ対応する日本特許法,欧州特許条約及びTrips協定の条文を表1の右欄に記載した。日本特許法との違いが比較的大きいと思われる規定を太文字で示している。表1中,「保護可」は,インドにおいて第3条に該当しても日本においては発明として保護される可能性があるものを示している。数学的方法などの全てが日本において保護されることを意味するものでは無い。

 

表1 インド特許法第3条

インド特許法

第3条

日本

欧州

Trips

(a)取るに足らない発明,又は確立された自然法則に明らかに反する事項をクレームする発明

29条①

柱書

(b)その主たる用途若しくはその意図された用途又は商業的実施が,公序良俗に反し,又は人,動物,植物の生命若しくは健康,又は環境に深刻な害悪を引き起こす発明

32条

53条(a)

Trips27(2)

 

(c)科学的原理の単なる発見,又は抽象的理論の形成,又は現存する生物若しくは非生物物質の発見

29条①

柱書

第52条

(2)(a)

(d)既知の物質について何らかの新規な形態の単なる発見であって当該物質の既知の効能の増大にならないもの,又は既知の物質の新規特性若しくは新規用途の単なる発見,既知の方法,機械,若しくは装置の単なる用途の単なる発見。ただし,かかる既知の方法が新規な製品を作り出すことになるか,又は少なくとも1 の新規な反応物を使用する場合は,この限りでない。

説明--本号の適用上,既知物質の塩,エステル,エーテル,多形体,代謝物質,純形態,粒径,異性体,異性体混合物,錯体,配合物,及び他の誘導体は,それらが効能に関する特性上実質的に異ならない限り,同一物質とみなす。

保護可

(e)物質の成分の諸性質についての集合という結果となるに過ぎない混合によって得られる物質,又は当該物質を製造する方法

29条②

(f)既知の装置の単なる配置若しくは再配置又は複製であり,これを構成する各装置が既知の方法によって相互に独立して機能するもの

29条②

(g)削除

(h)農業又は園芸についての方法

保護可

規定無し

(i)人の内科的,外科的,治療的,予防的,診断的,療法的若しくはその他の処置方法,又は動物の類似の処置方法であって,それら動物を疾病から自由にし又はそれらの経済的価値若しくはそれらの製品の経済的価値を増進させるもの

29条①

柱書

一部

保護可

第53条(c)

Trips27(3)

(j)微生物以外の植物及び動物の全部又はそれらの一部。これには,種子,変種及び種,並びに植物及び動物の生産及び繁殖のための本質的に生物学的方法を含む。

29条①

柱書保護可

第53条(b)

Trips27(3)

(k)数学的若しくはビジネス方法,又はコンピュータプログラムそれ自体若しくはアルゴリズム

29条①

柱書

保護可

第52条

(2)(c)

(l)文学,演劇,音楽若しくは芸術作品,又は他の何らかの審美的創作物。これには,映画作品及びテレビ制作品を含む。

29条①

柱書

第52条

(2)(b)

(m)精神的行為をなすための単なる計画若しくは規則若しくは方法,又はゲームをするための方法

29条①

柱書

第52条

(2)(c)

(n)情報の提示

29条①

柱書

第52条

(2)(d)

(o)集積回路の回路配置

保護可

(p)事実上,古来の知識である発明,又は古来知られた1 若しくは2 以上の部品の既知の特性の集合若しくは複製である発明

29条①②

 

 

3.各号の詳細

 第3条には15個の発明除外対象が列挙されているため分かりにくい。そこで,発明除外対象を大きく4つに分類し,簡単に日本特許法と比較しながら各号を説明する[1]。ここでは,除外対象を①非技術的発明,②Trips協定に基づいて除外可能な発明,③他の法律で保護される発明,④その他の発明の4つに分類した。この分類は,法律及び判例に基づく分類では無く,説明の便宜上のものである[2]

 

(1)非技術的発明

 非技術的な発明は,法上の発明に該当せず,特許は認められない。ビジネス方法及びコンピュータプログラムなどの取り扱いが日本と異なる。

 

(ア)自然法則に反する発明(第3条(a))

 永久機関,インプットなしにアウトプットする機械,100%の効率を有する機械などが本号に該当する。言うまでもなく,日本特許法においても自然法則に反するものは発明に該当しない(第29条1項柱書き)。

 

(イ)科学的原理の単なる発見など(第3条(c))

 科学的原理の単なる発見は発明とはみなされない。しかし,科学原理が製造方法に利用され,物質又は物品を生み出すことになる場合,当該原理は発明とみなされる。また,科学的理論それ自体も発明では無いが,その理論が物質又は物品の製造過程において利用可能な実用性を有する場合,当該発明は特許性を有する。

 既知の物質又は物品が有する新規の性質を見つけ出した事実自体は単なる発見であり,発明に該当しない。しかし,その発見により,当該物質が特定の物品の製造又は特定の方法に利用可能になった場合,当該物品又は方法は発明とみなされる。同様に,現存する物質,微生物などの生物の単なる発見は発明に該当しない。

 日本特許法においても,天然物,自然現象などの単なる発見は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」では無く,発明に該当しない(第29条1項柱書き)。

 

(ウ)数学的方法,ビジネス方法,コンピュータプログラムそれ自体など(第3条(k))

 数学的方法,ビジネス方法,コンピュータプログラムそれ自体(per se)及びアルゴリズムは,発明とみなされない。

 例えば,平方根及び立方根の求め方などは数学的方法であり,特許されない。また,コンピュータのハードウェアを用いた発明として数学的方法をクレームしたとしても,それは技術的発展に関連するものとして偽装されたものとされ,特許性は認められないとされている。

 ビジネス方法には,商品又は役務の取引に関連した営利事業又は企業における活動全般が含まれ,これらの方法は発明とみなされない。インターネット,電気通信に係る装置を含むクレームであっても,その主題がビジネス方法に向けられている場合,特許は認められない。「それ自体」(per se)の文言はビジネス方法に係っておらず,ビジネス方法全般に本号が適用される。

 アルゴリズムには,一連の規則,手続若しくは手順などが含まれ,論理的,算術的又は計算的方法を採用しているか,反復して利用されるものであるか否かを問わず,発明とはみなされない。

 コンピュータプログラムそれ自体は,発明とはみなされない。また,コンピュータプログラムが記録された記録媒体及びプログラム製品は,コンピュータプログラムそれ自体に該当するとされている。しかし,発明の主題がコンピュータプログラムそれ自体でない場合,発明とみなされる。発明の技術的貢献がコンピュータプログラムそれ自体でなければ,特許は認められると考えられる。

 

 日本特許法においては,ソフトウエアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に実現されていれば,ビジネス方法及びコンピュータプログラムも発明に該当し,特許が認められる。第3条(d)は,日本特許法と大きく異なる規定の一つである。

 

(エ)審美的創作物(第3条(l))

 文学作品,音楽,美術品,絵画,彫刻,コンピュータプログラム,電子データベース,書物,パンフレット,講義,演説,説教,演劇及び音楽作品,舞踏,映画,図面,建築,版画,石版術,写真,応用美術,イラスト,地図,平面図,スケッチ,地形に係る立体作品,地勢図,翻訳物,翻案,編曲,マルチメディアの製作等は発明とみなされない。これらは1957年著作権法(Copyright Act, 1957)の保護対象である。

 日本特許法においても,単なる美的創造物は「技術的思想」に該当せず,発明とはみなされない(第29条1項柱書き)。

 

(オ)ゲームの方法(第3条(m))

 精神的行為をなすための単なる計画若しくは規則若しくは方法,又はゲームをするための方法,例えば,チェスの遊び方,教育方法,勉強方法などは発明に該当しない。

 日本特許法においても,このような人為的取り決めは「自然法則」を利用したものでは無く,発明に該当しない(第29条1項柱書き)。

 

(カ)情報の提示(第3条(n))

 言葉,信号,記号,図又はその他の表示方法による視覚,聴覚又は理解が可能な情報の表示方法,手段又は方式は,発明に該当しない。

 日本特許法においても,このような情報の単なる提示は,「技術的思想」に該当せず,発明とはみなされない(第29条1項柱書き)。

 

⇒②へ続く



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[1] “MANUAL OF PATENT OFFICE PRACTICE AND PROCEDURE”, Version 01.11 As modified on March 22, 2011, 08.03.05に基づいて説明する。

[2] なお,Novartis AG v. Union of India (UOI) and Ors. の最高裁判決に” As suggested by the Chapter heading and the marginal heading of section 3, and as may be seen simply by going through section 3, it puts at one place provisions of two different kinds: one that declares that certain things shall not be deemed to be “inventions” [for instance clauses (d) & (e)]; and the other that provides that, though resulting from invention, something may yet not be granted patent for other considerations [for instance clause (b)]”(92パラグラフ)との説明がある。

 

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