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対象:特許・商標・著作権
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中国における標準特許とFRAND義務の適用
~公正、合理的、かつ、非差別的なライセンス条件とは~
中国特許判例紹介(35)(第1回)
2014年7月29日
執筆者 河野特許事務所
弁理士 河野 英仁
インターデジタル通信有限公司
上訴人(一審被告)
v.
ファーウェイ技術有限公司
被上訴人(一審原告)
1.概要
アップル・サムスン訴訟のように標準特許及びFRAND義務を巡る紛争が日本を含め世界各国で生じている。FRAND義務とは、標準特許について、公正,合理的かつ非差別的な条件(Fair, Reasonable And Non-Discriminatory terms and conditions)で許諾する義務をいう。
中国の専利法を含む各種法律にはFRAND義務に関する規定はなく、過去にも標準特許及びFRAND義務を巡る紛争は存在しなかった。
本事件では、被告である特許権者が通信規格に関する特許権を有しており、原告を含めた複数社に使用許諾を行っていた。ところが原告に対しては他の許諾者よりも極端に高い使用許諾費率を要求した。広東省高級人民法院は、被告はFRAND義務に従って使用許諾を行うべきであり、また他の許諾者と同等の使用許諾費率を認めるよう命じる判決をなした[1]。
2.背景
(1) 原告の基本的状況
ファーウェイ公司(原告)は、交換機、データ通信設備、無線通信設備等の電信設備の開発、生産、販売、プログラム制御等を経営範囲としている。原告の2010年年度報告書の記載によれば,年間あたりの研究開発費用は、165.56億元(約2,640億円)に達し、対前年比24.1%増加している。総従業員の46%にあたる51,000人が、製品の研究開発を行っており,かつ米国、ドイツ、スウェーデン、ロシア、インド及び中国等に20の研究所を設立している。
2010年12月31日までに,原告は中国特許を累計31,869件出願しており,PCT国際特許申請は8,892件,海外特許は8,279件,既に獲得した特許は17,765件,その中で海外特許は3,060件である。
2010年末までに,原告は世界123の業界標準組織に加盟している,例えば3GPP、IETF、ITU、OMA、NGMN、ETSI、IEEE及び3GPP2等であり,標準組織に提出した提案は23,000件を超えている。
(2)被告の基本的状況
インターデジタル通信有限公司、インターデジタル技術公司、インターデジタル特許ホールディングス、IPRライセンシング公司(被告)は共に、米国で登録された法人であり,共にInterDigital,Incの全額出資子会社であり、対外的には、インターデジタルグループと称している。
被告は、“ETSI”、“TIA” (米国電信工業協会)等の多くの電信標準組織に加入しており,各種無線通信国際標準の制定に参画し,特許ライセンス交渉を行っている。インターデジタル公司は、子公司を通じて無線通信基本技術に関する多くの特許を保有している。
被告は中国を含め2011年現在で19,500件もの無線通信技術に関する特許を有している。被告の収入は,主に特許ライセンス交渉により取得した特許使用費に基づいている。被告の特許ライセンスは主に“一回払い”方式を採用している。
(3)訴訟の経緯
被告は中国にて無線通信分野における標準技術特許を有しており、原告と特許交渉を行い、原告に特許使用率として販売額の約2%相当を要求した。当該特許使用率は、被告がアップル社、サムスン社等に対して設定した特許使用率とかけ離れたものであり、原告としては到底受け入れられるものではなかった。
原告は、中国における標準必要特許及び標準必要特許出願に対する使用許諾及び適正な特許使用費率の設定を求めて深圳市中級人民法院に提訴した。深圳市中級人民法院は被告に中国標準必要特許及び出願の使用を許可するよう命じると共に、使用費率は、関連製品の実際の販売価格により計算し,0.019%を超えてはならないとの判決を下した。被告はこれを不服として、広東省高級人民法院へ上訴した。
3.高級人民法院での争点
争点1: 原審判決の法律適用及び“FRAND”義務内容の解釈に重大な過ちがあるか否か?
中国ではFRAND義務に関する法律法規が存在しないため、何を根拠に原告に標準必要特許を許諾させるかが問題となった。
争点2: 原審判決が確定した関連製品の実際の販売価格に基づく0.019%の特許使用費率が、事実及び法律依拠を欠くか否か。
特許使用費率は当事者間で自由に設定することができ、当初は販売価格の2%としていた。この特許使用率を0.019%とした判断が、妥当か否かが争点となった。
4.高級人民法院の判断
争点1:原審判決の法律適用及びFRAND義務の適用は妥当である。
(1) 法律適用問題
被告は、欧州電信標準化協会(European Telecommunications Sdandards Institute 簡称ETSI)はフランスに存在し,標準必要特許のライセンス問題を原因として引き起こされた紛争は、フランス法を適用すべきであると主張した。
当該主張に対し、人民法院は同意しなかった。その理由は以下のとおりである。
(i)本案の紛争は標準必要特許使用費に係る紛争に属し,双方の争議及び法院に解決を請求している問題は、必ずしも、原告及び被告がETSI協議に加入する必要があるか否か、及び、ETSI協議に対する関連規定が妥当か否か等の問題に対するものではなく,単に標準必要特許使用費の問題にすぎない。
(ii)次に,当事者の主張に基づけば,本案に関わる標準必要特許は単に被告が中国で申請または獲得した特許の標準必要特許であり、必ずしも被告がフランスまたはその他の国家の標準必要特許の問題に関わるものでもない。換言すれば、双方が争っている対象は、被告の中国での特許または特許出願なのである。
(iii)第三に,原告と被告との間には、必ずしも双方が標準必要特許使用費の問題において紛争が発生した場合に、どの国の法律を適用するかを定めていない。一方原告の所在地、関連特許の実施地、協議を行った地域は共に中国であり、中国との関係が最も強い。
(iv)第四に,本案における被告の中国標準必要特許または特許申請は共に,中国専利法の規定に基づき出願または獲得した権利である。専利法の規定に基づけば,中国に経常の居所または営業所が存在しない外国人、外国企業または外国その他組織が中国で特許を出願する場合,中国専利法に基づき処理しなければならない(専利法第19条第1項)。
中国で特許を出願する場合、中国専利法の規定に依拠しなければならず,権利を獲得した後は,どのような保護を受けるべきか、例えば特許保護期間の長短、保護過程等,共に中国法律の規定に基づくべきであり,出願人所在国の法律またはその他国家の法律に依拠すべきではない。
以上の理由から、高級人民法院は、原審法院が,本案について中国法律を適用すべきとした判断は妥当であり、被告のFRAND義務の解釈に当たりフランス法を適用すべきとの主張を採用しなかった。
⇒第2回に続く
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[1] 2013年10月16日広東省高級人民法院判決 (2013)粤高法民三終字第305号
2011年深圳市中級人民法院判決 (2011)深中法知民初字第857号
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