インド特許法の基礎(第4回)(1):第8条(外国出願に関する情報の通知)に関する判例 - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
河野特許事務所 弁理士
弁理士

注目の専門家コラムランキングRSS

対象:特許・商標・著作権

専門家の皆様へ 専門家プロファイルでは、さまざまなジャンルの専門家を募集しています。
出展をご検討の方はお気軽にご請求ください。

インド特許法の基礎(第4回)(1):第8条(外国出願に関する情報の通知)に関する判例

- good

  1. 法人・ビジネス
  2. 特許・商標・著作権
  3. 特許・商標・著作権全般

インド特許法の基礎(第4回)(1)

~第8条(外国出願に関する情報の通知)に関する判例~

 

 河野特許事務所 2013年9月6日 執筆者:弁理士  安田 恵

 

 

 

1.はじめに

 

 インド特許法第8条(1)及び(2)は、外国出願の明細事項(出願国,出願日,出願番号,出願の状態,公開日,登録日等)及びその詳細(外国出願における調査報告及び拒絶理由通知書等)の提出を出願人に求めている。情報提供の不作為は、異議申立理由(第25条(1)(h),(2)(h))、取消理由(第64条(1)(m))であり、侵害訴訟における無効抗弁理由(第107条(1))である。外国出願に関する情報の通知は事務的な手続きであるが、権利の有効性に影響を及ぼす非常に重要な手続きである。しかし、外国出願に関する情報の通知を規定する第8条及び規則第12条は必ずしも明確では無く、情報通知の手続きについて確立した運用基準及び判決も存在しない。そこで今回は外国出願に関する情報の通知の運用の手掛かりとなる判例(デリー高裁 CS(OS)No.930 of 2009 ケムチュラ社Vs インド国(Union of India))を紹介する。

 

2.事実の概要 

原告は以下の特許権を有する特許権者である。

 

登録番号:213608

登録日:2008年1月9日

優先日:1999年9月27日

発明の名称:ベアリングパッドアセンブリ 

特許権者:ケムチュラ社(Chemtura Corporation)

 

 原告は、被告等によるベアリングパッドアセンブリの製造、使用、販売の申し出等の行為が特許権を侵害するものとして仮差し止めを請求した(民事訴訟法命令39規則1及び規則2)。これに対して被告等は、原告の特許が取消理由を有すると主張し、仮差し止め命令の取消を請求した(民事訴訟法命令39条規則4)。

 

 本特許権及び関連する外国出願の出願経緯は以下の通りである。

 

 

3.判決

 

(1)結論

 

 仮差止命令を取り消す。

 

(2)争点

 

 特許権が特許法第8条違反の取消理由を有するか否かが争点になった。

 

(a)被告等の主張

 

 被告等は以下の主張を行った。

 

(i)第8条(1)(a)の要件を満たしていない。出願人は、重大な情報を隠し、外国出願に関する情報の明細事項を通知しなかった。また、第8条(1)(b)は、外国出願に関する明細事項を随時更新して長官に通知すべきことを要求しているが、原告はこれを怠った。

 

(ii)第8条(2)を遵守していない。原告は、審査官から要求された際、外国出願の進展状況に関する詳細を提出していなかった。国際調査報告書の提出は、第8条(2)の要件を満たさない。

 

 被告等の主張の詳細は以下の通りである。

 

 インド特許庁は、米国特許商標庁及び欧州特許庁によって提示された重要な先行技術の存在に気が付かないまま、広範な特許権を原告に付与した。米国及び欧州においては当該先行技術によって、原告は特許請求の範囲に記載された発明特定事項のひとつである圧縮コイルの形状をトロイダル形状又はトーラス形状に限定する補正を余儀なくされた。しかしインド特許庁においては、圧縮コイルの形状を限定すること無く、原請求項1に原請求項2を付加するわずかな補正のみで特許が付与された。

 

 2004年10月20日付けの最初の審査報告において、審査官は、外国出願に関する詳細、即ち主要特許庁における調査及び審査報告を要求した。これに対する2005年10月14日付けの回答書で、原告は外国出願に関する情報の詳細(第8条(2))について特段の回答を行わなかった。またその後に電話面接が行われ、2005年10月19日に回答書が提出されたが、原告は、国内段階出願時に提出した様式3に記載の外国出願に関する情報については実質的な進展が無いと述べている。

 

 

 しかし、外国出願に関する情報に進展が無い旨の主張は真実では無い。米国において、2001年7月26日に拒絶理由が通知され、引用文献に基づく拒絶理由を解消するために、2002年6月12日までに5回の補正が行われている。この事実はインド特許庁長官に通知されていなかった。欧州についても事情は同じで、欧州特許庁における審査状況はインド特許庁長官に通知されていなかった。

 

 以上の通り、原告は第8条が要求する外国出願に関する情報を長官に開示していないため、原告の特許は第64条(m)に基づいて取り消されるべきである。

 

(b)原告の主張

 

 原告は以下の主張を行った。

 

(i)原告は、外国で行われた特許の出願に関する情報を提供しなければならないのみであり、出願情報については提出済みであると主張する。様式3に記載の“status”は、外国出願がペンディング状態にあるかどうか、許可又は放棄されたか否かという情報のみを要求するものである。仮に、外国出願のあらゆる状況を通知しなければならないとすれば、審査官の審査処理を困難なものにする。

 

(ii)最初の審査報告の要求によれば、特許出願人は、特許査定された時にのみ、その特許に関する調査結果及び審査報告を提出すべきである。この時点で入手できる調査結果は、国際調査報告書であり、この国際調査報告書はインド特許庁長官に提出済みである。2005年10月15日の段階では、米国及び欧州で特許が認められていない状況にあったため、米国及び欧州の出願に関する情報の詳細を提出しなくても、8条(2)の要件は満たす。

 

 考慮すべきは、情報の不開示が特許の査定に影響を与える可能性があったか否かであり、外国出願に関する情報を開示しなかったすべての特許が取り消されるものでは無い(Halsbury’s Laws of England,Valensi British Radio Corpn 1973 RPC 337)。

 

(c)裁判所の判断

 

(i)インドへの国内段階出願の時点においては、様式3に従って通知すべき外国出願の明細事項は、インドに出願された発明と実質的に同一の発明について外国に出願された事実であるとする原告の主張は妥当と考えることもできる。

 

 しかしながら、法の要求はこれに留まらない。第8条(1)(b)はインドにおける特許付与日まで(”up to the date of grant of patent in India”),第8条(1)(a)が要求する外国出願に関する明細事項を書面で随時(“from time to time”)長官に通知し続ける旨の誓約書の提出を出願人に要求している。この外国出願に関する明細事項は、インド特許庁長官の要求に応じて通知すべきものでは無く、出願人が自主的に随時通知すべきものである。この“time to time”の表現は、外国出願の現在の状態をインド特許庁長官に提供するような情報提供の定期性(“a periodicity of furnishing information akin to updating the Controller on the current status of the applications filed in other countries”)を意味する。

 

 出願人が主張するように、出願がペンディング状態にあるか否か、放棄されたか否かといった情報を単に提供すれば良いというものでは無い。

 

 また、出願の状態の変遷を通知し続けた場合、審査官が書類処理に忙殺されることになるという原告の主張は、自暴自棄的なものであるとして退けられた。

 

 

 長官(第2条(1)(b))は、出願された発明に最も近い従来技術に関する最新の情報に基づいて、特許の付与を確実に行うという役割を担っている。ペンディング状態にある外国出願の進捗を長官に通知し続けることを出願人に義務付けることによって、的確な特許付与を促進することができる。

 

 

 本件においては、出願人は、米国及び欧州における特許出願の必要な明細事項が随時(”from time to time”)通知されていなかった。

 

 

(ii)第8条(2)

 

 長官は、外国出願の審査処理に関する詳細を出願人に要求することができる。この要求は強制的なものであり(第64条(1)(j))、出願人は所定の期間内に、審査処理の詳細を長官に提出しなければならない。

 

 審査官は、最初の審査報告において、以下の通り、外国出願の明細事項及び詳細を要求している。

 

最初の審査報告の抜粋

 

“7. Further details regarding foreign filing should be filed along with petition.

 

8. Details regarding the search and/or examination report including claims of the applications allowed, as referred to in rule 12 (3) of the Patents Rules, 2003, in respect of same or substantially same inventions filed in any one of the major patent offices, such as USPTO, EPO and JPO etc., along with appropriate translation where applicable, should be submitted within a period of 30 days from the date of receipt of this communication as provided under section 8 (2) of the Indian Patents (Amendment) Act, 2002.”

 

 

 裁判所は、特許査定された時にのみ、その特許に関する調査結果及び審査報告を提出すべきであるとする原告の主張を退けた。最初の審査報告におけるパラ8の“including”は、(出願が拒絶された場合はもちろんのこと、)出願が特許された場合も、調査及び審査報告を提出しなければならないことを意味していると広く解釈した。原告は、米国及び欧州における、あらゆる調査及び審査報告を長官に提出しなければならない。

 

 本件において、原告は審査報告のおけるパラ7及びパラ8の要求に応えること無く、2005年10月19日付けの回答書で国内段階出願時に提出した様式3の明細に更新事項が無い旨を回答した。

 

 しかし、実際には、2001年7月26日に最後のオフィスアクションがあり、2001年9月25日に補正が行われている。その後も、米国特許商標庁とのやり取りが繰り返し行われており、米国出願に進展があったことは明らかである。長官が求める外国出願の詳細は、上述のオフィスアクション等の詳細であり、国際調査報告書の提出では第8条(2)の要求を満たしたことにはならない。

 

 裁判所は、明細事項提出の不作為は特許の査定に重大な影響を与えないため、特許の有効性に影響は無いとする原告の主張を退けた。原告の主張に反して、第8条が要求する情報提供の不作為は、特許の取消理由として挙げられている(第64条(1)(m))。第43条(1)(b)は、出願が特許法の規定のいずれかに違反しない場合にのみ特許が付与されると規定している。第8条(2)の不遵守が特許付与に重大な影響が無かったと言うことはできない。

 

 

(第2回へ続く) 

 

 ソフトウェア特許に関するご相談は河野特許事務所まで