- 井上 みやび子
- すぐ使える株式会社 代表取締役
- 東京都
- Webエンジニア
対象:ITコンサルティング
日本では各個人が興味のある種目での結果を評価する傾向がありますが、海外ニュースなどでは国を挙げてお祝いするような雰囲気もあるようで(※1)、こういう素直な賞賛は他国の事とは言えよい気持ちになります。
(※1 ロイター「インドで金メダリスト一生鉄道乗り放題」 )
勝者よ称えられよかし、です。
このような順位付けは一定の基準の下に戦った結果を順番に並べたもので、運や審査の不公平感がある競技もありますが、その結果は揺るぎ難いものです。
一方、インターネット上にも様々な順位付けが存在します。
アクセスランキング、人気商品ランキング、そして Google のページランク...。
これらの順位付けは本質的に人気投票で、「これ、ちょっといいね!」と感じた人が何人いたかを反映します。
外山 滋比古 「思考の整理学」(1986年発行)にこんな件があります。
いま、島田清次郎という小説家のことを知っているのは、近代文学を専門にしている研究者くらいであろう。(中略)
島田清次郎は大正の文学青年から見て、まさに天才であった。(中略)それがどうであろう。僅か六十年にして、ほぼ、完全に忘れられてしまった。当時としては、むしろ、夏目漱石の文学について疑問をいだくものが多かった。(中略)それがいまでは国民文学として、近代文学において比肩しうるものなしといわれるまでになっている。
文学や音楽、絵画などの芸術が評価を確立するということは、長い時代にわたる総合人気ランキングで上位を獲得したということです。
さてここで考えたいのは、島田清次郎も当時の青年達に大いなる感動とインスピレーションを与えたに違いないということです。
つまり、ランキングの対象物を利用する側から見ると、ランキングと「今の自分」にとってそのものがどれだけ重要かというのは全く関係が無い、と言えるでしょう。
1位人気のレストランより100位のレストランの方が好きでも、自分の味覚や好みが「間違っている」「レベルが低い」訳では無いのです。
単に流行と一致しているかそうでないかというだけです。
むしろランキングが重要なのはそれによって露出の機会が増えるランキングされる側です。
全く露出がないと出る芽も日の目を見ないで終わってしまいますので、ランキング上位に食い込む事と共に、「利用者にとってもランキングは価値がある」という啓蒙に努力しています。
「利用者にとってもランキングは価値がある」=「たくさんの人が評価しているものは良いもののはず」というのは、現在はおそらくインターネット上で何かを見つけたい場合の最上の理論ベースでしょうが、もうちょっと Web の世界が進化してもうちょっと多様性の要求も増えてくると、「次の何か」が現れる事でしょう。