音楽という魔法 6
わたしが死ぬ時まで音楽はあるだろう。
そして私が死んだ後も、ずっとありつづけるだろう。
音楽の将来について、案じる必要などないんだ。
~ジョン・ケージ(アメリカの作曲家・哲学者)~
*********************************************
不思議な音楽家というのが僕の印象だ。
「沈黙」ということ、「無」ということへの哲学的なアプローチをしていた。
ただピアノの前に座って、周囲の音を聞き続ける「4分33秒」という作品に
実際にであったことはないけれど、その意図は十分に理解できる。
彼は演奏者が作曲者になり、聴衆が演奏者になり、作曲家が聴衆になり、
音によって互いに浸透すると考えた。
彼の作品をいわゆる音楽と考えると、いま世界中にひろまった「音楽」という概念を
ぶちこわすような気がしてしまう。
けれど「なぜ音楽というものが、ここまで広まったか」という命題に対しては明確な回答
という気がする。
開かれた物体同士の間を行き来するエネルギー。
それが生きている事を確信できる原点だろう。
音楽はそのエネルギーをまとっているがゆえに世界中に浸透していった。
ケージの音楽観と宮澤賢治が作曲に向かっていった姿とが、僕の中では重なる。
キノコの研究者でもあったとか。
全く不思議な人物だ。けれど、結構僕のこころの近くに永遠に棲み続けてる人だ。
1992年没。
このコラムに類似したコラム
音楽という魔法にかけられた 1 牧野 俊浩 - 音楽家(2012/09/01 14:14)
浄化と音魂の旅 本多 由紀子 - ホリスティックケア セラピスト(2013/10/17 16:04)
一声・二節・三演技「昭和のかほり」10月5日開催です 牧野 俊浩 - 音楽家(2013/10/04 13:57)
今週の土曜日5日はお時間ありませんか? 牧野 俊浩 - 音楽家(2013/10/02 14:31)
音楽という魔法にかけられたトーマス・A・ドーシー 牧野 俊浩 - 音楽家(2013/01/22 15:42)