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閲覧数順 2016年12月05日更新

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相互会社は限界があるのか?

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生命保険の豆知識
新聞各紙で公表されましたが、第一生命が2010年春にも現在の「相互会社」から株式会社に転換する方針を決めました。

持ち株会社制度を導入するとともに、国内外でM&A(合併・買収)を積極化する考え。第一生命の斉藤社長は、拡大戦略を進めるには「相互会社では限界がある」との認識を示しました。
 
以前から生保の相互会社は内向きな経営形態だという批判はありましたが、最大の要因は、総資産約130兆円の「かんぽ生命保険」上場があったからだと思います。

相互会社は契約者が社員となり、その代表である総代会が最高意思決定機関。ただ、総代は生保会社が選び、チェック機能を充分に果たしていないといわれています。

かんぽ上場を機に「大手生保が相互会社であることの問題点がクローズアップされる」という思惑が働いたように思います。

実は日本で初めて相互会社の形態を取ったのが「第一生命」

1890年代に日本生命保険の勤務医をしていた矢田恒太という医師は、経営陣との不和がもとで日本生命を退職後、保険会社の設立を目指してドイツやイギリスなどの文献を調査。

契約者が保険料を出し合い、運用益を契約者に還元する「相互会社」を知り、保険会社として最良の運営形態と考え、保険業法の制定のために政府の農商務省に入省し、相互会社を制度化。
1902年に日本初の「相互会社」である第一生命を設立しました。

戦後の高度経済成長とともに保険業は拡大。
契約者数が増えるに従い、相互会社が本来持っていた契約者の経営参加は機能しにくくなり始めた。
 
1990年初めにはバブル崩壊を背景に、運用実績が予定利率を下回る「逆ザヤ」に陥り、その後始まった一連の生保破綻を巻き起こした。 

先行する欧米では相互会社は全体の1〜2割。
資金調達面から考えても、保険会社は株式会社の形態がスタンダードになっていくであろうと思われます。

今後の相互会社である大手生保の動向が気になるところです。

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