貸しビル業のリスケジュール(特定調停) - 借金・債務整理全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
弁護士
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貸しビル業のリスケジュール(特定調停)

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○  貸しビル業のリスケジュール(特定調停)

私の法律事務所へ、私の書いた「破産か再生か」という著書を読んで、相談したいという方が訪問してこられた。

依頼人は私に向かって、初対面ということもあって、笑いかけてくれた。しかし、その瞳をふちどる憔悴の影が色濃い。

 依頼人が親から相続した8階建てのビルに銀行の抵当権がついており、銀行からは「借入金の支払いを延滞したので、競売を実行する」という内容証明郵便が送りつけられてきたという。

 依頼人は「でも、延滞したことはないんです。銀行と話し合った上で、毎月返済できる金額を決めて、毎月返済を実行してきました。」

 依頼人が銀行からお金を借りたのは、ビルの補修費用などであった。当時は、バブルの絶頂期で、担保となる不動産さえあれば、金融機関はいくらでも金を貸した時代だった。ビルは賃貸にしており、当時は家賃収入が右肩上がりで上がって行くという想定のもとに、家賃収入を多めにみて、無理な返済計画でもまかりとおっていた。

 銀行への返済金の受領書を見ると、返済金をまず元本に充当してくれていた。その点では、良心的な銀行である。しかし、数千万円の利息と延滞金が記載されている。当初、約定の返済が月百数十万円だったのが、毎月の返済を30万円しか行わず、それから銀行からの指導を受けて、毎月50万円、毎月70万円と返済する金額を上げて行ったという。しかし、過去に返済を怠った延滞金は残ったままだ。また、元金を支払うのが精一杯で、利息まで支払う余裕がないという。

 依頼人は、銀行と話し合った上で、銀行の指導にしたがった返済額を毎月返済していたのだから、延滞はないとしきりに言う。

しかし、銀行にしてみれば、話し合った返済額を返済していても、借用書に記載してある返済金を約束どおり返済していなければ、「延滞」扱いになってしまうのだ。

銀行員は、ときには、「話し合いで決めた金額を毎月返済してくれていれば、悪いようにはしませんよ」などと言うこともあるが、担当者が変わると手のひらを返したように、「延滞だ。早く返済しろ」などと性急に返済を迫って来る。銀行の勝手な振る舞いと言えば、たしかにそうだが、契約書どおりに実行していない債務者のほうにも落ち度がある。

銀行の担当者と電話で折衝すると、「延滞金がありますので、延滞金を一括返済して、債務不履行の状態が解消されない限り、話し合いには応じられません。」とのつれない返事だった。

 そこで、私は、さっそく特定調停の申し立てにとりかかった。依頼人には、銀行との経緯を詳細に書いて来るように頼んだ。

 依頼人は、銀行との経緯を手書きで書いてきた。その中で、一点、私にひっかかる点があった。銀行からの借り入れ当初に、依頼人へ貸すお金の一部を担当銀行員が勝手に引き出したという簡単な記載だった。

 「これは業務上横領に当たるのではありませんか?」

 私の問いかけに対して、依頼人は、銀行との融資の折衝は叔父が担当していて、詳細は知らないが、依頼人の預金口座から勝手にお金を引き出していたために、当時の銀行の副支店長と直属の上司が2人で、叔父のところへ謝罪しに訪れたという。

 私は、その瞬間、この案件はいけると思った。

依頼人にも落ち度があるが、銀行にも落ち度があるのだ。 

 「でも、そのお金は、銀行がきちんと返してくれて、実害はないんです。」と、人の良さそうな依頼人は答えた。

 しかし、落ち度は、落ち度である。

 特定調停の申立書には、申立人の資産と負債の状況、月々の収支の状況、家族の状況、負債を負うに至った事情等を記載する。

 特定調停の申立は、簡易裁判所に対して行う。

 裁判所へ申し立てる際には、裁判所へ納める収入印紙を貼らなければならない。この事件では印紙が問題となった。依頼人の負債は元利金で2億円近くであったため、それに対する印紙を裁判所に納めるとなると、仮に2億円で計算すると、291,300円となる。私は裁判所と交渉した。「2億円をチャラにしてもらうならば、2億円に対応する印紙を貼らなければならないかもしれませんが、月々の支払を若干減額してもらうだけですので、印紙は2億円を基に計算しなくてもよいのではありませんか」と私が裁判所の書記官に言うと、書記官は、「では、減額によって受ける利益を基に計算しなければなりませんね」と返事をしてきたので、私は、「利息の減免を求めるわけではありませんし、それによって利益をこうむる金額を算定することはできませんから、最低の金額として収入印紙500円で済ませてくれませんか」と頼みこんだ。書記官は不承不承、了解してくれた。

収入印紙についてだけ言えば、29万円余りを支払わなければならないところが、わずか500円の出費で済んだ。そのような融通のきく点も、特定調停の魅力である。

しかし、特定調停は、債権者が調停に応じて、調停案に同意をしてくれなければ、成功とは言えない。

競売申し立てを予告されているので、競売が実際に申し立てられたときに備えて、私は、一応、執行停止の申立書も準備した。

特定調停では、保証金なしで、または保証金を立てて、競売や強制執行を停止することができる制度になっている。ただ、実務では、保証金なしで、強制執行を止めることができるのは、サラリーマンの給料が差押えされた場合のように、債務者の生活に深刻な影響を与える場合に限られている。最低数百万円の保証金を積まないと、不動産競売は停止されない。依頼人の資力からして、多額の保証金を積むことは無理だった。

結局、この事件では、最後まで、銀行からはビルの競売が申し立てられることはなかった。

 調停申立書を簡易裁判所に提出してから、第1回の調停期日が開かれた。調停不成立になれば、当然、競売になるであろう。それでは、依頼人を救えない。私は気合を入れて、調停期日に臨んだ。

 特定調停は、裁判所の調停室という小部屋で行われる。だいたい、債務者側(申立人)、債権者側(相手方)の交互の話を、調停委員が聞いて、話をすすめる。調停委員は3人で構成され、主任調停委員は、裁判官(簡易裁判所判事)がつとめるが、調停手続きが進行している間は、裁判官が調停室に入ることはほとんどなく、調停が成立するときか、調停が不成立のときにのみ、出席する。3人のうちの他の2人の調停委員は、たいてい、1人が弁護士、1人が民間出身の有識者である。東京では2人とも弁護士の場合もあるが、地方では、調停委員のメンバーに弁護士が全く入っていなくて、有識者のみという構成もある。

 調停室に入ると、債権者である銀行の担当者が2名来ていた。

 調停委員が銀行に対して借用書、銀行取引約定書の提出を求めた。銀行は、次回期日までに提出することを約束した。

 私は、「毎月70万円の返済でお願いいたします。」と述べると、銀行側は「返済額の根拠を正確に出してほしい」と言った。そこで、次回期日までに、ビルのテナントごとの毎月の家賃、その合計額、年間の固定資産税や修繕費用などの見込額などを銀行側に提示することとした。

 第1回の調停期日は簡単なやりとりで終わった。依頼人は、銀行の担当者に「よろしくお願いします。」と何度も丁寧に頭を下げていた。第2回の調停期日は1ヶ月後に決まった。

 依頼人にこの資料作成をお願いし、できあがってきた資料はさっそく、銀行へ送付した。

 銀行員が私の事務所に電話をしてきた。私の事務所を訪問して直接面談して話をしたいという。

 約束の日時に銀行員が私の事務所にやって来た。「毎月70万円の返済のご提案はおうけすることはできません。その代わりと言っては何ですが、勝手ながら、当行の提案をご提案させてください。」と銀行員は切り出した。

   銀行側の作成してきた返済計画案は、非常に厳しいものだった。毎月の家賃収入が約120万円のところ、毎月の返済を100万円づつしていくというものだった。固定資産税などの必要経費を差し引くと、依頼人は生活できない。依頼人は、ビルオーナーとして管理に専念していたが、他へ就職して、生活費を稼いでもらうしかない。

ただし、10年間の低利の固定金利で、まず元金に充当し、ついで利息に充当して、延滞している遅延損害金は後払いである。

通常は、遅延損害金、利息、元金の順序で充当するのが法律の規定であり、銀行取引約定書の定めでもある。このような順序で充当されると、いくら返済をしていっても、いっこうに元金が減らない事態が生じる。

銀行側の提案は、確かに厳しいが、実行不可能な案ではない。

   銀行員と話し合ううちに、この提案が単なる駆け引きではなく、銀行としても最大限の譲歩をしてくれている感触を得た。

 私は依頼人をかなり有利な案ではないかと説得した。

 依頼人は「毎月100万円の返済は実行できないおそれがあります。なんとか毎月の返済額を減らす交渉をしてくれませんか」と言った。

 そこで、再度、私は減額交渉をした。数時間にわたる話し合いの結果、銀行側の姿勢は変わらなかった。

 その結果を依頼人に伝えると、依頼人は、「では、親族で話し合いをしてみます。」と言った。

 2週間も経ったころ、依頼人から、「親族で話し合いをした結果、私は働きに出ることにしました。銀行側の調停案を承諾します。」と連絡が入った。

 依頼人としても苦渋の決断だったろう。

 ただし、銀行側の提案してきた「1回の不払いでも期限の利益を喪失する」という条項については、「2回の不払い」で期限の利益を喪失する条項に変えてくれと私は注文をつけた。

 それを踏まえて、第2回の調停期日が開かれた。銀行側は延滞が1回でもあった場合には銀行取引約定書で期限の利益喪失事由とされていることを指摘して、調停で2回にされるのは困ると主張してきた。しかし、私は調停では期限の利益を喪失するのは2回の不払いとするのが裁判所の実務であることを主張して譲らなかった。調停委員も私の意見に賛同してくれた。調停条項の文言の検討がなされ、第3回の調停期日までに、調停条項の一字一句を訂正ないように確定することとし、裁判所が調停条項の文言でおかしな点がないかを検討することにしてくれた。

 第3回の調停期日の間、銀行側は、期限の利益を喪失するのは2回でよいと譲歩してきた。しかし、銀行側は今度は「支払いを怠ったときは競売を申し立てられても、異議を述べない」という条項を入れてくれという注文をつけてきた。私はそれはできないとつっぱねた。結局、そのような調停条項は異例なのでという私の意見が通り、銀行は「異議を述べない」という条項案を撤回した。

 第3回期日までに、ファックスで調停条項案をやりとりして、確定した。

 第3回の調停期日の当日には、確定した調停条項案を最終的な決定事項とすることに双方が同意し、裁判官が初めて同席して、裁判官が調停条項を読み上げて、調停が成立した。依頼人は、調停委員や銀行員に「どうもありがとうございます。」と何度も頭を下げていた。

 第3回の調停期日の帰りに、私と依頼人は、一緒にコーヒーを飲んだ。依頼人は、「もしビルを競売されていたら、地獄でした。生活もかかっていますし、親から受け継いだ財産をなくすなんて、恥ですから。調停が成立するなんて、まさに天国です。」と感謝してくれた。私は「まさに、破産か再生か、ですね。でも今月から返済が始まりますから、これからが正念場です。頑張ってください。」と言って、コーヒーを飲みほした。

 その後、依頼人は順調に返済をおこなっている。

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