従業員の賃金 - 就業規則・賃金・残業問題 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
弁護士
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第2 従業員の賃金

1 賃金請求権の本質

 労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことを合意する契約です(労働契約法6条)から,労働契約における中核的権利は,労働者の賃金請求権と使用者の労務給付請求権ということになります。

賃金とは,労働の対価として当事者間で合意され,使用者によって支払われるものをいいます。

 

2 遅刻・早退・欠勤等による賃金控除の可否

 遅刻・早退・欠勤等につき賃金を控除することはできるでしょうか。

 賃金とは,労務の対価であり,そこでの労務は労働契約の本旨に従ったものでなければなりません。したがって,遅刻・早退・欠勤等による労務不就労部分については,労働契約の本旨に従った労務提供がありませんから,労働者は,本来,その部分について使用者に対する賃金請求権を有しないことになります。これをノーワーク・ノーペイの原則といいます。

 もっとも,この原則は契約解釈上の原則にすぎませんから,当事者間でこれと異なる定めをしている場合には,その契約内容に従う必要があります。就業規則において,「遅刻,早退,欠勤等により欠務した時間については,賃金計算期間ごとに,その合計時間数に当該期間における1時間あたりの基本給および職務手当を乗じた額を差し引くものとする。」と定めていれば,原則として,不就労部分につき賃金控除が認められますが,従来,このような不就労部分について賃金控除をしてこなかった場合には,黙示の合意により,賃金控除しないことが労働契約の内容となってしまうことがあり得ます(労働契約法8条)。この場合,使用者が一方的に賃金控除を行うことは認められなることがあります。

 

3 業務命令違反による賃金控除の可否

 使用者が出張や外勤を命じたが,労働者がこれに応ぜず,内勤した場合に,使用者は賃金支払義務を免れるのでしょうか。

 労働者の労働義務の遂行については,使用者に指揮命令権限があります。

 したがって,出張・外勤命令の業務命令が相当なものである場合には,業務命令に違反して内勤の労務を提供しても,労働契約の本旨に従った労務提供とはいえませんから,使用者がその内勤を労務の提供として受領したと認められない限り,使用者は賃金支払義務を免れることになります。

 この点,争議行為時に行われた事案ではありますが,「出張・外勤業務に従事せず内勤業務に従事したことは,債務の本旨に従った労務の提供をしたものとはいえず」また,「本件業務命令を事前に発したことにより,その指定した時間については出張・外勤以外の労務の受領をあらかじめ拒絶したものと解すべきであるから」内勤業務について労務の受領はなく,使用者はその時間に対応する賃金の支払義務を免れると判示した判例(最判昭和60・3・7労判449号49頁)があります。ただし,この判例を前提にしても,①業務命令が正当なものであり,②当該労働契約の性質上,提供された労務が債務の本旨に従ったものとはいえず,③受領拒絶権の濫用がない,といった事情が必要です。

 

4 私傷病による賃金控除の可否

 就業規則や労働協約等で傷病休暇制度が設けられている場合,その間の賃金についてはその定めに従います。

かかる制度がなければ,賃金は民法536条1項によって処理されます。当事者双方の責めに帰することができない事由により,労働者が労務に服することが出来なくなった場合,危険負担により労働者は賃金を受ける権利を有しないことになります。

では,労働者が私傷病により,現に命じられた特定の業務についての労務提供が困難になった場合に,使用者は賃金支払義務を免れるのでしょうか。

 この点,労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合には,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,当該労働者を配置する現実的可能性ある他の業務への労務の提供を申し出ている場合には,なお債務の本旨に従った履行の提供があると判示する判例(最判平成10・4・9労判736号15頁)があります。

 この判例からすれば,使用者は私傷病により従前の労務提供が困難となった労働者に対して,労働契約の範囲内で可能な業務に再配置する義務を負うことになります。この配慮義務を怠り,労務提供を拒絶しても,使用者は賃金支払義務を免れることはできないことになります。

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