交換留学あの頃 1 - 旅行・留学と英語 - 専門家プロファイル

石田 さおり
アクティブ英会話講師紹介センター 代表取締役
神奈川県
英語講師
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交換留学あの頃 1

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交換留学あの頃

最近、face bookを始めました。めまぐるしく進化していくインターネット状況にほとんどついていけていなかった私ですが、ある日突然、高校生の時に1年間ホームステイしていたアメリカの家族や友達と連絡をとろうと思いついたのです。

 

face book上には、少し老いたホストペアレンツ、それぞれに家庭を持ったホストシスター、ホストブラザー、美しく年を重ねた友人、少しふくよかになった友人の写真が載っていました。 留学していた頃の記憶がよみがえってきて、その思い出を書いてみたくなりました。

 

そもそも、なぜ私は留学を思いたったのでしょうか?

 

わたしと英語の出会いはひらがなやカタカナもまだおぼろげな頃、部屋にシンデレラ、白雪姫の英語の絵本があったことにはじまります。 両親が読んでくれるわけでもなく、ただ、ひたすら、絵本をながめては、アルファベットを書き写したりしていました。

 

小学校4年生の時、アメリカはサンフランシスコにご両親のお仕事の関係でお引越しをした幼ななじみをたずねて行った時、現地の小学校に特別参加させてもらいました。朝礼もない、日直もない、良い意味で緊張感のない授業、給食ではなくカフェテリアでランチ…そんなところに、おおいにカルチャーショックを受けたのを覚えています。

 

中学生になり、横浜のインターナショナルスクールに通っている友達ができました。

 

その友達に連れられて、週末、学校で開かれるダンスパーティに行くと、同年代の男の子、女の子が英語でしゃべっている!(あたりまえですが)その姿がとてもかっこよく見えたのです。こうして、私の中で異国(アメリカだけですが)に対する憧れがどんどん大きくなり、「英語がしゃべれるようになりたい!」と思うようになったのです。

 

高校1年生の頃、私の父が会社を通して、交換留学の話をもってきました。父は一人娘の私にそんな度胸がある訳ないと思っていたようですが、意外にも私の返事は「行きたい!」と即答。その夜は憧れのアメリカンライフに胸をドキドキさせながら、寝たのでした。

 

その当時、(今もかもしれませんが、)高校生の交換留学というとA○Sや、Y○Uが主な留学機関でした。最初のうちは私の即答に驚いていた両親も快く賛成してくれて、私は後者の機関で1年後に留学することになりました。

 

留学までの1年間は準備期間です。

 

Y○U主催のオリエンテーションに参加したり、レポートの提出、個人的にもアメリカ人のご家庭に英会話のレッスンに通いました。交換留学ですから、我が家にも次の夏にはアメリカ人の女の子がやってきました。彼女は彼女なりに、日本の住宅事情、交通事情様々なものにカルチャーショックを受けたようです。

 

そんな彼女とも、約ひと月一緒に生活をともにし、私のなかでは着々と留学準備ができあがっていきました。

 

留学先がアメリカのどの州になるかは、こちらから選択することはできません。私の中では、アメリカというと、ハリウッド映画の世界であり、カリフォルニアでした。

そして待ちに待った留学先決定の連絡がきました。

 

「アーカンサス州」…どこ?

 

うちにホームステイしていたアメリカ人の女の子でさえも、一瞬、首をかしげたのでした。

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