- 羽柴 駿
- 番町法律事務所
- 東京都
- 弁護士
対象:刑事事件・犯罪
- 羽柴 駿
- (弁護士)
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- (弁護士)
公訴時効が撤廃されたら
前回は、公訴時効の撤廃を求める声が被害者遺族らから上がり、法務省も検討に入っていることを説明したうえで、仮に公訴時効が撤廃された場合に、あなたの身に起こるかもしれない事態を書いてみました。はるか以前の日々の行動について無実を証明することがいかに困難かということです。
読者は、そんなことが現実に起きるのか疑問に思うかもしれませんが、私自身が実際に手がけた刑事裁判での出来事を紹介しましょう。
アリバイ証明
その刑事裁判では、学生運動グループの被告人たちが数年前のある爆弾製造事件で逮捕起訴されましたが、全員が無実を訴えていました。複数の被告人の中のある女性は、事件当時、ある工業協同組合でアルバイトをして働いていたことが判っていました。
事件の捜査に当たった警察も、その組合で彼女が働いていたことは彼女自身の口から聞き出しており、製造日(と捜査側が見込んだ日)の彼女の行動を確認するために彼女の出勤状況を調べようとしました。しかし、組合事務所を訪れた警察官は、当時のことを知る人がいないか、当時の出勤記録などがないかを職員に尋ねたものの、はかばかしい返事が得られないままに諦めて帰ってしまったのです。
私たち弁護人は、裁判が始まった後、独自に彼女の組合における勤務状況を調査しました。幸運なことに、私たちが組合事務所を訪問した際、当時のことを良く知る古参の理事がいて、彼女のことも覚えていました。もちろん、具体的に1日1日の出勤状況までの記憶はありませんが、狭い職場なので机を並べていた彼女の働きぶりは十分に指導監督できていたということでした。
私たちは、これまた念のために、当時の出勤記録などが残っていないか尋ねました。その理事は、たまたま古い帳簿などで残っているものがあるかもしれないと探してくれました。極めて幸運なことに、当時の出勤簿や給与台帳が倉庫の奥から見つかりました。その記載によって、当時の彼女が平日は毎日のように出勤していたことが判明しました。
その出勤簿や台帳は、彼女を含む複数の被告人が共同で爆弾を製造したと検察官が主張していた日時における彼女のアリバイを証明するものでした。検察官の主張するストーリーが真実であるためには、彼女は組合事務所を抜け出し、勤務を何時間もサボらなければならないのです。しかし、この理事は「そんな勝手なことは私がさせません。」と断言しました。
彼女のアリバイ成立が明らかになったことがきっかけとなって、被告人らを犯人とする検察官の主張は次々と覆され、最終的に全員が無罪判決を得ることが出来ました。明らかにえん罪だったのです。
(次回へ続く)