コラムの読者の方から質問を頂きました ① ☆_(_☆_)_☆ - 心・メンタルとダイエット - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
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コラムの読者の方から質問を頂きました ① ☆_(_☆_)_☆

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私のコラムを読んで下さっている方から、先日問い合わせの方にご質問を頂きました♫

(^^✿

 

この方は大分前に問い合わせフォームを通して質問(主に恋愛を通したお悩み)をされて来られた方で、本当に久々のメールのやり取りとなりました。

そして今回も以前と同様にご本人の快い承諾を頂き、同じ様なお悩みをお持ちの読者の方達に共有できる様に、今回もコラムとして皆様にお届けさせて頂く事になりました。

☆_(_☆_)_☆

 

 

【質問者様からのご質問】

大園様

お久しぶりです。お元気ですか?
1つふと思った事があって、大園さんのご意見お伺いしたくて、メールしてます。

依存性ってうつったりするものですか?要は、恋愛関係で依存体質のAさんといると自分の依存性が引き出されるけど、そうじゃないBさんといると大丈夫みたいな。

私は自分で今まで依存的と思った事はなかったのですが、寂しがりやの構ってちゃんな人といると、なんだか自分が頑張らなければいけない気がして。。そして無意識化の子供の自分が引き出され私自身も依存的になる気がしました。

 

良かったらご意見頂きたいです。

寒いですがお体にお気をつけくださいね。

 

 

 

【大園エリカの返信】

ご無沙汰しております!
お元気ですか?

お陰様で私はとても元気にしております。ありがとうございます。

 

今回のご質問ですが、貴女様はもうすでに「相手は自分の鏡である」という事にお気付きになっていらっしゃる方です。ただその現れ方は複雑な時がある為、私達は時々混乱してしまうのですね。

それは同じ鏡でも真っ直ぐにストレートに自分を映し出すパターンと、真逆のパターンとして映し出されるパターンがあるという事なのですが、どちらにしても結論は同じになるのですね。

「依存性は移るものか?」というご質問ですが、それは移るという事ではなく、意識は無くとも自分の中に内在しているものが相手によって引き出されているという事なのです。

人間の中には色々な人格がいて、時には自分の顕在意識に上らない人格というのもおりますから、それを「相手という自分の鏡」を通して自分に教えてくれているという事でもあります。

そしてその様なものは必要な時に見せられる様になっておりますから、それだけ色々な事に理解が深まっているからこその今回の疑問になって来るのですね。おめでとうございます♪(笑)

 

今回のメールには「寂しがりやの構ってちゃんな人といると、なんだか自分が頑張らなければいけない気がして。。そして無意識化の子供の自分が引き出され私自身も依存的になる気がしました」とありますが、

これは相手と自分の立場を逆にして考えると分かり易いかと思います。

つまり相手が甘えて来た場合に「自分が頑張らねば」と思う事で、相手を自分に依存させてしまうという自分を観るという事ですね。

そしてそれは自分のどこかに「本当は人に依存し甘えたい」という思いがあるからこそ出て来る発想・反応でもあるという事なのです。

 

ご自分ではきっと無意識なのだと思いますが、これが私がコラムで良くメッセージさせて頂いている「頭(マインド)と心(自分のハートの声)」のズレなのです。

今回のお答えで又新たな質問が湧いて来ましたら、遠慮なくいつでもメールして下さい。
(今回のやり取りも、匿名としてコラムに掲載させて頂いても良いでしょうか?)

 

大園エリカ

 

 

 

【質問者様からの返信】

お元気で何よりです。今回もまた丁寧な回答を頂きありがとうございます。コラム楽しく拝見させて頂いています。どうぞコラムにお使い下さい。

 

「相手は自分の鏡である」事の現れ方は複雑な時がある為、私達は時々混乱・・・まさに今の自分がそうなのかもしれません。笑

真逆のパターンとして映し出されるパターンってどのようなものですか?

依存性は移るものではなくて引き出されるもの。すごくよく分かります。ただこれも自己肯定感につながるのだと思います。

相手を甘えさせてるのに、実は自分が甘えたい思いがあるから・・・?すいません、なんとなくよく分からないです。

確かに私は相手が甘えたいのに応えてあげて、彼を満たしているよみたいな自己肯定で若干優越感的なものを心のどこかで感じていたかもしれません。

ただその思いと本当は自分が甘えたい思いがあるというのがイマイチリンクしなくて、申し訳ないですが再度解説して頂けるとありがたいです。

 

「頭(マインド)と心(自分のハートの声)のズレ」のコラム再度読んでみたいので

よかったらリンクを教えて頂けますか?

 

宜しくお願いします。

 

 

 

【大園エリカの返信】

「マインドと心のズレ」という題のコラムは書いていなくて、事ある毎にその事に触れているコラムが多いという事です。

 

「真逆のパターンとして映し出されるパターンってどのようなものですか?」ですが…。

ちょっと恋愛から外れますが、例えば例として「お金が欲しい」と天に願うという事は「お金が足りない」という意識から生まれているので、その「お金が足りない」という状況の方を天はストレートに叶えてくれるという事と一緒ですね。

 

「相手を甘えさせてるのに、実は自分が甘えたい思いがあるから・・・?すいません、なんとなくよく分からないです。確かに私は相手が甘えたいのに応えてあげて、彼を満たしているよみたいな自己肯定で若干優越感的なものを心のどこかで感じていたかもしれません。

ただその思いと本当は自分が甘えたい思いがあるというのがイマイチリンクしなくて、申し訳ないですが再度解説して頂けるとありがたいです」

ですが、

 

相手に良かれと思う事の中に「彼を自分に依存させる」という意識がありますよね?

それは「人に依存する事を肯定している自分」がいるから、相手に与えてしまうという事です。
自分の中に無いものは他人に与えられないという事です。

そうでなければ相手に良かれと思う行為は、相手を自立させる行為に成るはずですからね。

・・・と、この様な説明で理解できますでしょうか?(笑)

 

恋愛の場合はセクシャリティーの問題も絡んで来るのでややこしいものが有るのですが、
相手の為と思いながら自分の為に相手に尽くしてしまうというのが恋ですね。

だから相手に嫌われない様に「相手の望む事をしてあげたい」と思うのですが、

依存型の場合は、最初はその様に相手を自分に依存させる事に幸せや満足感を感じていても、時間が経つと今度は相手の依存に自分が疲れて来てしまい、最後は自分が犠牲者になっている様な思いに囚われてしまう事は恋愛に限らず人間関係には多いですね。

そうなると自分も相手に「これだけしてあげているのだから、あなたも私にしてくれるべきだ」という相手への依存に変わるという事です。

 

少しお分かり頂けましたか?

 

大園エリカ

 

 

 

【質問者様からの返信】

 大園様

ご丁寧な回答ありがとうございます。よく分かりました。

自分にないものは相手に与えられない。ほんとにその通りだと思います。書いて頂いてる内容をみて思うのはやはり根底に自己肯定感が共通にあるかもですね。全てが結びついてる気がします。

私は今まで色々勉強したり、考えたりして思うのは、大園様もコラムで書かれているように、心からワクワクする選択をするのが大切なのかなと思ってます。

相手に嫌われるからするとかではなく、あくまでしたいからする。その精神だと、自分も楽だし、見返りを求めたりもないかもです。そして、自身への自立に結び付く気がしました。

 

 

 

【大園エリカの返信】

正に仰る通りです。

 

私達はどうしても「相手に嫌われたくない」「善い人間だと思われたい」と人や世間の眼を気にして本来の自分というものを大らかに表現できなくなっている事から人間関係がこじれてしまうのですよね~。(特に恋ではそうかもしれませんね!? 笑)

本当はその様なものを怖れないで最初から「本来の自分自身を与える」という事ができればややこしくならないし、ストレスも生まれないのですけれど…。

「相手からの見返りを求めない」というのが人間には一番難しい課題なのではないかと私は思いますが、

目に見えない波動という事で観たら「自分の魂が心地好い事をしているだけ」で、相手に同じものを自動的に与えている事になるので、「自分が与えている」という意識も無いですから見返りなどという意識も生まれないという事でしょうか?

 

「人の為」に自分の魂を窮屈な思いにさせると、人間関係は我慢・義務・犠牲になるので上手く行きません。

この「人の為」というのは案外曲者で、「人の為」と美しく自分をお化粧しながら本当は皆「自分の為にしているに過ぎない」というのが大半ですからね、私達は。

だったら最初から「自分の為にする」と自覚していた方が偽善的でなくて良いという事なのです。(笑)

 

只、その時に考えなくてはならないのは、自分とは個性の違う相手の意思の尊重という事がありますから、どんなに親しくても相手の心にズカズカと土足で入らないというマナーはお互いに必要になるでしょう。(自分にされたくない事は相手にしない・相手がされたくないと伝えて来るものを尊重する)

つまり、お互いに「自分のしたい事をワクワクしながらする」と同時に、「相手の事を自分の事の様に感じられる感性」というものも磨いて行かなくてはならないという事です。

そして魂の広がりのスペースが大きい人間の方が人に説得力を持てるので、人に諭したりアドバイスできる資格を持てるという事でしょうか。

相手より自分のスペースが大きいという事は、相手の事を受け入れつつ(且つて自分が通って来た道なので理解できる)、相手が気付いていないものに対しての投げ掛け(慈悲からの行為)をしてあげられるという事です。

 

慈悲という行為は「相手から嫌われたくない」とか「善い人と思われたい」などというものを捨て去った人間だけができる行為になります。

 

大園エリカ

 

 

 

【質問者様からの返信】

大園様
ありがとうございます。書いて頂いてる内容すごくよくわかります。

自分が気持ちよくしてる事は相手にとってもいい波動として伝わるかもしれませんね。

 

話を1つ戻しちゃうのですが、依存性が引き出されるという話。あれは、やっぱりそういう相手は自分には合ってないよということになりますか?どうせなら、それが引き出されない方がいいような気もします。

 

 

 

【大園エリカの返信】

相手との相性というのは確かにありますね。
波動が違えば住み分けをした方がお互いに良い場合はあります。

 

でも波動の違う者同士で魂を切磋琢磨し合うという事が、玉石混交のこの世の人生の目的の一つでもありますし、もしその時点で分かり合えないという事が有っても、お互い何かしらの影響を与え合っているという事には間違いがありませんから、どの様な出会いも無駄ではないと思います。

人間というのは心を成長させ魂を向上させて行く様に生まれついていますから、相手の中の何を引き出すのかというのはお互い大事ですね。

 

その中には「堕落する自分」や「見たくない自分」というのも当然いる訳ですが、その「見たくない自分」というのは、実は自分の中の未消化の課題(人生の宿題)だという事ですので、

その様なものを自分の鏡として引き出してくれた相手には、感謝するという方が素敵な捉え方かもしれません。
(^^✿

 

大園エリカ

 

 

 

(※続きは次回のコラムへ♫)

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 

この華やかなバラ達は、且つて数々のバレエの舞台で小道具として使用していた思い出深い物です。

 

とても綺麗なので捨てられず…。

今は可愛いウサギの置物と共に、私の書斎のインテリアになっております♫

(^^✿✿✿

 

 

 

 

 

 

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(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年