「自分に欠点がある」という思考から生まれるもの - 心・メンタルとダイエット - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
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「自分に欠点がある」という思考から生まれるもの

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巷で良く聞く言葉に「人間は誰しも欠点がある」というものがありますが、皆様はこの言葉をどの様に解釈されますか?

私自身はこの様な思考が "人類の不幸の始まり" になっているのではないかと感じているので(笑)、あまり好きな表現ではありません。

(^^;

 

「欠点」て一体何でしょうか?

それは一体、誰が何を基準に決めているものなのでしょうか??

そして「自分の中に欠点がある」と思い込む事は、自分に取って幸せな事なのでしょうか???

(・。・;

 

多くの方が「人間は欠点を持っている」という思考から、自分や他人を責めて苛めている様ですが(笑)、

私は只そこに、人それぞれの個性の違いや得手・不得手による「生きる場所がそれぞれ違う」という事が在ると感じるだけなので、その様な解釈は、自分にも他人にも致しません。

 

本当は「自分の個性が生かされる場所に生きていない」という事であっても、

それに気付かず無理矢理周囲に自分を合わせ、自分の個性を押し殺さなければならない事から「自分には欠点がある」と思い込んで罪悪感を持ってしまうという事は、実は私達には良くあるのです。

「アナと雪の女王」のエルサみたいに…。

( ・・) ~ ☆彡 ★彡 ~ (・・ )

 

 

「人間には欠点がある」という解釈は、自分の中の「自己否定」や「罪悪感」が生み出した解釈であって、その様な暗い思考は、決して自分や他者を幸せにはしないのです。

(-_-;)

 

「欠点」というネガティブな発想は、自分の中に「罪悪感」や「自己否定」がある人が、自分で自分に罰を与える "自虐行為" 以外の何ものでもないと私は思います。(偽キリスト教などの"原罪意識がこれに当たりますね?)

そしてこれは、自分自身の魂に対してとても失礼な事でもあるのです。

《 ゚Д゚》!!

 

なのに何故、いつの時代もこの様な自分を苦しめるものに人気(!?笑)があるのかというと、

それは時代を超え、それだけ自分に「罪悪感」や「自己否定」を持つ人が常にこの世に大変多いという事と、その様な思考を自分に持つ人に取っては、或る種の自己満足である "歪んだ安心感" というものがあるからです。

 

そうして多くの方がその罠にハマり、そして自分に「無力感」というものを感じてしまうのですが、果たしてそういう事を自分にしている人達は本当に幸せなのでしょうか???

…というのが、今回のテーマでの私の投げ掛けなのでございます♫

☆_(_☆_)_☆

 

自分の個性を「欠点」として見てしまう人は、他者を見る時にも同じ事をするのです。

「欠点=良くないもの」を持っている自分を「直さなければならない」「変わらなければならない」と感じているのですから、当然他人にも「あなたは変わらなければならない」「その性格を直さなければならない」と強要する様になるのです。

(^^; 

性格は "持って生まれた個性" なのですから、誰にも直しようがないにも関わらずです!(笑)

そしてこの不毛な行為で絶えず自分や他人を心の中で、或いは言動で責め続けながら生きている訳ですから、自分の心がクタクタになってしまうのは当たり前なのです。(涙)

(^^;;

 

人に優しくなれないのは、自分が自分に優しくないからです。

自分の個性を「欠点」であると自分を苛めているから、人にも意地悪をしたくなるのです。

(^^;;; 

 

ですので、もしその様な自分に嫌気が差していて本当に他者を愛したいと言うのであれば、まずご自分の個性を受容し、それが「欠点」であるという思考を変える事です。

これが心からできた時に、初めて私達は「本当に人を愛する事 = 人を無償で愛する事ができる」様になるのですね。

( ・・) ~ ♡

 

 

私達が自分の「欠点」と思い込んだものは、一体何から来ているのでしょうか?

それは社会や世間(※家族含む)が生み出す無意識の「集団意識」から持たされているという事が殆どなのです。

 

そして個人単位で考えれば、

 

「欠点」とは "他人から愛情や利益を得たい" とか、 "他者に良い人間に思われたい" という心理から生まれる「相手主体」になっている自分が生み出す "幻想" であるという事なのです。

《 ゚Д゚》!!

 

世間では「自分に欠点がある」と思う人間を "謙虚な人" と扱う様な間違った解釈がありますが、

私は本来は一人一人がオリジナルであるべき個性を「欠点」と捉える事の方が、よっぽど傲慢で歪んだものの捉え方ではないかと感じる一人です。

(・・;)

 

人に優しくして欲しいと望む人は、「人から傷付けられる事」を怖れて嫌悪しているからなのですが、傷付けているのは実は他人ではないのです。

それは「自分で自分を傷付けている = 自分の個性を欠点であると思う人間」という事に過ぎないのです。

(※これは良く、自分の中に消化し切れていないストレスの存在として「インナーチャイルド」と表現されたりしておりますね?)

(・。・;

 

それに気付けずにいると、他者に対しても「私に対する優しさを持たないのは、(他者の)欠点である」と感じ、故に「私に取って優しくない者は許容範囲の狭い人間であり、他者は私の為に変わらなければならない」と他人に要求する様になるのですが、

 

この様な責任転嫁の思考には "自己責任" というものがどこにも見当たらない訳でして、

申し訳ないのですが、これは「我儘で甘ったれた三歳児」の思考と何ら変わりはありません。

(^^;;;

 

 

自分の個性を自分で受容できない傲慢さというものが、他者から只「自分の事実を言われた」だけで間違った怒りを生んでしまう、それが「他者から傷付けられた」と感じてしまうものの正体なのです。

《 ゚Д゚》!!

 

例えば肉体的に年を取った方に「年を取りましたねぇ」と正直に言うと怒り出す人は、その "年老いた自分という事実" を認めたくないという気持ちが起こさせている訳ですね。

もしその方が「自分が年を取っている」という事実を自分で認めているならば、余裕でにっこりと「そうですねぇ!」と答えられるはずです…という様な事でしょうか。

(^^♪

 

多くの人間が「事実を言われると怒る」という習性を持っていますが、それは「自分の事実を認めたがらない傲慢さ」から来ているのです。

 (※「年を取った」と言われる事に腹を立てる人というのは、実は "死" を怖れているからという事があるのですが、それを話すと長くなりますのでここでは割愛させて頂きます)

( ・・) ~~~

 

 

ちなみに世間では、この様に相手に責任転嫁をする「他者から傷付けられる」という間違った発想から "単なる事実" である事をお互い正直に話せない空気や、

 

特にこの日本では、相手に自分のお守りをさせる様な「過剰なまでのお節介をお互い好む」とか、「本当はありがた迷惑を感じていても正直に言えない」という風潮が世間に蔓延しているというのは、

 

この様な甘えと傲慢さを持っている事に自覚が無い "精神的に自立のできていない大人達" がとても多い事から生まれている文化なのではないかと、正直私は感じております。

( ・・) ~~~

 

 

本当は人間は、お互いに誰も相手を傷付けようとは思っていないのです。

傷付けているのは「傲慢な自分」であって、他者ではないのです。

 

もし自分を傷付ける相手に遭遇した時は「相手が自分の内面の鏡になっている」という事で、その様な事が表面化されて来るという事なのですね。

相手は、正に自分の中に在る「罪悪感」や「自己否定」や「自己憐憫」を自分で体現できる様に現れてくれた "自分自身" だという事なのです。

《 ゚Д゚》!!

 

「傷付いてしまう」というその原因が、「自分の中の欠点」という傲慢な思考から生まれている事を正観できれば、お互いに「相手に傷付けられた」と責任転嫁をして、相手を憎んだり恨んだりする事が無くなります。

 

自分や他者を傷付ける事を止めるには、

まず「自分の個性(事実)を認め、それを受容出来る自分 = 自分を愛せる自分」になる事です。

 

そうなれば、誰が何を自分に言おうと「傷付かない自分」になれるという事ですし、同時に「相手の個性を尊重できる自分」にもなれるという事なのです♫

☆_(_☆_)_☆

 

私達は「自分が自分に与えているものしか、他者に与える事ができない」というのが、この世の真理です。

( ・・) ~ ☆彡 or ★彡 ???

 

 

 

 

 

厚い雲(間違った思考)は、明るい太陽(事実)を覆い隠して全体を暗くしてしまいます。

まるで私達の人生の様に!? (笑)

いや、マジで。

(^^;

 

 

 

私達の厚い雲となっているのは「無知・無明」から来る勘違いの思考です。

(-_-;)

間違った思考から「怒り」「憎しみ」「恨み」「劣等感」「強欲」「傲慢」「罪悪感」「自己否定」「無力感」などが生まれます。

それがお互いを尊重し、相手の個性を楽しむ事や相手に感謝するという素晴らしい経験を阻んでしまうのです。

(・_・;)

 

 

ちなみに私達に "欠点" があるとしたら、それは「自分にも他人にも欠点がある」という "間違った思考を好む" という習性でしょうか…???(笑)

 

あと「知らない事に気付いても、知らないままにしてしまう」という"怠惰" という習性や、

「知っているのに見て見ぬふり」の虚偽、

 

そして「本当は気付いているのに無かった事にする」という狡賢さも???(汗ッ)

(^^;(^^:;(^^;::

 

 

 

 

 

 

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(東京都 / クラシックバレエ教師・振付家)
舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年