- 増井 真也
- 建築部門代表
- 建築家
対象:住宅設計・構造
先日、街の中にある色についての講演を聞く機会があった。講師は久しく国際的に評価されているマンセルの色見本帳を利用しながら、街を構成する色を探り出し、好きな色は何かの話をしていた。「街の中にあるあなたの好きな色は何番ですか?」と聞かれ私も考えたが、色見本帳の色の中から好きな色を導くことではなく、これまで生まれ育った経験の中で触れたり感じたりしたものの色を思い浮かべた。同じ疑問を持った初老の男性が質問したところ、「街の色を遠景で評価する場合はマンセルのようなものでよい、触感や経験が好きか嫌いかに影響を与えるのは近景での色の評価だ」といわれ納得がいかないご様子であった。
住宅の設計の中での色はまさに近景での色である。この場合、色はマンセルの色ではなく実際に肌で触れる素材の色である。たとえば杉の床板であれば赤味の強いやわらかい茶、パインの床板であれば白味の強い薄茶色、という具合だ。そしてこれらの色は時とともに変化する。杉も松も次第に褐色を帯びてくる。光の当たり具合、人の手の触れるところ、そんな違いが経年変化には大きく影響する。
壁の白は出来ればビニルクロスやペンキではなく漆喰の白であって欲しい。木の色は出来ればキシラデコールではなく経年変化を楽しみたい。放っておくと腐ってしまう外部については適切な処理を施すことが必要だが、すくなくとも家の中の色は好きな素材の色であって欲しいと思う。
写真は船橋の家で使う杉の大黒柱である。この柱もきっと10年後にはつやのある濃茶になっていることだろう。この家の木部には柿渋を塗装したいと考えている。柿渋はその名のとおり渋柿を発酵させた塗料で古くから防虫、保護を目的にから傘や袋、布や木部など様々な用途に用いられてきた。柿渋もまた光に当たると次第に濃くなっていく。私はその変化こそ「味わい」であると思う。