街の弁護士日記さんのサイトより
http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2015/10/post-72f6.html
<転載開始>

当ブログの10月14日付の記事のシェアが1万2000に達した。
常と2桁も違う、記録的な数字である。

 


いわゆる「マイナンバー」について、いかに正確な情報が知らされていないかを示している。

 


当ブログは、何も特別なことをしたわけではない。
「行政における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」
を普通に眺めたら、通知カードの受領義務などどこにも書かれていないし、逆に通知カードを受け取ると義務が生じる構造になっていることを確認したに過ぎない。
条文そのままの話である。

 

マスコミも、ネット空間の情報も、一次資料である法律そっちのけで、政府作成のパンフレットに頼って、情報を垂れ流しているからこのような有様になるのである。

 


簡単におさらいすると、
通知カードを受け取ると、
●紛失したときは、直ちに役場に届け出をしなければならない。
●転出・
転入手続には、個人番号通知カードを提示しなければならない。
●通知カードに記載された事項に変更がある場合は、14日以内に役場に届け出なければならない。
等の義務が生じる。

一方で、何らかの手続で必要となるのは、通知カードではない。
必要となるのは、特定個人識別番号そのものである。


 

そして、特定個人識別番号は、個人番号付の住民票の交付を求めれば、いつでもわかるので、どうしても必要になったときには、個人番号付の住民票の交付を求めればすむ。


 

本人確認のために通知カードが必要になるとする情報もある。
NHKのサイトにもそのような記載が見られる。
しかし、誤りである。
通知カードは必要ではない。
本人確認についても、個人番号付の住民票で足りる(行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律施行令12条1項1号)。
むしろ、そちらが本筋であろう。
NHKは正確な情報を知らせるべきで、恰も、通知カードが必要であるかのような間違ったコマーシャルはすべきではないだろう。


 

その上、特定個人識別番号法は、「何人も…特定個人情報の提供をしてはならない」と規定している。
特定個人情報とは要するに個人番号のことである。
法律は、本人が自分の個人番号を提供することも禁じている。
(但し、本人の違反については制裁規定はないようであるが)

 

通知カードを受け取らず、自分の個人番号を知らなければ、「特定個人情報」を提供しようにもできないのであるから、事実上、義務を負わずにすむ。
逆にいえば、通知カードを受け取ってしまうと、適切に自分の個人番号を管理しなければならなくなるのである。

 


どう考えても、通知カードを受け取る理由はないだろう。

Akuyouhuan

 

おさらいのその2は、従業員と勤務先の関係である。
勤務先の会社や事業所は、源泉徴収票を税務当局に提出する際、従業員の個人番号を記載する書式で提出しなければならないことにされた(行政手続における特定の個人を識別する番号の利用等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律)。


 

会社は確かに義務を負っているが、従業員は会社に対して個人番号を教えなければならない義務を課された訳ではない。
会社は、従業員に対して個人番号の提供を求める権利を持たない。

したがって、会社が義務を果たすために従業員の個人番号の提供を求めるのは、権利の行使ではなく、会社都合による従業員に対するお願いに過ぎない。

 


この構造がわかっている専門家の中には、従業員に対して義務づけを行うには、就業規則に義務付け規定を置くべきとする見解も散見される。
少なくともそのような措置を執らなければ、従業員に対して、会社が個人番号の提供を求めることができないのは確実である。
しかし、仮に就業規則に義務付け規定を置いた場合でも、就業規則の有効性ははなはだ疑わしい。

 

たとえば、就業規則で指紋の提供を義務づけた場合と対比してみよう。
指紋の提供それ自体、違和感を覚えないだろうか。
特定個人識別番号は、生涯不変であり、同一番号の個人は他に存在しない点から、指紋と同じである。

それだけではない。
指紋から得られる情報は、限られているが、特定個人識別番号は、将来的に、あらゆる情報が番号によって串刺しにされる可能性が高い。
しかも、指紋は、任意に本人が提供する分には構わないが、特定個人識別番号は本人といえども、法令の定めがなければ提供してはならないとされる、これまでに例のない秘密性の高い「個人情報?」である。

 


このように秘密性が高く、しかも高度にプライベートな情報の提供義務を、就業規則で従業員に課することができるか、甚だ疑問である。
従業員は、会社に人生を預けてしまっているわけではない。
雇用契約を結んでいるに過ぎない第三者に個人番号を提供することを義務づけることが可能か、たとえ就業規則に義務付け規定を置いたとしても、根本的な問題が残る。

 

Kusizasinozu
(特定個人識別番号で串刺しの将来想定図。民間利用はこんなものでは止まらない)

 

さて、勤務先との関係では、まだ問題がある。
法律を読んでいるだけでは、必ずしもそうなるとは納得しがたいのであるが、
従業員が勤務先に提供した特定個人識別番号を、勤務先は、在籍中はむろんのこと、退職後も、少なくとも7年間、保存する義務があるとするのが、定説になっているように見受けられる。
こんなことは、法律のどこにも書いていないはずである。
特定個人情報保護委員会が作成した「特定個人情報の適正な取扱に関するガイドライン」が、源泉徴収票作成事務のために、勤務先が継続的に特定個人情報を保管することができると解されるとした上で、
「所管法令で定められている保存期間を経過した場合には原則として、個人番号をできるだけ速やかに廃棄又は削除しなければならない」としていることから、これまで源泉徴収票の保管義務と考えられてきた7年間をそのままスライドさせたもののようだ。

 

この説の怪しさはともかく、企業法務に関わる税理士や弁護士などがこぞって、退職後7年間勤務先は保存すべしの説を流布して定説化しているので、恐るべき結論に至ってしまう。
(そもそも、源泉徴収票作成という年に一回の事務の便宜のために、本人すら自由にできない、極めて秘密性の高い個人番号を保管できると解することが、法律の解釈として怪しい)

 

あなたが、退職しても、少なくとも7年間は、勤務先は個人番号を保管しているのです。

 

喧嘩別れで退職しようが、アルバイトやパートであろうが、退職してから7年間は、元の勤務先に個人番号が保管されるとするのが、定説になっているのです。

 

退職後、7年間、その会社は存続しているかどうかもわかりません。
廃業したり、倒産したときの保管体制は保証の限りではありません。

最も正式な法的手続である破産手続を踏んだとして、破産管財人が7年間もこれを厳重に管理し続ける手続など到底考えられませんし、想定もされていません。

 

まして、事実上の廃業であれば、個人番号が7年間も厳重に管理される可能性はありません。

 

アルバイトやパートで仕事を転職すれば、転職する都度、個人番号をばらまくのと同じで、あちこちの職場に、あなたの個人番号が7年間、残されていきます。



 

退職から、7年も先には、個人番号にどれほどの情報が串刺しにされているかも、見当がつかないにもかかわらず、です。


 

勤務先だって、そんな厄介なものを保管したいとは思わないでしょう。


 

それでも、勤務先は、特定個人識別番号を従業員から聞き出すべきで、従業員は勤務先に特定個人識別番号を提供すべきなのでしょうか。

従業員にとっても会社にとっても、個人番号を提供せずにすませるに越したことはありません。

<転載終了>