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インド特許法の基礎(第20回)
~外国出願許可と秘密保持命令(2)~
2015年1月27日
執筆者 河野特許事務所
弁理士 安田 恵
1.はじめに
国防に関連する機密情報の国外流出を防ぐため、外国へ直接特許出願を行おうとする者に対して、外国出願許可(FFL: Foreign Filing License)の取得を義務付ける国がある。インドもその一つである。インドに居住する者は、原則として外国出願許可を取得しなければインド国外で特許出願を行い、又はさせてはならない(第39条)。インド特許庁に対してPCT国際出願を行う場合の外国出願許可の取り扱いに関する判決を紹介する(W.O.(C) 1631/2013)。
2.外国出願許可の概要
(1)インドに居住する者は、原則として外国出願許可を取得しなければインド国外で特許出願を行い、又はさせてはならない(第39条(1))。外国出願許可の規定に違反した場合、対応するインド特許出願は放棄されたものとみなされ、付与後の特許は第64条に基づいて取り消される。また、秘密保持命令又は外国出願許可の規定に違反した者は、禁固又は罰金に処される(第118条)。
ただし、インド国外における特許出願の6 週間以上前に、当該発明についてインドに特許出願が行われており、秘密保持命令(第35条)が発せられていない場合、外国出願許可の取得は不要である。
(2)最初の出願がPCT国際出願である場合
インドへ特許出願を行うこと無く、最初にPCT国際出願を行うことが可能である。PCT国際出願は、出願人の選択によって、出願人の住所がある締約国の国内官庁又は国際事務局に対して行うことができる(PCT規則19.1)。国際事務局を受理官庁としてPCT国際出願を行う場合は、事前に外国出願許可を得る必要がある(「特許庁の特許実務及び手続の手引(インド)[1]」、項目07.02.02)。しかし、インド特許庁を受理官庁としてPCT国際出願を行う場合は、PCT国際出願と共に様式25による外国出願許可の申請を行うこともできる(「特許庁の特許実務及び手続の手引(インド)」、項目07.02.02)。
3.事実関係
出願人は、外国出願許可申請書(様式25)と共にニューデリーのインド特許庁へPCT国際出願(以下、本件出願という)を行った。本件出願は当該発明に係る最初の出願であり、出願人の一人はインド居住者である。本件出願は2012年9月14日付けでインド特許庁に提出された。しかし、インド特許庁は本件出願について2012年9月14日の国際出願日及び国際出願番号を付与しなかった。
出願人は、本件出願に対して2012年9月14日の国際出願日及び国際出願番号を付与することを求め、インド高等裁判所に訴えを提起した。
4.争点
主な争点は次の通りである。
(ⅰ)PCT国際出願前の外国出願許可(第39条)が必要か否か。
(ⅱ)出願人によって2012年9月14日にインド特許庁へ提出された書類は、特許協力条約におけるPCT国際出願と言えるかどうか、また当該書類がPCT国際出願として扱われるのであれば、出願日はいつなのか。
5.裁判所の判断
(1)インド特許庁を受理官庁としたPCT国際出願はインド国外の出願であるか否か(a) 本件出願に係る発明の特許出願は2014年9月14日の6週間以前にインドで行われていない。出願人の一人はインド居住者である。従って、当該発明の特許出願をインド国外において行う前に外国出願許可を取得する必要がある。ここで問題になるのは2014年9月14日に提出された本件出願はインド国外における出願であるか否かである。出願人は、本件出願をインド特許庁に提出したため、当該出願はインド国外で行われた出願とは言えない旨を主張した。しかし、裁判所はその主張を認めなかった。
PCTの枠組みを考慮すると(PCT 11条~22条)、インド特許庁で受理されたPCT国際出願がインド国内における出願であるとの出願人の主張は受け入れ難い。PCTの枠組みにおいて、インド特許庁は国際出願を受理して出願日を付与し、原本又は写しを国際事務局及び国際調査機関へ送付する官庁として機能する。その後の全体的な処理手続きはインド国外で行われる。従って、第39条の規定はインド受理官庁に提出されたPCT国際出願にも適用される。外国出願許可が無ければ、かかるPCT国際出願はインド特許庁において処理されない。
インド特許庁によって採用されている実務は適正なものである。外国出願許可を既に取得し、またPCT国際出願の6週間以上前に当該発明をインドに出願していない限り、PCT国際出願には外国出願許可申請書(第39条)が必ず添付されていなければならない。
(b) 出願人は、第138条(4)[2]及び第35条によれば、インド特許庁に出願されたPCT国際出願はインド国外における出願として取り扱うことはできない旨を主張した。しかし、裁判所はその主張を認めなかった。
第7条(1A)及び(1B)と共に解釈される第138条(4)は、PCT国際出願が行われ、そのPCT国際出願における指定国の一つとしてインドが指定された状況を想定している。この規定はインド特許庁に行われたPCT国際出願がインド国内における出願か否かという問題と無関係である。
(c) 出願人は、インドに出願されたPCT国際出願は、第39条では無く第35条に基づく調査の対象である旨を主張した。しかし、裁判所はその主張を認めなかった。
第35条及び第39条は異なる場面で適用されるものである。第35条は、特許出願に係る発明が中央政府から国防目的に関連するものとして自己に通知された部類に属するものと長官が認めるケースを扱うものである。また第35条は、特許出願に係る発明が国防目的に関連するものであると認めるときは、中央政府はその旨を長官に通知し、当該発明に対して秘密保持命令に係る第35条(1)を適用させる権限を規定している。一方、第39条は、インド居住者によってインド国外で行われる特許出願に対してのみ適用されるものであり、インド国外における特許出願の6 週間以上前にインドにおいて特許出願がされていない場合、外国出願許可の取得が求められる。
(d) 出願人は、第39条の規定は、秘密保持命令に係る第35条、第36条及び第38条の観点で解釈されるべきであり、第39条の規定は、国防又は原子力関連発明に適用されるべき旨を主張した。しかし、裁判所はその主張を認めなかった。
第35条等はインド居住者に係る発明の情報が、国防上の調査を経ること無くインド国外へ流出しないことを保証するための規定である。しかし、第39条には国防等に関する条件は含まれていない。第39条の規定は明確であり、当該規定によれば、第39条の適用範囲は特定の種類の発明にのみ制限されるものでは無い。
(e) 本件出願は2012年9月14日に特許庁へ送付されたが、外国出願許可は2012年9月27日に付与された。インド特許庁に提出されたPCT国際出願はインド国外においける特許出願であり、外国出願許可は必須要件であるため、PCT国際出願に係る他の要件を満たしていたとしても、当該国際出願には、外国出願許可証が発行された日よりも早い出願日は付与されない。
(2)PCT国際出願の欠陥
次の問題は、出願人が2012年9月14日に外国出願申請の出願のみを行ったことになるのか、それとも外国出願申請と同時にPCT国際出願も行ったことになるのかである。
(a) 本件出願は、明細書、特許請求の範囲、出願人の氏名又は名称等を含み(PCT 11条(1)(ⅲ))、所定の言語で作成されている(PCT 11条(1)(ⅱ))。また、本件出願の出願人の一人はインド市民及び居住者であり、インドに国際出願を行う資格を有する(PCT 11条(1)(ⅰ))。
(b) インド特許庁によれば、本件出願は、当該出願をPCT国際出願として扱うことができない欠陥を有する。インド特許庁は当該欠陥として、明細書の写し、手数料の不払い等の5つの欠陥を挙げており、出願人が外国出願許可証を所有していない点もその欠陥の一つとして指摘されている。
裁判所の判断は次の通りである。PCT国際出願前の外国出願許可が必須であるところ、外国出願許可は2012年9月27日に付与されているため、特許協力条約が求めるその他の要件を満たせば、本件出願に2012年9月27日の日付が国際出願日として付与される。裁判所は、欠陥として指摘された明細書の写しの提出、手数料の支払い等を条件に、本件出願について2012年9月27日の日付を国際出願日として認め、国際出願番号を付与するよう長官に指示した[3]。
6.考察・実務上の留意点
(1)考察
本件出願はPCT国際出願として受理され、2012年9月27日の国際出願日が付与されたが、現実の提出日である2012年9月14日よりも13日後の日付が付与された。本件出願は特許協力条約が求める要件(PCT 11条(1))を満たしているため、受理官庁によって国際出願の受理の日が国際出願日として認められ得る出願であった。本件出願は欠陥を有していたが、補充によって国際出願日が繰り下がるようなものでは無かった(PCT 11条(2))。しかし、国際出願日は13日繰り下げられた。この国際出願日の繰り下げは、特許協力条約が取り扱う欠陥及び補充の問題では無く、インド特許法第39条の適用によって行われたものである。
一方、受理官庁であるインド特許庁は、国際出願の原本を速やかに国際事務局に送付しなければならないが、国の安全に関する規定によって送付することが妨げられている場合はこの限りでは無い(PCT規則19.4 (b))。つまり、PCT国際出願の受理日を国際出願日として付与しつつも、国防等の安全上の問題があれば、PCT国際出願の原本を国際事務局へ送付することを制限し、当該発明の情報がインド国外へ流出することを防止することが可能と思われる。
しかし、本件出願に関して、外国出願許可の付与前に行われたPCT国際出願の提出日が国際出願日とされることは無かった。PCT規則19.4 (b)に規定する「国の安全に関する規定」はインド特許法の第35条が扱う問題であり、第39条は別の問題を扱う規定と考えられる。
国防等と無関係な発明にも適用される第39条の趣旨、インド特許庁に提出されたPCT国際出願がインド国外における出願とする理由付け等、判然としない点も多いが、少なくとも本判決により、インド特許庁に行うPCT国際出願が第39条におけるインド国外の特許出願に該当する点が明らかになった。
(2)留意点
インド居住者に係る発明についてインド特許庁にPCT国際出願を行う場合、外国出願許可を取得する必要がある。当該PCT国際出願の6週間以上前にインドにおいて特許出願を行っている場合を除き、PCT国際出願前に外国出願許可を取得することが望ましい。 外国出願許可を取得していない状況で、PCT国際出願と同時に外国出願許可申請(様式25)を提出する実務が否定された訳では無いが、外国出願許可証の発行前の日付が国際出願日として付与されることは無い。国際出願日は、実際にPCT国際出願をインド特許庁に提出した日よりも21日程度(規則71(2))遅延する。
外国出願許可を取得せず、外国出願許可申請(様式25)も提出せずにPCT国際出願を行った場合、当該発明に対応するインド特許出願は放棄されたものとみなされるため、注意が必要である。インドにおいて特許が付与されても、当該特許は第64条に基づいて取り消される(第40条)。また、外国出願許可の規定(第39条)に違反して外国特許出願を行った者は2年以下の禁固若しくは罰金に処され、又は併科される(第118条)。
何らかの手続きミスで、外国出願許可申請及びPCT国際出願が同時に提出されなかったり、外国出願許可証の発行前の日付が国際出願日として付与されたりした場合、39条の規定に違反することになるおそれがあるため、事前に外国出願許可の申請を行い、外国出願許可を得てからPCT国際出願を行うことが望ましいと考えられる。
以上
[1] https://www.jetro.go.jp/world/asia/in/ip/pdf/201103_tokkyo_01.pdf
[2] 第138条(4) インドを指定して特許協力条約に基づいてされた国際出願は、場合により第7 条、第54条、及び第135 条に基づく特許出願の効力を有し、国際出願において提出の名称、明細書、クレーム及び要約並びに図面(ある場合)について、本法の適用上、これらを完全明細書と解する。
[3] 本件出願は、国際出願番号PCT/IN2012/000868及び国際出願日2012年9月27日が付与され、2014年4月3日に国際公開された(WO2014/049601)。
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