無断売買(金融商品取引法) - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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無断売買(金融商品取引法)

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相続

無断売買(金融商品取引法)

現行の金融商品取引法では、金融商品取引業者の無断売買を禁止している(金融商品取引法38条7号、金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項11号)。そもそも、私法の一般原則として、本人に無断でなされた法律行為は、本人に効果が帰属しない。また、金融商品取引業者は問屋であり、顧客との間に、委任・代理に関する規定が適用される(商法552条2項)ので、顧客の具体的注文のない無断売買は無効である。

また、信用取引において、金融商品取引業者等またはその役員等は、顧客の信用取引を、自己の計算においてする買付け・売付け(取引一任契約の場合も含む)と対当させ、かつ、金銭・有価証券の受け渡しを伴わない方法により成立させた場合において、当該買付け・売付けに係る未決済の勘定を決済するため、これと対当する売付け・買付けをすることが禁止されている(金融商品取引法38条7号、金融商品取引業等に関する内閣府令117条1項24号)。

最高裁判所第2小法廷判決平成4年2月28日、損害賠償請求事件

裁判集民事164号113頁、判例タイムズ783号78頁、金融商品取引法判例百選45事件

【判決要旨】 証券会社の従業員が顧客の信用取引口座を利用して無断売買をし、その結果生じた差損などに相当する金員をその顧客の信用取引口座から引き落とす処理がされたとしても、顧客には無断売買の効果が帰属しないから、差損金相当の損害が生じたものということはできない。

【参照条文】 旧・証券取引法49条、商法552条、民法644条、民法415条

 一 本判決は、信用取引の顧客である投資家Xが、Y証券会社の従業員の無断売買によって生じた差損等に相当する金員をXの信用取引口座から引き落とし処理されたとして、Yに対して右引き落とし処理にかかる金員と同額の損害賠償を請求する事案につき、証券会社の従業員が顧客の信用取引口座を利用して無断売買をした結果生じた売買差損などに相当する金員が右信用取引口座から本件引き落とし処理されても、その効果は顧客に帰属せず、右処理は顧客が証券会社に対して有する委託証拠金や売買差益金などの返還請求権に何らの消長を及ぼすものではないから、顧客に右金員相当の損害が生じたものということはできないとして、これと同旨の原審の判決を正当として是認したものである。

 二 Xは、昭和59年2月8日に信用取引口座を設けた以後、Y証券会社との間で、右信用取引口座を通じ、同60年2月ころまで、かなり頻繁に有価証券の信用取引を継続した。

Xは、Yとの間でした多数回の取引のうち本件で問題とされた14回の取引に限っては、Yの従業員Aが「Xからの注文を受けずにXの名義及び計算においてXの信用取引口座を利用して債券や株式等の無断売買を行ったもので、その結果生じた手数料、利息及び売買差損など(以下「売買差損など」という。)に相当する金員をYがXの右信用取引口座から引き落とし処理(以下「本件引き落とし処理」という。)し、Xに右金員相当の損害を被らせたと主張し、Yに対して、損害賠償を求めて、本訴を提起した。

Xは、Yの責任原因として、(1)Yは取次業務の受託者として信用取引口座を設けたXの指図に忠実に従う義務があるのに、Yの履行補助者Aは右義務に違反する無断売買をしたので、Yには債務不履行責任がある、(2)Yの従業員のAがYの事業の執行に付いてXに加えた損害につき、Yには使用者責任がある、(3)Xは本件引き落とし処理にかかる金員相当の損害を被ったのに対し、Yは右金員相当の負担を免れて同額の利得を得たので、Yには不当利得返還の責任があるなどと主張した。

 Yは、(1)本件各取引は、Xの代理人である妻の委託や承認を受けたもの、及び、Xの決済がないために東京証券取引所の受託契約準則に基づき強制手仕舞したものなどであり、全て適法になされた、(2)仮にそうでないとしても、Xは、本件各取引の数日後に送付された売買報告書や毎月2回に分けて送付された月次報告書に対する回答書によって、本件各取引を事後に追認した、(3)また、仮に無断売買により信用取引口座から売買差損などの引き落とし処理がされたものであるとしても、その法律効果はXに帰属しないから、右引き落とし処理は、XのYに対する正当な寄託物(清算金)返還請求権に何ら影響を与えるものではない旨主張した。

 第1審は、信用取引口座の設定契約がなされた以後は、右口座をXの注文による取引の決済にのみ用いるべき義務を負うので、従業員の無断売買によって右口座において損害が生じたときは、Yは、右契約上の義務の不履行に基づき、その損害を賠償する責任を負うとした上、問題とされた本件各取引のうち追認もされていない無断売買による損害額から既に填補された額を控除した残額の限度でXの請求を認容した。右判決に対してXから控訴。

 控訴審は、無断売買の効果はXに帰属しないから、信用取引口座において計算上差損を生じたり、信用取引口座に手数料などが計上されても、それはXに全く関係のないものであって、それがXの損害となるものではないから、本来Xの本訴請求は主張自体失当として全部棄却すべきものではあるが、Yからの附帯控訴がないため不利益変更禁止の原則に照らし、Xの控訴を棄却するにとどめた。

 Xが上告し、Yの従業員のAがXの資金を使用して無断売買の決裁をしているのでXは現実に損害を被っていると主張して、Xに損害はないとした二審の判断を争った。

本判決は、Xに本件引き落とし処理にかかる金員相当の損害が生じたものということはできないとして、これと同旨の二審の判断を正当として是認した。

 三 信用取引とは、証券会社が顧客に信用を供与して行う有価証券の売買その他の取引、すなわち、顧客から保証金の預託を受けて、有価証券を買い付けようとする者にはその買付資金を、また、有価証券を売却しようとする者にはその売付有価証券を貸し付けて行う売買又は売買の取次等をいう(証券取引法49条)。

そして、顧客が信用取引を行うには、予め証券会社に信用取引口座の設定を申し込み承認を得た上で、信用取引口座設定約諾書を差し入れなければならない(東京証券取引所受託契約準則12条)。

この手続が済むと、以後の后用取引における買付、売付及び損益金などの処理は、すべて証券会社に設けられている信用取引口座の中で行われる。

なお、信用取引の決済の方法としては、

(a)顧客が現金又は株券を調達してこれを返済に充て、担保として預託してある株券又は金銭の返還を受ける方法(現引き、現渡し)と、

(b)借り入れた金銭又は株券自体を返済しないで、反対売買により決済する方法(買付のときは、証券会社に担保として預託してある株券を他に売付けてその売付代金と借入金とを相殺して決済し、売付のときは、担保として預託してある代金をもって同銘柄の株式を他から買付けてそれを証券会社に返済する)とがある。

また、右のような信用取引において顧客が証券会社に預託する委託証拠金の法的性質は、敷金と同性質のものであり、停止条件付返還債務を伴う金銭所有権の移転であると解されている(鈴木竹雄=河本一郎『証券取引法〔新版〕』506頁、神崎克郎「証券売買委託者の法的地位(三)」神戸法学雑誌14巻2号326頁。)。したがって、委託証拠金の交付を受けた証券会社は、その所有権を取得するとともに、顧客の債務が弁済されたときは全額を返済しなければならないが、顧客に債務不履行があれば、証券会社はその金額を控除した差額についてのみ返還債務を負うという関係にある。

また、証券会社は、他人の委託に基づく有価証券の売買取引を業とする者であるから、その業務は「自己ノ名ヲ以テ他人ノ為メニ物品ノ販売又ハ買入ヲ為スヲ業トスル者」として、商法上の問屋営業に該当し(商法551条)、顧客との関係については委任及び代理の規定が準用される(商法552条2項、民法644条)。

したがって、証券会社は、顧客が信用取引口座を設けて信用取引口座約諾書を交付したからといって、直ちに問屋としての忠実義務を負うものではなく、具体的な注文を待ってはじめて受任者としての善良なる注意義務(民法644条)を負うに至るものである。

それゆえ、証券会社は、売買取引について顧客からの個別的委託がなければ、売買の結果を顧客の計算に帰せしめることはできない。

したがって、無断売買の効果は顧客に帰属しないから、無断売買をした外務員によって無断売買の差損などに相当する金員が顧客の信用取引口座から引き落とし処理されたとしても、顧客は右処理を自己に関係のないものとして否認し、無断売買がなかったことを前提として、証券会社に預託している委託証拠金や正常な取引によって生じている売買差益金等の金員の返還請求をすることができるものと解される。

無断売買の相手方に対しては、自己の名で売買取引をした証券会社自身が、売主又は買主としての責任を履行すべき義務を負うものであって、顧客は無断売買に基づく何らの権利義務も負担するものではない。

 四 なお、最3小判昭49・10・15金法744号30頁は、証券取引所の取引員である株式会社丙が、委託者甲の依頼に基づいて正当に買付をして買建玉を取得した後に、委託者から承諾があった旨の外務員乙の虚偽の報告に基づき、委託者の依頼なくして無断で右買建玉を売付けた事案につき、「(一)委託者甲は、取引員乙との関係で、売付にかかる取引の計算が自己に帰属することを否認することができるが、取引員乙がその名においてした反対売買の取引自体は無効とならないこと、(二)それゆえ、委託者甲は、取引員丙が委託者甲の指図に基づく買建玉の売却に応ずることのない限り、指図による右買建玉の反対売買により得べかりし利益を喪失したことになり、これと同額の損害を被ることがあり得ること、(三)したがって、右反対売買が外務員乙の虚偽の報告に因り行われたときは、右損害は、右外務員乙の不法行為により生じたものとして同人に対してその損害賠償を請求することができる」旨判示したものである。

すなわち、右判例は、無断売買により取引口座から差損などの引き落とし処理がされたこと自体を損害としてその賠償を請求するような事例ではなく、被告たる外務員の虚偽の報告により、正当に取得していた買建玉の無断売却をされた結果、これを適時に売却して得べかりし利益を喪失したことによる逸失利益の損害賠償を、右外務員に対して請求する事例であって、本件の場合とは請求内容や相手方が異なるので、右判例の結論は右事案の処理としては正当であると解されるが、本件には適切ではないものというべきであろう。

 五 本判決は、証券会社の従業員の無断売買によって生じた差損などが顧客の信用取引口座から引き落とす処理がされても、顧客には損害が発生しないことを明らかにしたものである。

本判決と前掲昭和49年最高裁判決と合わせて考えると、具体的な事案に応じて、顧客は有利な法的構成によることができるようにも思われる。