建設業従事者は労災保険法の労働者に該当するか - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
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建設業従事者は労災保険法の労働者に該当するか

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建設業従事者は労災保険法の労働者に該当するか

最高裁判決平成9年1月23日、葬祭料不支給決定処分取消請求事件
訟務月報44巻8号1253頁、最高裁判所裁判集民事181号25頁、判例タイムズ931号137頁

【判示事項】 複数の事業を行っていた事業主が旧・労働者災害補償保険法28条に基づく特別加入の承認を受けていたとしても右事業農地のうちのある業務に起因する死亡に関しては同法に基づく保険給付を受けることはできないとされた事例

【判決要旨】 土木工事及び重機の賃貸を業として行っていた事業主が、労働者災害補償保険法28条に基づく特別加入の承認を受けていたとしても、その使用する労働者を右事業主が請け負った土木工事にのみ従事させており、重機の転貸については労働者を使用していなかった場合は、右重機の賃貸業務に起因する死亡に関し、同法に基づく保険給付を受けることはできない。

【参照条文】 旧・労働者災害補償保険法27条
       旧・労働者災害補償保険法28条

労働者災害補償保険法 第四章の二 特別加入
第三十三条  次の各号に掲げる者(第二号、第四号及び第五号に掲げる者にあっては、労働者である者を除く。)の業務災害及び通勤災害に関しては、この章に定めるところによる。
一  厚生労働省令で定める数以下の労働者を使用する事業(厚生労働省令で定める事業を除く。第七号において「特定事業」という。)の事業主で徴収法第三十三条第三項 の労働保険事務組合(以下「労働保険事務組合」という。)に同条第一項 の労働保険事務の処理を委託するものである者(事業主が法人その他の団体であるときは、代表者)
二  前号の事業主が行う事業に従事する者
三  厚生労働省令で定める種類の事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者
四  前号の者が行う事業に従事する者
五  厚生労働省令で定める種類の作業に従事する者
六  この法律の施行地外の地域のうち開発途上にある地域に対する技術協力の実施の事業(事業の期間が予定される事業を除く。)を行う団体が、当該団体の業務の実施のため、当該開発途上にある地域(業務災害及び通勤災害に関する保護制度の状況その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める国の地域を除く。)において行われる事業に従事させるために派遣する者
七  この法律の施行地内において事業(事業の期間が予定される事業を除く。)を行う事業主が、この法律の施行地外の地域(業務災害及び通勤災害に関する保護制度の状況その他の事情を考慮して厚生労働省令で定める国の地域を除く。)において行われる事業に従事させるために派遣する者(当該事業が特定事業に該当しないときは、当該事業に使用される労働者として派遣する者に限る。)

第三十四条1項  前条第一号の事業主が、同号及び同条第二号に掲げる者を包括して当該事業について成立する保険関係に基づきこの保険による業務災害及び通勤災害に関する保険給付を受けることができる者とすることにつき申請をし、政府の承認があったときは、第三章第一節から第三節まで及び第三章の二の規定の適用については、次に定めるところによる。
一  前条第一号及び第二号に掲げる者は、当該事業に使用される労働者とみなす。
二  前条第一号又は第二号に掲げる者が業務上負傷し、若しくは疾病にかかったとき、その負傷若しくは疾病についての療養のため当該事業に従事することができないとき、その負傷若しくは疾病が治った場合において身体に障害が存するとき、又は業務上死亡したときは、労働基準法第七十五条 から第七十七条 まで、第七十九条及び第八十条に規定する災害補償の事由が生じたものとみなす。
三  前条第一号及び第二号に掲げる者の給付基礎日額は、当該事業に使用される労働者の賃金の額その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定める額とする。
四  前条第一号又は第二号に掲げる者の事故が徴収法第十条第二項第二号 の第一種特別加入保険料が滞納されている期間中に生じたものであるときは、政府は、当該事故に係る保険給付の全部又は一部を行わないことができる。これらの者の業務災害の原因である事故が前条第一号の事業主の故意又は重大な過失によって生じたものであるときも、同様とする。
○2  前条第一号の事業主は、前項の承認があった後においても、政府の承認を受けて、同号及び同条第二号に掲げる者を包括して保険給付を受けることができる者としないこととすることができる。


一 本件の被災者であるAは、土木工事及び重機の賃貸を業として行っていた事業主であるが、労働者災害補償保険法27条1号所定の中小事業主に該当するとして、労働者災害補償保険法28条に基づき、特別加入の申請をし、政府の承認を受けていた。
なお、Aは、右申請に際し、「特別加入の申請に係る事業」を「土木作業経営全般」と記載した加入申請書を提出していた。
Aは、その使用する労働者をAが下請として請け負った土木工事にのみ従事させ、重機の賃貸については、労働者を使用することなく行っていたところ、重機の運搬作業中の事故により死亡したため、Aの遺族であるXが、労働者災害補償保険法17条所定の葬祭料の支給を請求した。
これに対し、Yは、重機の賃貸業務はAの特別加入に係る労災保険による保護対象業務に含まれないとして不支給の決定をしたため、Xがその取消しを求めて本件訴えを提起した。
 二 労災保険は、労働者の労働災害に対する保護を目的とするものである。
したがって、労働者以外の者(中小事業主、自営業者、家族従事者等)の労働災害については、本来的には労災保険の関与しないところであり、我が国の社会保険の体系の中ではむしろ国民健康保険、国民年金による保護が予定されている。
しかし、これらの者の中には、一部ではあるが、業務の実態、災害の発生状況などからみて、労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしい者が存在することは否定できない。
そこで、このような者について、労災保険の建前及び保険技術的にみて可能な範囲内で、労災保険への加入を認め保護を図ることとしたのが、特別加入制度である。
このうち、中小事業主の特別加入は、当該中小事業主が使用する労働者に関し成立している保険関係を前提とし、この保険関係に中小事業主を保険関係上労働者とみなすことにより組み込むことによって行われるものである(当時の労働者災害補償保険法28条。現行法は34条)。
すなわち、中小事業主の使用する労働者に関し成立している保険関係を前提とし、中小事業主がその使用する労働者と同様の又はこれに準じた業務に従事する限りにおいて、右保険関係に基づく保険給付を受けることができるようにするのが特別加入の制度である。
 三 これを本件事実関係に即して説明するならば、Aが使用する労働者は、専ら、Aが下請として請け負った土木工事に従事していたというのであるから、右労働者については、Aの下請負に係る工事が属する建設の事業の元請負人を保険加入者(数次の請負による建設の事業については、保険技術上、元請負人のみを事業主として保険関係を成立させるものとされている。 労働保険の保険料の徴収に関する法律8条1項参照)、政府を保険者、右労働者を被保険者とする保険関係が成立しているだけであって、Aが労働者を使用することなく行っていた重機の賃貸業に関しては、Aの特別加入の前提となる保険関係が成立していないといわざるを得ない。
したがって、Aは、労働者災害補償保険法28条所定の手続を執ることによって、建設の事業の元請負人を保険加入者、政府を保険者、労働者を被保険者とする保険関係上、労働者とみなされてこれに組み込まれることができるだけであって(右保険関係に基づいて、建設の事業とは関係のない重機の賃貸業務に起因する死亡等に関し保険給付を受けることができない。)、特別加入の前提となる保険関係が成立していない重機の賃貸事業に関しては、特別加入をする余地がないのである。
換言すれば、重機の賃貸業務は、Aがその使用する労働者と同様に又はこれに準じて従事している業務ではないため、特別加入の制度による保護対象にはなり得ない。
 四 本判決は、以上のことを説示したものであり、必ずしも、右制度の仕組みが十分に理解されているとはいえない状況にかんがみ、特別加入の制度の仕組みを最高裁が確認した点にその意義があるものと思われる。
特別加入の制度は、前述したように、労災保険の建前及び保険技術的にみて可能な範囲内で、労働者と同様の又はこれに準じた業務に従事する中小事業主等を労働者とみなして保険給付を受け得るようにする制度であるため、保険給付の対象となり得る業務の範囲に制度上の限界があることは否定し難いところである。
しかし、実際には、特別加入の承認を受けた中小事業主等がそのようなことを十分に認識しておらず、このため、特別加入の承認さえ受けておれば、自分の従事する業務に起因する傷害、死亡等に関しては、保険給付が受けられるものと考えていたところ、事故が発生してから、当該事故は保護対象外の業務に起因するとして保険給付がされないという本件のような事例も少なからず存在するのではないかと推測される。
特別加入の制度が、右のような制度的限界を有するものであることを周知した上で、特別加入の制度の適切な運用が図られることが望まれよう。


最高裁判決平成19年6月28日、労働者災害補償保険給付不支給処分取消請求事件
訟務月報54巻9号2054頁、最高裁裁判集民事224号701頁、判タイムズ1250号73頁

【判決示事項】 作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例

【判決要旨】 作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事する形態で稼働していた大工が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例

【参照条文】 労働基準法(平成成10法112号改正前)9条
       労働者災害補償保険法(平成成12法124号改正前)7条1項

 1 本件は,大工であるXが,マンションの内装工事に従事していた際に,丸のこぎりの刃に右手指が触れ,右手中指,環指及び小指切断の傷害を負うという災害(以下「本件災害」という。)に遭ったことにつき,業務に起因するものであるとして,労働基準監督署長Yに対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき療養補償給付及び休業補償給付の申請をしたところ,Yから,労災保険法上の労働者でないという理由により不支給処分を受けたため,その取消しを求めた事案である。
 Xは,作業場を持たずに1人で工務店の大工仕事に従事するという形態で稼働していた大工であり,本件災害の当時,大手工務店等の受注したマンションの建設工事について特定の会社が請け負っていた内装工事に従事しており,同社以外の仕事はしていなかった。
 第1審判決(判タ1179号240頁,労判876号41頁),控訴審判決(公刊物未登載)とも,労災保険法にいう労働者の概念は労働基準法のそれと同義であるとした上で,Xは労働基準法及び労災保険法上の労働者に該当せず,前記不支給処分に違法はないとして,Xの請求を棄却すベきものとした。
 本判決は,第1審判決及び控訴審判決と同様に,Xが労働基準法及び労災保険法上の労働者に該当しないとして,Xの上告を棄却したものである。
 2 労災保険法における「労働者」の意義は,労働基準法における「労働者」と同義であるとされるところ(菅野和夫『労働法〔第7版補正2版〕』332頁等。最高裁一小判決平成8.11.28裁判集民事180号857頁,判タ927号85頁)、本判決等もこのことを前提とするものと解される。
労働者災害補償保険法9条は,同法にいう労働者について,職業の種類を問わず,同法8条の事業又は事務所に使用される者で,賃金を支払われる者をいうものと定めている。そして,同法にいう労働者に該当するというためには,「指揮監督下の労働」という労務提供の形態と,「賃金の支払」という報酬の労務に対する対償性によって判断すべきものと解されており,これらの二つの基準は,「使用従属性」とも呼ばれている。
労働者性の有無に関する判決(傭車運転手の労働者性を否定した前掲最高裁一小判決平成8.11.28等)も,上記のような解釈を前提としているものと解される。
 この使用従属性の有無については,これまでの裁判等における判断基準を整理し,分析したものとして,労働大臣の私的諮問機関である労働基準法研究会(第一部会)の昭和和60年12月19日付け報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(労判465号70頁参照。以下「労基研報告」という。)があり,判断の参考になるものと思われる。労基研報告は,労働者性の判断基準について,
(1)「使用従属性」に関する判断基準と,
(2)「労働者性」の判断を補強する要素
とに大別し,
(1) の「使用従属性」に関する判断基準として,
① 指揮監督下の労働」に関する判断基準(具体的には,仕事の依頼,業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無,業務遂行上の指揮監督の有無,拘束性の有無が挙げられ,このほか,指揮監督関係の判断を補強する要素として,代替性の有無が挙げられている。),
② 報酬の労務対償性に関する判断基準を挙げており,また,
(2) の「労働者性」の判断を補強する要素として,
事業者性の有無(具体的には,機械,器具の負担関係,報酬の額等),
専属性の程度等を挙げている。
 ところで,建設業等においては,1人又は数人単位の下請業者が特定企業と専属下請関係をもって実際上はその従業員と同様の役割を演ずることがあり,その労働者性が問題となることがある(菅野・前掲85頁)。
建設業等に従事する者の労働者性を肯定した裁判として,東京地判決平成6.2.25労判656号84頁等があり,
建設業等従事者の労働者性を否定した裁判として,大阪地判決昭和49.9.6訟月20巻12号84頁,高松地判決昭和57.1.21労判381号45頁,横浜地判決平成7.7.20労判698号73頁,浦和地判決平成10.3.30訟月45巻3号503頁,東京地判決平成16.7.15労判880号100頁等がある。
この点に関しては,平成成8年3月に発表された,労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会報告「建設業手間請け従事者及び芸能関係者に関する労働基準法の『労働者』の判断基準について」(労旬1381号56頁参照。以下「専門部会報告」という。)が,労働者性の問題となる事例が多く見られる建設業手間請け従事者(「手間請け」とは,工事の種類,坪単価,工事面積等により総労働量及び総報酬額の予定額が決められ,労務提供者に対して,労務提供の対価として,労務提供の実績に応じた割合で報酬を支払うという建設業における労務提供方式をいうものとされる。)等につき,労基研報告による労働者性の判断基準をより具体化した判断基準の在り方について検討しており,参考になるものと思われる。
近時の裁判には,専門部会報告の判断基準を踏まえて大工の労働者性の有無を判断したものもあり(前掲浦和地判決平成10.3.30),本件の第1審判決,原判決も,Xの労働者性について,労基研報告及び専門部会報告の判断枠組みを基本にした判断をしている。
 3 本判決は,
① 仕事の内容について,仕上がりの画一性,均質性が求められることから,当該内装工事を請負っていた特定の会社から寸法,仕様等についてある程度細かな指示を受けていたものの,具体的な工法や作業手順の指定を受けることはなく,自分の判断でこれらを選択することができたこと,
② Xは所定の作業時間に従って作業することを求められていたものの,事前に現場監督に連絡すれば,工期に遅れない限り,仕事を休んだり,所定の時刻より後に作業を開始したり所定の時刻前に作業を切り上げたりすることも自由であったこと,
③ Xは,本件災害当時,同社以外の仕事をしていなかったが,他の工務店等の仕事をすることを禁じられていたわけではなかったこと,
④ Xと同社との報酬の取決めは,完全な出来高払の方式が中心とされ,その方式による場合,Xら内装大工は,同社から提示された報酬の単価につき協議し,その額に同意した者が工事に従事することとなっていたこと,
⑤ Xは,一般的に必要な大工道具一式を自ら所有し,これらを現場に持ち込んで使用していたこと
等の事実関係を摘示した上で,これらの事実関係の下において,Xは労働基準法及び労災保険法上の労働者に当たらないと判断している。
本判決による上記判断は,労基研報告や専門部会報告の指摘するところを踏まえつつ,本件における具体的な事情を総合考慮して,これまで問題となることの多かった建設業に従事する者の労働者性に関して判断したものであり,事例判断ではあるが,具体的な判断要素の摘示とこれに対する検討を通じて同種事案に関する判断の在り方を示したものとして,Xの労働者性を検討し,労働者性を否定したものということができると思われる。
 4 なお,大工,左官等の建設業に従事する者については,本件のように労働者性が認められない場合であっても,いわゆる一人親方等を対象とする特別加入制度(労災保険法33条以下)によって,自ら労災保険料を納付して労災保険に任意に加入する制度が設けられている。


最高裁判決平成24年2月24日、労働災害補償金不支給決定処分取消請求事件
民集66巻3号1185頁、判例タイムズ1376号130頁

【判示事項】 建設の事業を行う事業主がその使用する労働者を個々の建設等の現場における事業にのみ従事させ,本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていない場合における,上記営業等の事業に係る労働者災害補償保険の特別加入の承認及び保険給付の可否

【判決要旨】 建設の事業を行う事業主が,その使用する労働者を個々の建設等の現場における事業にのみ従事させ,本店等の事務所を拠点とする営業等の事業に従事させていないときは,上記営業等の事業について,当該事業主が労働者災害補償保険法(平成12年法律第124号による改正前のもの)28条1項に基づく特別加入の承認を受けることはできず,上記営業等の事業に係る業務に起因する事業主又はその代表者の死亡等に関し,その遺族等が同法に基づく保険給付を受けることはできない。

【参照条文】 労働者災害補償保険法(平12法124号改正前)27条
       労働者災害補償保険法(平12法124号改正前)28条1項
       労働者災害補償保険法3条1項
       労働保険の保険料の徴収等に関する法律3条
       労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則6条2項


労働保険の保険料の徴収等に関する法律
(保険関係の成立)
第3条  労災保険法第三条第一項 の適用事業の事業主については、その事業が開始された日に、その事業につき労災保険に係る労働保険の保険関係(以下「保険関係」という。)が成立する。

労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則
(有期事業の一括)
第6条2項  法第七条第五号 の厚生労働省令で定める要件は、次のとおりとする。
一  それぞれの事業が、労災保険に係る保険関係が成立している事業のうち、土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体若しくはその準備の事業(以下「建設の事業」という。)であり、又は立木の伐採の事業であること。
二  それぞれの事業が、事業の種類(別表第一に掲げる事業の種類をいう。以下同じ。)を同じくすること。
三  それぞれの事業に係る労働保険料の納付の事務が一の事務所で取り扱われること。
四  厚生労働大臣が指定する種類の事業以外の事業にあっては、それぞれの事業が、前号の事務所の所在地を管轄する都道府県労働局の管轄区域又はこれと隣接する都道府県労働局の管轄区域(厚生労働大臣が指定する都道府県労働局の管轄区域を含む。)内で行われること。


 1 本件は,中小事業主の特別加入の制度により労働者災害補償保険(労災保険)に特別加入していた建築請負会社(A社)の代表者Bが,営業活動の一環として建築見込現場の下見に赴く途中で事故に遭って死亡し,その妻であるXが,労働者災害補償保険法(労働者災害補償保険法)に基づく遺族補償給付等の支給を請求したところ,労働基準監督署長から,上記の下見行為(本件下見行為)は特別加入者として承認された業務の範囲外であったとして,遺族補償給付等を支給しない旨の処分(本件各処分)を受けたため,その取消しを求めた事案である。
 労働者災害補償保険法34条1項(本件当時は28条1項)は,厚生労働省令で定める人数以下の労働者を使用する事業の事業主で労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託する者(中小事業主)が,中小事業主(事業主が法人その他の団体であるときは,その代表者)及び中小事業主が行う事業に従事する者(労働者である者を除く。)を包括して当該事業について成立する労災保険の保険関係(以下単に「保険関係」という。)に基づき保険給付を受けることができる者とすることにつき申請をし,政府の承認があったときは,これらの者を当該事業に使用される労働者とみなし,かつ,これらの者が業務上負傷し,若しくは疾病にかかり,又は業務上死亡したとき等には労働基準法に規定する災害補償の事由が生じたものとみなして,労働者災害補償保険法の保険給付に関する規定を適用する旨を定めている。これが,中小事業主の特別加入の制度である。
 2 第1審判決(広島地判平成21.4.30労政時報3754号142頁)は,本件の争点を,Bの死亡が「業務上死亡したとき」に当たるか否かであるとした上で,本件下見行為は,事業主が事業経営の主体として独立して行う経営の意思決定に関わるような業務ではなく,労働者が使用者の指揮監督の下で賃金の対価として行い得る業務であり,事業主が担当しなくとも労働者により十分に代替できる業務であるから,Bの死亡は,労働者が行う業務に準じた業務の遂行中に生じたものとして「業務上死亡したとき」に当たり,本件各処分は違法であるとして,Xの請求を認容すべきものとした。
 これに対し,控訴審判決(広島高判平成22.3.19〔公刊物未登載〕)は,A社においては,本件下見行為のような営業活動の一環としての下見行為は従業員の業務とされておらず,代表者であるBの業務とされており,本件下見行為を労働者が行う業務に準じたものということはできないから,Bの死亡は「業務上死亡したとき」に当たらず,本件各処分は適法であるとして,Xの請求を棄却すベきものとした。
4 本件最高裁判決
 最高裁判決は,本件は業務上・業務外の認定の問題ではなく,保険関係の成否の問題であるとの見地から,判決要旨のとおり判示し,A社においてその使用する労働者を従事させていなかった営業等の事業については特別加入の前提となる保険関係がそもそも成立していないから,Xに遺族補償給付等を支給しない旨の本件各処分を適法とした原審の判断は,結論において是認することができるとして,Xの上告を棄却した。
 5 本件最高裁判決の理由付け
労働者災害補償保険法3条1項及び労働保険の保険料の徴収等に関する法律(労働保険の保険料の徴収等に関する法律)3条によれば,中小事業主が営む事業についても,労働者を使用する事業(適用事業)であることを前提に,その事業の開始日にその事業について保険関係が強制的に成立するのであるが,労働者でない事業主は,当該保険関係に基づく保険給付を受けることができないのが原則である。
そもそも労働者災害補償保険法は、労働基準法の労災補償の条文の部分が独立して立法された経緯がある。
そのため、労働者災害補償保険法第3条1項では「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。」と規定している。
労働者災害補償保険法の「労働者」は、労働基準法の労働者と同義と解されている。
労働基準法第9条で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
ただし、上記の労災保険の特別加入制度は「労働者」ではなく、事業主が対象である。
労働基準法9条では、「事業」とは「事業または事務所」と規定されているから、労働者災害補償保険法の「事業」も同義と解される。
この場合に,事業主を当該事業に使用される労働者とみなして上記保険関係に組み込むことにより,当該事業主が上記保険関係に基づく保険給付を受け得るようにするのが,中小事業主の特別加入の制度である。
 したがって,特別加入者である中小事業主の被った災害に対する労災保険給付の支給の可否を判断するに当たっては,まずもって,当該事業主が,特別加入により,どの事業について成立する保険関係に組み込まれたのかを確定しなければならない(本判決が引用する最高裁判決平成9.1.23裁判集民事181号25頁,判タ931号137頁参照)。
  労働者災害補償保険法において「事業」とは,企業を指すものではなく,工場,鉱山,事務所のように経営組織として独立性をもった最小単位の経営体をいい,主として場所的な独立性の有無を基準として,一定の場所において一定の組織の下に有機的に相関連して行われる作業の一体と認めることができれば,これを「事業」として扱うこととされている(昭22.9.11基発36号,昭62.2.13発労徴6号・基発59号,厚生労働省労働基準局労災補償部労災管理課編『七訂新版労働者災害補償保険法』114頁等参照)。
本判決も,最高裁として上記と同様の法解釈を採ることを明らかにしている。
 これを「建設の事業」,すなわち,土木,建築その他の工作物の建設,改造,保存,修理,変更,破壊若しくは解体又はその準備の事業(労働者災害補償保険法施行規則46条の17第2号,労働保険の保険料の徴収等に関する法律施行規則6条2項1号)についてみると,建設の事業は,これを場所的に独立した一定の組織の下に相関連して行われる作業の単位ごとに区分した場合,「個々の建設等の現場における建築工事等の業務活動」と「本店等の事務所を拠点とする営業,経営管理その他の業務活動」とに区分されるものと考えられる。また,事業の性質上事業の期間が一般的には予定し得ない「継続事業」と一定の目的を達するまでの間に限り活動を行う「有期事業」との区分(労働保険の保険料の徴収等に関する法律7条,9条,前掲昭62.2.13発労徴6号・基発59号等参照)という観点からしても,上記の各業務活動のうち前者は有期事業,後者は継続事業としての性質を有するものということができる。したがって,建設の事業を行う事業主については,上記の各業務活動がそれぞれ別個の「事業」であって,それぞれその業務の中に労働者を使用するものがあることを前提に(つまり適用事業であることを前提に),各別に保険関係が成立するものと解される。
 そうすると,建設の事業を行う事業主が,その使用する労働者を前者の「事業」にのみ従事させ,後者の「事業」に従事させていないときは,後者の「事業」につき保険関係の成立する余地はないから,後者の「事業」について,当該事業主が労災保険の特別加入の承認を受けることはできず,後者の「事業」に係る業務に起因する事業主又はその代表者の死亡等に関し,その遺族等が労災保険給付を受けることはできないものといわざるを得ない。これが,本判決の要旨とするところである。
 6 A社では,その使用する労働者を,個々の建築の現場における事業にのみ従事させ,本店を拠点とする営業等の事業には従事させていなかったことから,保険関係が成立する現場の事業についてのみ特別加入の承認を受けていたとみるのが正当であった。
ところが,第1審及び原審は,この点を看過し,保険関係の成立していない営業等の事業についても保険関係が成立し,かつ特別加入の承認があったとの前提に立った上で,本件下見行為中に発生したBの死亡が遺族補償給付等の支給要件である「業務上死亡したとき」の要件を充足するものであるか否かを本件の争点と捉えてしまった。
本判決は,第1審及び原審のこの前提の誤りを指摘し,Xの請求は保険関係不成立の観点から棄却すべきである旨の理由を付して,Xの上告を棄却したものである。
 7 労災保険の特別加入制度の趣旨は,その業務の実情,災害の発生状況等に照らし実質的に労働基準法の適用労働者に準じて保護するにふさわしい者に対して労災保険を適用しようとするものであるから,特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲は,労働者の行う業務に準じた業務の範囲に限られるのであり,中小事業主がその立場において行う本来の業務等はこれに含まれないものと解されている(昭50.11.14基発671号等参照)。
 Bの死亡の業務上外の認定に関する第1審及び原審の考え方は,このような一般的な理解を前提としたものであり,その概要はそれぞれ前記のとおりであるが,この点については,個別事業所ごとの内部的な業務分担の定めないし実態に依拠する原審のような考え方ではなく,労災保険の公平な適用の要請を踏まえた客観的・類型的な見地からする第1審のような考え方の方が正当ではないかと思われる。したがって,仮にA社の使用する労働者が本店を拠点とする営業等の事業にも従事しており,当該事業についても保険関係が成立していたとすれば,本件の特別加入の承認に係る業務内容が「建築工事施工(8:00~17:00)」というややあいまいなものであったことから,営業等の事業に係る業務も上記承認の対象とされた業務の中に含まれるとの解釈も成り立つ余地があり,Xの請求は認容されていた可能性があると考えられる。
 結局,本件の事案は,「A社ではその使用する労働者を本店を拠点とする営業等の事業に従事させていなかった」という原審の事実認定(その認定事実自体は適法に確定されたものである。)が,訴訟の勝敗を決する最も重要なポイントであったということができる。
しかしながら,本件のA社のような規模の小さい事業主においては,その使用する労働者の業務の範囲が現場の作業のみに限定されているということはむしろ稀で,一般的には,現場の作業のほか営業や経理等の業務の一部にも携わっているというのが通常の業態ではないかと考えられることから,政府による特別加入の承認の手続に際してはこの点についての十分な事実確認を行い,不支給決定の取消訴訟等の審理に際しては慎重な事実認定とこれに基づく特別加入の承認の趣旨の柔軟な解釈等を通じて,事案に応じた適切な救済を図ることが望ましいものといえよう。
 8 中小事業主の特別加入の前提となる保険関係が労働者を使用する個々の事業ごとに各別に成立するものであることは,つとに,前掲最高裁判決平成9.1.23においても説示されていたところであるが,同判決の事案が「建設の事業」と「重機の賃貸事業」という別の「事業」であることが比較的明瞭で理解しやすいものであったのに対し,本判決は,同じ建設の事業の中での「現場の事業」と「本店の事業」との区別という,一般的な事案ではあるものの、保険関係の成否という視点からの留意を欠くと評価を誤りやすい事案についての判断を示したものであり,裁判実務や労災保険実務に対する改めての注意喚起という意味合いからも,重要な意義を有する。