中国特許判例紹介(30) 中国における職務発明報酬の算出基準 (第1回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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対象:特許・商標・著作権

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中国特許判例紹介(30) 中国における職務発明報酬の算出基準 (第1回)

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中国における職務発明報酬の算出基準

~意図的に特許を放棄した場合の算出基準~

中国特許判例紹介(30)(第1回)

2013年11月22日

執筆者 河野特許事務所 弁理士 河野 英仁

 

重慶長江塗装機械場

                   上訴人(一審被告)

v.

石孝氷等

                           被上訴人(一審原告)

 

1.概要

 中国における開発現場または工場において発明創造がなされた場合、発明者に登録時に奨励を付与すると共に、自社実施時は経済的利益に基づき報酬を支払わなければならない(専利法第16条[1])

  しかしながら従業員との間の職務発明に関する契約が無い、または、あったとしても十分な報酬が支払われていない場合、職務発明の対価を巡る紛争に発展することが多い。

  本事件では最低限の報酬は支払われていたものの、特許権者が重要特許を意図的に放棄したこと、また特許発明に完全に起因して利益が生じたこと等から、実施細則に規定する基準を上回る報酬が認める判決がなされた[2]

 

 

2.背景

(1)特許の内容

 上訴人重慶長江塗装機械場(以下、被告)は国有企業であり、「柱式回転ノズル」と称する実用新型特許権を所有している。特許番号はZL99231077.6(以下、077特許という)を所有している。特許出願日は1999年3月4日であり、公告日は2000年1月19日である。発明者は被告のエンジニアである陳前である。

  職務発明者陳前は生前かつて被告の技術科長をつとめており,高級エンジニアであり,また副総エンジニアであった。1990年,陳前が発明した柱式回転ノズルは、エアレスノズルをスプレーする際に、口径が小さい、容易に詰まりやすい、押し開けが困難等の問題を解決したものである。生産後被告にとって良い経済的効果をもたらし、被告の主要な利益を生む製品の一つとなった。

  当時,当該技術はエアレススプレー機上においても応用でき,エアレススプレー業務効率を向上させることができた。また、製品の塗装品質を確保できることから,中国における多くの工業領域における塗装技術水準を国際的なレベルにまで高め、顕著な社会的効果をもたらした。

  陳前の中国工程技術事業の為になした突出した貢献を表彰するために,被告の申請に基づき,1993年10月国務院は陳前に政府特殊特別手当を給付した。

  参考図1はノズルの断面図である。

 

参考図1 ノズルの断面図

 

 077特許の請求項1は以下のとおり。なお、符合は筆者において付した。

 

請求項1

 塗装領域で使用される柱式回転ノズルにおいて,

 本体(7)、ハンドル(1)、密封輪(2)、調節ナット(3)及び吹き口(4)を含み:

 回転軸(5)はハンドル(1)及び吹き口(4)と一体であり,

 吹き口(4)は回転軸の軸体を横切っており,

 回転軸は本体(7)に対し嵌め込み接続されており,

 回転軸本体の近くに向かい合って凸形鋼碗(8)が設けられており,

 ハンドル(1)は水平に0-180度回転し,

 鴨嘴(6)と本体(7)とが接続する箇所の直径は、本体(7)の出口端直径よりも大きい

 ことを特徴とする。

 

(2)報酬の支払い

 中級人民法院か監査機構に委託した監査報告によれば、“柱式回転ノズル”特許製品の税後利潤は以下のとおりである。

1999年3月4日~2003年8月11日:1,213,524.34元(約1940万円)

2004年~2009年2,979,246.36元(約4760万円)

  被告が生産する柱式回転ノズル特許製品は、完全に特許請求項に記載の構成要件を具備しており、さらに六角鋼連結ナットを用い,特許装置とスプレー管とを接続している。

 

 発明者陳前が受け取った特許報酬は以下のとおりである。

1998年、1999年度技術進歩賞合計300元(約4,800円)

1999年、2000年の合計特許報酬3,419.70元(約5万4千円)

2001年の特許報酬1,675.64元(約2万6千円)

 

 1999年~2001年までの3年の特許報酬は、被告の年純利潤の2%を元に計算したものである。また、被告は特許製品から6つの部品を取り出し,6つの部品の価格が占める割合を、全体特許製品価格の58.7%と計算した。そしてこの比率を、特許報酬を計算する依拠とした。

  2001年12月,陳前は退職した。2003年5月10日,陳前は死亡した。陳前の遺族(以下、原告)によれば陳前の死亡原因は被告の彼に対する待遇が不公平であることによるものであり,陳前はこれに絶えることができず、飛び降り自殺をしたというものである。

  被告は,2003年8月12日全体指導者会議を行い,“柱式回転ノズル”実用新型特許を放棄する決定をなした。


[1]16

 特許権を付与された機関又は組織は、職務発明の発明者又は創作者に対して報奨を与えなければならない。発明創造の特許を実施した後、その普及応用の範囲及び取得した経済的利益に基づき、発明者又は創作者に対して合理的な報酬を与えなければならない。

[2] 重慶市高級人民法院2005年判決 (2005)渝高法民終字第9号


(第2回へ続く)

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