多くの人は何故将来を不安がるのか? - 文化・芸術全般 - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家

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大園 エリカ
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(クラシックバレエ教師・振付家)
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(クラシックバレエ教師・振付家)

閲覧数順 2019年05月26日更新

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多くの人は何故将来を不安がるのか?

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皆様は、自分の将来に不安を感じていらっしゃいますか?

それとも…?

(^^ゞ

 

まだ来てもいない将来を、それも「自分ではない他者の人生の体験」をそのまま自分の未来に置き換えて、その妄想に不安がるという方も少なくない様に私は思います。

(・・;)

 

そしてこういう方は、他者から何をどうアドバイスされても「絶対不安がっていたい」という頑固な感じで(笑)、その自分が想像する妄想の世界にしがみついて、決してそこから出ようとされない様な方達も多いのですよね~。

(^^;

 

そういう方達は、実は「自分の知り合いや身内にそういう環境や病状(※老化現象含む)の人がいる」というイマジネーションで未来を不安がっている状態であって、

 

現在の自分が、今実際にそういう経験をしている訳でもないのに、何故か「貴方も年を取ったら、今に私の言っている事が分かるわよ~」と、その摩訶不思議な論理で他者を諭す方達というのも、とても多い様に思います。(笑)

(^^;;

 

 

 

ちなみに私の様な人間は、例えば「老化は生きていれば誰にでも必ず起こる症状なので、自分にもそういう状況や症状はいずれ訪れるのだろうけれど、

 

もしかしたらもっと軽く楽な状態での老後を送れる事になる可能性だってあるし、或いはそういうものを経験しないで早死にするかもしれないし、(笑)

 

いずれにしても、誰に取ってもそういうものは"そうなった時にその現実を受け入れて、臨機応変に対処して行くしかない"のだし、

 

そういう事が起きる前に、それを不安がろうとなかろうと、実際は"私達はそういう対処しかできない"のであって、故にそうした妄想は自分を疲れさせるだけで、そのエネルギーは無駄だ」と感じたりするのですが、

 

その様に「まだ現在は起こってもいないネガティブな現象を絶えず妄想して不安に思い、年中そういう事で頭を一杯にしている人」は、その将来を悲観する事から生まれる重たい波動で、自分の傍にいる人達の気持ちを暗~くさせる様なお話しが大好きみたいですね~。

(^^;

 

でもそれで「結局その方は、一体何を相手に伝えたいのでしょうか?」と、私の様な人間はシビアに思う訳です。

( ・・) ~ ★

 

 

 

私が思うにこういう方達というのは、そうして自分の不安を他者に話す事で、自分の不安な気持ちを紛わせたいだけなのでは?と思うのですが…。

 

でも実際そんな事をした所で、その自分の不安が解消される訳でも、根本解決される訳でもありませんから、そういう事を好んで話す方というのは、いつも会話が堂々巡りの繰り返し=エナジーバンパイアになるのですね。

(◎_◎;)

 

 

 

…という事で、今回は久し振りにマドモアゼル愛さんのブログから、そういう心理のカラクリに付いて実に見事に的確に書かれていると私が感じるメッセージをお届け致します♪

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 マドモアゼル・愛 オフィシャルブログ「水瓶座時代」より

 

 

人はなぜ先のことを考えるのか、、、未来を不安に思い、色々な思考を巡らせるのはなぜか、、、それは仕方のない人間の性のようなものと考えられているかもしれません。

 

しかしそれは本当に人間の性でしょうか。赤ちゃんや子供はあまり未来のことを気にしませんし、考えてもいない風です。子供に未来について話してもピンと来てない感じがします。

 

大人が未来についてとやかく言うので、そんなものかと思っている程度でしょう。動物も未来については考えてないようですし、未来を心配に思う気持ちは動植物にとっては、あまり一般的ではないのかもしれませんね。

 

 

 

人間の大人は未来のことばかり心配しています。子供は良い大学に入れるだろうか、、、自分が老人になったら、、、病気になったら、、、老後はいくら必要だとか、、、そんな風に考えて何が面白いのかよくわかりませんが、実際に面白くないのだと思います。

 

未来の不安を感じる人は、未来というよりも今が苦しそうです。ですが、実際には、未来のことをあれこれ心配する人に、今苦しい人はいないのです。今、本当に苦しければ、未来など考える余裕もありません。

 

未来の不安ばかり口にしたり心配する人は、今は楽ができているものの、今楽できているのは、自分の力ではなく、環境や仕組みやお金や背景あってのものだと心のどこかで思っているからです。

 

もっと言えば、自分には自分を幸福にできる力はなく、自分が入りこめる何等かの背景がない限り、自分は未来を楽に生きられない、、、と感じているので、未来を不安に思うのです。

 

しかし自分を守ってくれるはずの組織は仕組みや背景は、期待であって自分から出ているものと違います。なのでそれに支えられている自分や自分の未来をこころもとなく感じてしまうのです。

 

なぜそのような複雑な心理を持つに至る大人が多いのでしょうか。若い人でもやけに自分の未来を心配する人がいます。未来が不安な人は、実は今が不安なのです。今の手ごたえがないので、未来を不安に感じるのです。

 

 

 

「人は何でいきるのか」とか「幸福って何だろう」とおませに考える子供が時々いるものです。それは子供ながらも、生きることがすでに苦しいからです。子供ながらもすでに不幸を感じているためです。

 

何の問題も抱えてない子供が、本当の幸福や生きる意味について考える必要などありません。すでに不幸だから、幸福とは何かと考え始めるのです。人の幸福は、、、と考えるとき、私たちはすでに不幸なんです。しかし、この不幸とは一体何でしょうか。

 

一言でいえば、エネルギー不足なんです。人はエネルギーを失いつつある状況の中で、不幸を感じ、不安を覚え、その結果未来についてあれこれ心配し、悩み出すのです。

 

未来を不安に思うのは、自身の今の不幸を感じ取っているものの、形の上だけでは通常か通常以上の生活を送っている人に多いのです。形の上の幸福で自分をリカバリーしているから、不安が襲うのです。

 

実力はないのに背景に支えられた政治家やイエスマンで出世した会社の上の方の人や、国に支えられて良い位置にいる人に、未来を不安に思いあれこれ画策する人が多いのは、そのためでしょう。

 

不安から、心配から抜け出す唯一の方法は、未来について準備することではなく、今の自身の不幸を認めることに尽きます。しかしそれは大変難しいことです。

 

 

 

なぜなら、将来の不安や心配が大きな人は、今は形の上ではけっこう人よりも良い状態にいるケースが多いからです。今本当に大変な人はきょう生き延びることがテーマであって未来など考える余裕もないはずです。

 

今の自分の不幸を認めることができたら、心を装う必要はなくなりますから、エネルギーの消費がグンと減ります。人は自身のイメージを取りつくろうために、莫大なエネルギーを消費しているのです。

 

国も同じです。例えば日本やサウジアラビアなどは、今は昔のようなお金持ち国家である前提が無くなりつつあるにも関わらず、お金持ち意識を捨てようとしません。

 

日本などは飢えている子供が無視できない数いるにも関わらず、金持ち国家意識で奇矯な政治を行っています。まず、何をさしおいても国内の子供の飢えを救え、、と乱暴な言葉でつい言いたくなります。

 

大したお金などかからないのになんでやらないのか、本当に不快。何のための国なのか。子供の飢えも救えないで偉そうな顔するな、、、と本気で思ってしまう。

 

 

 

話しがそれましたが、将来の不安と心配、、その大本にあるのは、今の不幸を認めないまま形の上での幸福を装うことであり、すなわちエネルギー不足ということです。

 

エネルギーが不足してくると、人は未来の心配を始め出すのです。エネルギー不足から抜け出ることがあらゆる問題の解決です。しかし、今の科学ではエネルギーは外界の物質から得られると考えますので、エネルギー不足は解消しないのです。

 

物にはエネルギーはない、とのフリーエネルギーの立場に立つことでしか、エネルギー問題の解消はないと私は考えるわけです。あくまで私の考え方なので押し付けるつもりはありません。

 

しかし事実は一つしかなく、大勢の人が言うことが正しい場合もありますが、違う場合もあります。物にエネルギーがあるとの立場からこれまで人類はやってきた結果が、環境破壊であり、物質信仰の行き過ぎでした。

 

事実に即したものならそれも仕方ないかもしれませんが、事実ではないとしたら本当に不幸です。そしてそれが事実でないかもしれないとの考えが最新の物理では常識化しつつあるのも事実です。意識なくして物事は存在しようがないと物理学でも認め出しています。

 

 

 

だから何だ、、ということですが、そうした最新物理を持ちだすまでもなく、私たちの裸の心に問えば、昔から答えはわかっていたのです。

 

人の不幸、未来の心配、それらを解決する方法はエネルギー不足の解消にあり、その具体的方法が、意識が先であることの認識に他なりません。

 

物を持ってきて不安に備えようとしても、物は意識の成果物なので、物より意識が先との考えや捉え方が必要になります。この部分が決定的に重要で、常々その順番を間違えないよう心を見張っている必要があるのです。

 

そして意識が先で物が付いてくるとの気持ちが自然になれば、人生観も生き方も根本の姿勢に変化が出てきます。幸福とは形ではなくて心の状態が大きなもので、意識が心に向いた状態でなければ、人は幸福にはなれないということです。

 

 

 

また、本当に幸福な人でなければ、具体的な幸福の状況を作ることもできません。
意識が先、心が先。ということは、苦しい中で、不幸な中で、まず最初に意識の火を灯すこと、心に明るい気持ちの火を灯すこと。それは、不幸を認識して今の自身の不幸を受け入れた状態でしかできません。

 

形だけの幸福を装っている時は、それができないのです。だから表面だけを装うことは問題だと言っているのです。単に好き嫌いの問題ではなく、もっと大きな問題なのです。

 

私は不幸だったんだ、、、と認めれば、もう幸福にならざるを得ないコペルニクス的転回が始まるのです。
私が悪かった、、、と認めさえすれば、もう罰せる人や状況は一瞬にしてなくなるのです。

 

しかし、人は不幸だから、最後まで形の上の幸福とその意識にこだわり、とりつかれたように自分を守ろうとすることで、人生の牢獄化を長引かせてしまいます。

 

 

 

令和が始まりました。令はひざまづいて天意を伺うことを意味すると教わりました。素晴らしい言葉です。宝は地になく、天の宝を伺って降ろすのが私たちの役目となるでしょう。

 

すでにある物は結果であり、心にあるものが意識されることで、私たちは誰もが創造者になるわけです。物や外界の状況がすべてだった時代では、私たちが創造者になることはありませんでした。物やお金や権力を沢山持っている人が王様でした。その家来たちもやけに威張っていました。

 

令和は私たちがそれぞれ天とつながり、それを地に降ろす役であることを示しているように感じます。
物がすべてなら、あなたはどんどん小さな者に追いやられます。物はあなたの意識の成果物であり、あなたは創造者です。

 

令和元年にお互い創造者として生きる選択をしたいですね。

 

 

 

 

 

私のお気に入りのお散歩&ジョギングコースの川沿いで、以前良く見かけたこの美しいつがいの鴨さんは、私がかなりの至近距離にいるのにも関わらず、こうして静かに仲良く揃って一緒にお昼寝状態に入りました♪

\(◎o◎)/~☆彡

 

何の不安もなく静かに寝入る彼らに、「私を信じ切ってくれているのだな~♡」と感じさせてもらえた私は、とてもほのぼのした気持ちにさせられ嬉しかったデス♡

(*^^*) ~ ♡

 

 

 

まだ起きてもいない将来を不安がる生き物は、"考える葦"である人間だけなのかもしれませんね~。(※これって良いのか悪いのか!? 笑)

(・。・;

 

ちなみに私に取って「現在」と「未来」とは、過去から今現在の自分の行為が"因"となっての"果"に過ぎない、つまり全ては「自己責任からの行為の結果」と思っておりますので、

 

「無知な過去の自分」が作った"因"に対する"果"を受ける覚悟を持つ事

「良い未来に繋がる"因"を作るのは、常に"今"しかない」という真理への理解

 

さえ得られれば、何も将来に不安を持つ必要がないと思っています♫

(^^✿

 

 

何故なら過去自分が作った"因"の結果を受けなければ、自分の過去の問題の清算=カルマの解消=自分の人生の宿題が終わらない訳ですから、先延ばしにしないでサッサと受けて終わらしてしまった方が逆に楽ですし、(笑)

 

将来の自分がどうなりたいかは、今現在の自分が「宇宙に何を与えているか」という事と同一だからです!

(*^^*) ~ ☆彡

 

 

 

ですので、「今現在の自分が受けた"果"が、どの様な状態にあるのか?」を観れば、

 

自分はどういうものを他者に与えて来たのか?

現在自分が手にしているものは、どんなやり方で得て来たのか?

他者に対して感謝で学んで来たのか、相手に敬意を払わず利己的に美味しい所を奪い盗んで来たのか?

 

などが、自分で分析できるかもしれませんね。

( ・・) ~ ☆彡 or ★彡 

 

 

私が思うに、私達は賢く「宇宙の法則」に目覚めていた方がやはり無駄がなく、それが幸せへの早道ではないかという事ですね。

 

ただ宇宙というのは私達を賢くする為に、ネタバレしない様なシステムになっているので、

 

例えば、恵まれた環境にいながら、感謝を忘れて不平不満から心が怒りで一杯だったり愚痴ってばかりいたり、人を妬んで悪口・陰口を好んでいたりすると、怪我とか事故に繋がったりとか、

 

他者に敬意を払わずに、人から盗んだものを自分の手柄にしたりすれば、何か自分の周りで不祥事が起きたり詐欺に合うなどして、自分の権利や金銭を"奪われる"という様な形で返されるという事が多いのですよね。

 

つまり「自分が人にしたのとは違う形で、自分に返されてしまう」為に、なかなかその法則に謙虚に気付けないという事があるという事です。

(◎_◎;)

 

恐るべし!宇宙の法則!? (笑)

(^^;;

 

 

 

でも逆から考えたら、このシステムは大変素晴らしいシステムでもありますよね~! だって「自分の力で自分の人生をどうにでもできる=自分が自分の人生の創造者」という法則でもあるのですから!

(^^☀

 

でもだから、「誰かのせいにしない"自己責任"を各自が持つ」という事は、お互いの幸せの為に大事になって来るのですよね~♪

 

 

 

それにしても神様は、本当にめちゃくちゃ面白いシステムを考えられたものでごじゃりまするなぁ~~~♫

(*^^*) ~ ☆彡☆彡☆彡

 

スマホでゲームするより、自分の人生ゲームで遊ぶ方が、よっぽど面白か~~~♫

…だね!(笑)

(^^✿

 

 

 

 

 

 

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舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

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長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年