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河野 英仁
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中国特許判例紹介:権利濫用によるリスク

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中国特許判例紹介:権利濫用によるリスク

~実用新型特許権を悪用した訴訟~

河野特許事務所 2012年11月2日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

                                   袁利中

                                                  原告、損害賠償請求の被告

                                     v.

                 揚中市通発気動バルブ執行器工場、揚中市通発実業有限公司

                                                   被告、損害賠償請求の原告

 

1.概要

 利用が低迷している日本の実用新案登録出願と異なり中国では実用新型特許が年間58万件以上出願されている。中国の実用新型特許は無審査で登録される上、実用新型特許権に基づく、民事訴訟も多い。

 日本においても実用新案は無審査で登録されるが(日本国実用新案法第14条第2項)、実用新案権に基づく権利行使の際に、実用新案技術評価書の提出が必要とされる(日本国実用新案法第29条の2[1])。さらに実用新案技術評価書を提示して権利行使したとしても、当該実用新案権が無効となった場合は、被告に与えた損害を逆に実用新案権者が負うことになる(日本国実用新案法第29条の3[2])。

 しかしながら中国では特許性の有無を判断するために用いる特許権評価報告の提出が義務づけられていないことに加え、実用新案権者側の損害賠償について規定する日本国実用新案法第29条の3に相当する規定も設けられていない。以上の理由により、中国において実用新型特許権者は躊躇することなく権利行使することができる。

 本事件では、明らかに新規性を具備しない実用新型特許権に基づき、権利行使を行った権利者に対し、悪意があったとして損害賠償を命じる判決がなされた。

 

 

2.背景

(1)特許の内容

 袁利中は “消防用ボールバルブ”と称する実用新型特許出願を2001年2月8日国家知識産権局に提出した。2001年12月12日国家知識産権局は公告を認めた。特許番号はZL01204954.9号(以下、954特許という)である。

 

 争点となった954特許の請求項1は以下のとおりである。

 

 ボールバルブにおいて、バルブ体(1)、バルブ体(1)内に設けられる球体(3)、球体(3)とバルブ体(1)間に設置されるバルブ座(2)、球体(3)に連接されるバルブシャフト(6)を含み,球体(3)を密封し、ねじ山(16)を有しかつ中間に孔(15)が開通したバルブ座蓋(12)を用いてバルブ体(1)上でねじった構造を有することを特徴とするボールバルブ。

 

 参考図1はボールバルブの断面図である。

 

 参考図1 ボールバルブの断面図

 

 従来の消防用ボールバルブは体積が比較的大きく,重量が重くなり,消防業に適さないという問題があった。そこで、請求項1の構成を採用することにより、体積が小さく、軽量で、消防車上での使用に適したボールバルブを提供せんとするものである。

 

(2)訴訟の経緯

 通発工場は、954特許と同一構成のボールバルブ(以下、イ号製品という)を製造しており、通発公司はイ号製品を販売していた。2003年8月6日特許権者は通発工場及び通発公司を実用新型特許権の侵害にあたるとして江蘇省南京市中級人民法院に提訴した。

 

 通発公司は答弁書期間内に954特許の無効宣告請求を復審委員会に提出した。江蘇省南京市中級人民法院は無効宣告請求の提出に伴い訴訟の審理を中断した。

 

 復審委員会は、954特許の出願前に既に請求項に係る発明と同一の発明が、国家標準GB/T-8464-1998《スチーム暖房用内ネジ連接バルブ》として開示されていたことから、新規性及び創造性を欠くとして954特許を無効とする決定をなした[3]。

 

 特許権者は当該決定を不服として、北京市第一中級人民法院に行政訴訟を提起した。北京市第一中級人民法院は同様に先行技術から見て新規性及び創造性を欠くとして、復審委員会の決定を維持する判決をなした[4]。

 

 本侵害訴訟において、瑕疵ある権利に基づく特許権侵害訴訟の提起により、損害を被ったとして通発公司(以下、原告という)は逆に特許権者(以下、被告という)を江蘇省南京市中級人民法院に提訴した。

 

 

3.中級人民法院での争点

争点:瑕疵ある権利に基づく権利行使により損害賠償責任を負うか否か

 発明特許及び実用新型特許の無効率は30%~40%と高く、原則として特許が後に無効となったとしても特許権侵害訴訟の提起により相手方に与えた損害を賠償する義務はない。では、どのような場合に、権利行使により損害賠償責任を負うかが問題となった。

 

 

4.中級人民法院の判断

他人に損害を与える目的での特許申請及び権利行使により損害賠償責任を負う

(1)特許の有効性

(i)新規性

 中級人民法院は最初に本実用新型特許が新規性及び創造性を有するか否かを判断した。

 本件特許の請求項及び明細書によれば,請求項に記載のボールバルブは“バルブ体(1)、バルブ体(1)内に設けられる球体(3)、球体(3)とバルブ体(1)間に設置されるバルブ座(2)、球体(3)に連接されるバルブシャフト(6)を含む”等、全て現有技術であり,当該特許明細書中にも明確に、これらの部品及び連接方式は“既に存在するボールバルブと基本的に同一”と認めている。

 

 出願人が指摘している本件特許と現有技術との相違点は、“球体(3)を密封し、ねじ山(16)を有しかつ中間に孔(15)が開通したバルブ座蓋(12)を用いてバルブ体(1)上でねじった構造”だけにあり、当該構造は、既に1998-1999年の間にGB/T-8464-1998《スチーム暖房用内ねじ山連接バルブ》の国家標準により公開されている。以上のことから、中級人民法院は、本件特許権は新規性がないと認定した。

 

(ii)創造性

 GB/T-8464-1998《スチーム暖房用内ネジ連接バルブ》国家標準中のバルブの用途は、スチーム暖房のものであり,本件特許権の名称は“消防用ボールバルブ”であり、明細書中においてもまた、当該種類のボールバルブは“消防車上の使用要求に適している”と説明している。しかし,特許権の保護範囲を決定する上で、最も重要な文書は特許請求の範囲であり,そこで説明しているのは、消防用と限定していない“ボールバルブ”である。特許権の保護範囲は特許請求の範囲をもって基準としなければならず,特許の名称、明細書等その他の文書をもって基準としてはならない。

 

 従って,本件特許権において保護を求めるボールバルブは、全てのボールバルブを使用する技術領域を含み,これにはスチーム暖房を含み,消防領域においてのみ適していると判断することはできない。さらには、明細書中に当該ボールバルブを消防領域に用いることで特段新たな作用及び予期せぬ効果を奏するとも記載されていない。従って、請求項1に係る発明は創造性をも具備しない。

 

 以上のとおり、中級人民法院は請求項1に係る発明は明らかに新規性及び創造性を欠き無効であると判断した。

 

(2)被告の主観

 続いて、中級人民法院は被告に悪意があったか否かを分析した。専利法は1985年に実施されており,その後何度か法改正があったものの、新規性に関する規定は何ら変更されていない。

 

 専利法の新規性の条件は明確であり一貫しているため、国家の法律として,国民、法人等は当然に知っているものと推定される。被告が2001年に本件特許を申請した際,専利法が公布されてから既に16年が経過しおり、被告が専利法の新規性の規定を知らない或いは明確でないという主張は当然成立しない。

 

 また、被告は1977年以来,長年にわたりバルブ工場作業所の主任及び工場長をしており、バルブ製造加工業に関する知識を十分に有していた。被告が特許出願を行う2年前には、GB/T-8464-1998《スチーム暖房用内ねじ連接バルブ》国家標準が実施されており、当該分野の専門家として当該国家標準を当然に熟知していたはずである。

 

 このような状況下で、被告は新規性の規定及び国家標準を顧みることなく、実用新型特許に対し実質審査が行われない事を利用して、既に国家標準に公開されている技術をZL01204954.9号“消防用ボールバルブ”実用新型特許として申請した。以上の理由により人民法院は、被告の主観状態は誠実・信用を欠き、申請及び特許を取得した行為そのものに悪意があったと認定した。

 

(3)被告の法律責任

 訴権は国民、法人或いはその他組織の憲法上の権利であり,人民法院は法に基づき国民、法人或いはその他組織に訴権を認めている。しかしながら国民、法人或いはその他組織は法律規定に基づき,誠実、慎重、合理的に訴権を行使しなければならない。

 

 国民、法人が国家、集団の財産を誤って侵害し,他人の財産、人身を侵害した場合,民事上の責任を負わねばならない。そのため,人民法院は、特許権者が法に基づき十分に訴権を行使することで、その合法的権利を保障する必要がある。その一方で、権利者の悪意による訴訟により、不正に利益を獲得しようとする行為を防止する必要がある。

 

 悪意訴訟は一般に故意に他人に損害を与える目的があり,実体的な権利、事実根据及び正当な理由が無い状況下で民事訴訟を提起し,相手方に訴訟において損失を与える行為をいう。

 

 上述したとおり,被告は明らかにZL01204954.9号“消防用ボールバルブ”実用新型特許申請が、専利法の特許権付与に関する実質要件に適合しないことを知っており,悪意で申請を行い、かつ、特許権を取得した。さらには原告を特許権侵害として訴え、罪のない原告を特許侵権訴訟、特許行政訴訟等の訴訟に巻き込み,正常な生産経営活動を妨害した。

 

 人民法院は、当該行為は悪質であり、特許制度の設立趣旨に反し,他人の合法的権益を侵害し,客観上原告に損害を与えため、相応の法律責任を負うと判示した。そして人民法院は、被告が訴訟に対応するために支払った弁護士費用2万元及び特許無効宣告請求費1500元の合計額21,500元を支払うよう被告に命じた。

 

 

5.結論

 中級人民法院は、被告の悪意を認定し、原告の損害賠償請求を認める判決をなした[5]。

 

 

6.コメント

 実用新型特許権に基づく権利行使の際には、一定の注意義務が必要となることを示す判決である。原則として権利行使後に実用新型特許が無効となった場合でも、専利法には損害賠償責任を負わねばならない、という規定は存在しない。しかしながら、本事件の如く明らかに新規性が無い権利をもって権利行使した場合、損害賠償責任を負うこととなる。

 

 発明特許と比較して、早期にかつ無審査で権利化できる実用新型特許権は非常に魅力のある権利である。本事件に鑑み日本企業は以下の点に注意すべきである。

 

(1)権利者側の注意点

 権利行使前には、特許権評価報告請求を行い、審査官による特許性の判断を仰いだ上で訴訟を提起すべきである。あくまで審査官の判断であり、何ら法的な拘束力を有するものではないが、特許性の有無を判断する上では参考となる。

 

 特許権評価報告は請求後およそ2ヵ月で入手することができる。特許有効であるとの判断が記載された特許権評価報告を入手しておけば、悪意のある訴訟と認定されるリスクを大幅に低減することができる。

 

 また無効と判断された場合でも、一部の請求項のみが無効である場合、有効と判断された請求項により訴訟を提起すればよい。無効の可能性がある請求項は、相手方が無効宣告請求を復審委員会に請求した場合に削除すればよい。

 

(2)防御側の注意点

 中国では年間膨大な数の実用新型特許権が成立しており、競合他社の実用新型特許権には十分注意する必要がある。調査により抽出した競合他社の実用新型特許権の中には非常に権利範囲の広い請求項が存在する。実用新型特許権に基づく訴訟も多いことから調査を十分に行い、競合他社の実用新型特許権を無効にし得る先行技術を準備しておくことが重要となる。

 

判決 2006年8月24日

                                                                            以上

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[1] 日本国実用新案法第29条の2 実用新案権者又は専用実施権者は、その登録実用新案に係る実用新案技術評価書を提示して警告をした後でなければ、自己の実用新案権又は専用実施権の侵害者等に対し、その権利を行使することができない。

[2]日本国実用新案法第29条の3 実用新案権者又は専用実施権者が侵害者等に対しその権利を行使し、又はその警告をした場合において、実用新案登録を無効にすべき旨の審決(第三十七条第一項第六号に掲げる理由によるものを除く。)が確定したときは、その者は、その権利の行使又はその警告により相手方に与えた損害を賠償する責めに任ずる。

[3] 無効第6355号

[4] 2005年3月21日北京市第一中級人民法院判決 (2004)一中行初字第955号

[5]江蘇省南京市中級人民法院2006年8月24日判決 (2003)寧民三初字第188号

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