中国特許判例紹介:中国における補正の実務 第2回 - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における補正の実務 第2回

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中国特許判例紹介:中国における補正の実務 

~最高人民法院による補正に対する新たな指針 第2回~ 

河野特許事務所 2012年7月18日 執筆者:弁理士 河野 英仁

 

 

                               特許復審委員会

                                                   再審請求人、原審被告

                                    v.

                           上海家化医薬科技有限公司

                                                  再審被請求人、原審原告

 

1.概要

 中国においては日本の訂正審判(日本国特許法第126条)に対応する制度が存在しない。ただし、日本の訂正請求(日本国特許法第134条の2)と同じく、特許付与後に無効宣告請求が提出された場合は、中国においても請求項についての補正が認められる。

 

 しかしながら、中国において特許後に行うことができる補正は著しく制限されており、請求項の削除、併合、または、技術方案の削除の3つに限られている。実務上は請求項の削除を行うことが一般的である。

 

 本事件では特許権者が請求項の削除、併合、または、技術方案の削除以外の形式により請求項の補正を試みた。復審委員会[1]及び北京市第一中級人民法院[2]は当該補正を認めなかったが、北京市高級人民法院[3]及び最高人民法院[4]はこの3つに限るのは不当であるとして特許権者の補正を認める判決をなした。

 

 

2.背景

(1)特許の内容

 上海家化医薬科技有限公司(以下、原告)は発明特許第03150996.7(以下、996特許という)を所有している。996特許は高血圧患者に用いる調合製剤に関し、2003年9月19日に中国知識産権局に出願され、2006年8月23日に権利化された。

 

 争点となった公告時の請求項は以下のとおりである。なお、下線は筆者において付した。

 

1,調合製剤であって、該製剤は重量比組成が1:1030アムロジピンベシル酸塩或いはアムロジピンベシル酸塩の生理上受け入れることが可能な塩と、イルベサルタンとの活性成分組成の薬物組成物。

 

2.請求項1に記載の調合製剤であって、前記薬物の組成物は各種医学上受け入れることが可能な内服製剤。

 

3.請求項1に記載の調合製剤は軽、中度の高血圧を治療する薬物を調合する中での応用である。

 

4.請求項3に記載の応用であり、前記薬物は、心血管重構の高血圧患者、腎性高血圧、腎臓機能障害或いは糖尿病腎臓機能障害に伴う高血圧患者の治療に用いる。

 

(2)無効審判の請求

 2009年6月19日、李平氏は996特許に対する無効宣告請求を特許復審委員会に提出した。李平氏は明細書のサポート要件違反(専利法第26条第4項)を無効理由として主張した。

 

 原告は2009年9月29日に行われた口頭審理において請求項1について補正書を提出した。補正の内容は以下のとおりである。

 

補正前:「1:10~30」

補正後:「1:30

 

 すなわち、調合比の範囲1~30を最大値30に限定したのである。

 

 これに対し復審委員会は、当該請求項の補正書は原請求項及び明細書の記載範囲を超え、かつ、無効宣告過程において許可される補正方式に属さないことから、当該補正を認めなかった。

 

 さらに、復審委員会は調合比が「1:10~30」であるところ、調合比1:10についての血圧降下作用についての明細書に何ら記載がないことから、サポート要件違反であるとして特許を全部無効とする審決をなした。

 

(3)訴訟の経緯

 原告は復審委員会の審決に対し北京市第一中級人民法院に審決取り消し訴訟を提起した。北京市第一中級人民法院は第14275号決定を維持する判決をなした。原告はこれを不服として,北京市高級人民法院へ上訴した。

 

 北京市高級人民法院は,原告が無効宣告過程において特許に対してなした補正は関連する規定に適合すると認定し,第14275号審決を取り消す判決をなし、復審委員会に新たに決定をなすよう命じた。

 

 特許復審委員会はこれを不服として、最高人民法院に再審[5]を請求した。

 

 

3.最高人民法院での争点

争点:無効宣告請求過程における補正が妥当か否か

 最高人民法院では、無効宣告請求過程において原告がなした補正が、新規事項追加に当たるか否か、また、審査指南で認められていない形式の補正が認められるか否かが問題となった。

 

 

4.最高人民法院の判断

争点:新規事項追加には当たらず、また、審査指南に規定されている補正形式に限定すべきではない

 最高人民法院は、原告がなした補正は新規事項の追加に当たらず、また、特許後の補正形式を審査指南に限定列挙したものに限るべきではないと判示した。

 

(1)明細書の記載内容

 最高人民法院は補正内容が新規事項追加に該当するか否かを判断すべく、明細書の以下の記載に注目した。

 

 本案特許明細書第9頁「試験結果 表5 9種の剤量の組み合わせ及び対応する剤量比」部分には、A1I30(1:30)と記載されている。

 

 また、「調合の血圧に対する影響」に関し「アムロジピンベシル酸塩1mg/kgと、異なる剤量のイルベサルタンとの組み合わせにおいて,イルベサルタンが30mg/kgの時だけが、安定した持続的な降压効果を呈する。」と記載されている。

 

 明細書第10頁「分析及び結論」には、「アムロジピンベシル酸塩1mg/kgと、与イルベサルタン30mg/kgの成分は、降压效果が安定して持続し,薬剤の使用量を比較的少なくできるため,最適な剤量組み合わせとして推薦できる」と記載されている。

 

 明細書第10頁及び第11頁の第1実施例及び第2実施例には、錠剤調合として、アムロジピンベシル酸塩2.500mgとイルベサルタン75.000mgの組み合わせ、及び、アムロジピンベシル酸塩5.000mgとイルベサルタン150.000mgの組み合わせが開示されている。

  

 以上のとおり明細書にはアムロジピンベシル酸塩とイルベサルタンとが1:30の調合比であってもよいこと、かつ、1:30の場合が最適であることが開示されているといえる。

 

 以上のことから最高人民法院は、請求項を1:10~30から1:30と補正することは、原明細書及び請求項記載の範囲を超えるものではなく、また、特許時請求項の範囲を拡大するものでもないと判断した。

 

(2)特許後の補正形式に関する制限

 審査指南によれば、補正方式は一般的状況下では、請求項の削除、併合、または、技術方案の削除に限られている。しかしながら最高人民法院は、この3つの方式の補正のみを認め、当該原告がなした補正を認めないとすれば、明細書を記載する特許権者に対する不当な懲罰になると述べた。

 

 すなわち、本件では1:10~30を権利範囲とするところ、1:10についてはサポート要件違反という明細書の記載不備が存在し、特許権者は当該瑕疵を補正により削除する必要があった明細書を一切誤り無く作成することは困難であり、これを認めないとするのは特許権者にとってあまりに酷であり合理性を欠くといえる。

 

 また最高人民法院は、審査指南がその他の補正方式を絶対的に排除していないことをも根拠として、原告の1:30とする減縮補正を認めた。

 

 

5.結論

 最高人民法院は、特許後の補正が適法であると判断した北京市高級人民法院の判断を支持する裁定をなした。

 

 

6.コメント

(1)特許後の補正の原則

 特許後の補正に関し、現行の審査指南は以下のとおり規定している。

 

審査指南第4部分第3章4.6.1

4.6 無効宣告手続における専利書類の補正

4.6.1 補正の原則

 発明または実用新型の特許書類の補正は請求項に限る。

その原則とは、

(1)原請求項の主題の名称を変更してはならない。

(2)権利付与時の請求項と比して、原特許の保護範囲を拡大してはならない。

(3)原明細書及び請求項に記載された範囲を超えてはならない。

(4)一般的には、権利付与時の請求項に含まれていない技術的特徴を追加してはならない。

 外観設計特許の権利者はその特許書類を補正してはならない。

 

4.6.2 補正の方式

 前記の補正原則の下で、請求項に対する補正の具体的な方式は一般的に、請求項の削除、併合または技術方案の削除に限る。

 請求項の削除とは請求項から、一または複数の請求項を取り除くことを言う。例えば、独立請求項或いは従属請求項。

 請求項の併合とは、相互に従属的な関係を持たないが、授権公告書類においては同一の独立請求項に従属する2つ或いはそれ以上の請求項の併合を言う。この場合、併合対象従属請求項の技術的特徴の組み合わせにより新規の請求項を成す。当該新規請求項は、併合された従属請求項の全ての技術的特徴を含めなければならない。独立請求項は補正がなされていない限り、その従属請求項に対する併合方式の補正が許されない。

 技術方案の削除とは、同一の請求項において並列している2種以上の技術方案から1種或いは1種以上の技術方案を削除することを言う。

 

 上述のとおり審査指南は規定しているが、実務上補正形式は請求項の削除、併合または技術方案の削除の3つに厳しく制限されている。請求項の併合及び技術方案の削除については理解しがたいので、以下に補足説明する。

(i)請求項の併合

 請求項1が、以下のとおり構成要件AとBとCとを含む装置であるとする。請求項2は、請求項1に構成要件Dを外的付加したものであり、請求項3は請求項1に構成要件Eを外的付加したものである。

 

請求項1:A,B,C 

請求項2:請求項1+D

請求項3:請求項1+E

 

 ここで、請求項2及び請求項3は、相互に従属的な関係を持たないが、同一の独立請求項に従属していることが必要である。このような場合に、独立請求項1を削除すると共に、従属請求項2及び3を組み合わせる補正を併合という。補正後の請求項は以下のとおり、構成要件A~Eを含む装置となる。

 

併合→クレームA,B,C,D,E

 

(ii)技術方案の削除

 技術方案の削除は例えば、マーカッシュ形式で記載された請求項の構成の一部を削除することをいう。マーカッシュ形式とは、A,B及びCからなる群より選ばれた1種以上の化合物等と記載する請求項の記載形式であり化学分野で主に利用される。ここで、化合物Aを削除する補正が、技術方案の削除となる。

 

 中国においては、特許後は原則としてこれら3つの方式しか補正が認められない。

 

(2)他の形式の補正と今後の実務対応

 最高人民法院の今回の判決により、他の形式についても補正が認められる可能性が広がったといえる。特に審査指南は「一般に」3つに限ると規定しており、他の方式を絶対的に排除していない。さらに一歩進んで分析すれば、請求項の減縮についても「一般には」認められないと規定しており、例外的に許容する規定ぶりとなっている。

 

 特許後の補正は、特許無効宣告に対する特許権者の重要な対抗手段である。日本の特許訴訟実務においても、先行技術及び記載不備の問題を解消しつつ、同時にイ号製品をカバーするよう訂正請求が行われる。

 

 本最高人民法院裁定がなされる前は、事実上請求項の削除しかできず、特許権者側は無効宣告請求がなされた場合、非常に不利な立場におかれていた。本事件の如く減縮補正しない限り記載不備が解消しない場合、または、先行技術との相違点が明確化できず特許無効の蓋然性が高い場合、思い切って請求項の減縮補正を行うことも訴訟戦略の一つとして今後は検討すべきである。

 

 減縮補正のタイミングは、本事件と同じく少なくとも口頭審理前か、或いは、請求項の併合が認められる答弁書提出前が好ましいと考える。口頭審理後では時期に遅れた補正であるとして認められない可能性が高いからである。なお、請求項の削除及び技術手段の削除は無効宣告請求審査決定までに提出すれば良い。

 

(3)判例主義と司法解釈

 中国では判例主義をとらないことから、今回の最高人民法院の裁定によっても直ちに法的拘束力を有することはない。しかしながら、復審委員会及び各人民法院が最高人民法院の今回の判断に反する決定または判決を行うことは困難であることから、今後は最高人民法院の判示事項に従う実務が行われるものと思われる。

 

 最高人民法院は数年に一回、人民法院としての統一的見解を示す司法解釈を公布する。司法解釈とは中国の最高人民法院が法律により付与された職権に基づいて、法律を実施する過程において具体的にどのように法律を運用するかについて発行した普遍の司法効力のある解釈をいう[6]。

 

 司法解釈は法的拘束力を有することから次回に公布される司法解釈にて、前回解説した補正可能な範囲と、今回解説した特許後の補正形式とについて何らかの統一的見解が示されることが期待される。

 

判決 2011年10月8日

                                                                                                                            以上



[1] 特許復審委員会2009年12月14日審決 第14275号無効宣告請求審査決定

[2]北京市第一中級人民法院2010年判決 (2010)一中知行初字第1364号

[3]北京市高級人民法院2010年12月20日判決 (2010)高行终字第1022号

[4]最高人民法院2011年10月8日裁定 (2011)知行字第17号

[5]再審制度とは、人民法院の行った誤った判決または裁定に対して再び裁判を行う制度をいう。事実の認定、及び、法律の適用のいずれかにおいて誤りがある場合は、本制度により再度審理が行われる。詳細は拙著「中国特許訴訟実務概説」発明協会を参照されたい。

[6] 周 道鸞 著「中華人民共和国司法解釈全集」(人民法院出版社 1994年) p1

 

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