- 村田 英幸
- 村田法律事務所 弁護士
- 東京都
- 弁護士
対象:労働問題・仕事の法律
【コラム】取締役の従業員性
従業員としての身分が認められるかどうかは,労働者性の判断にかかわるわけで すが,取締役の従業員性が問題となった裁判例を以下,紹介します。 (ⅰ)大阪地判平成15・10・29労判866号58頁 個人商店を前身とする会社に就職し,後に専務取締役となり,その出張中に死亡した専務取締役の妻が労災保険法の適用を求めて,専務取締役の「労働者」性を主張した事案で,裁判所は,①その業務内容が取締役就任の前後で変化がないこと,②本件会社の定款には,取締役に業務執行権を認める旨の規定がないこと,③本件被災者が担当していた営業には従業員が2名しかいないこと,といった事情から,本件被災者はいわば筆頭の番頭的立場で本件会社に貢献していたのであって,労災保険法の保険給付の対象となる「労働者」であると判断しています。 (ⅱ)長野地松本支判平成8・3・29労判702号74頁 会社が,原告(元取締役)の就労を拒否し,賃金を支払わないことから,原告が賃金の支払いを求めた事案です。この訴訟において,会社は原告の取締役就任の際に労働契約を合意解除していること,また,仮にそうでなかったとしても取締役を再任しなかったことにより,会社は原告に対して解雇の意思表示を行ったとの主張をしました。 裁判所は,会社のいずれの抗弁も認めませんでした。すなわち,前者については,原告は取締役就任後,支給される金員の名目等に変更があったものの,具体的な職務内容は取締役就任以前と変わりがなく,被告の指揮命令ないし支配監督下で職務を遂行していたものであり,したがって,取締役就任後も継続して原告は被告との間で労働契約を締結していたとされ,後者については,原告を再任しなかった株主総会後も従業員としての勤務が認められるとして抗弁を排斥しました。 (ⅲ)東京地判平成18・8・30労判925号80頁 被告の取締役で営業部長であった原告が,取締役を解任され,後に解雇されたことから,取締役解任後解雇までの従業員としての賃金の支払いを求めた事案です。会社は原告の取締役就任により,従業員としての地位が失われることを主張しました。 裁判所は,被告会社においては,被告会社が手掛ける事業に縁のある企業からの中途採用者が多く,そのような者たちについて従業員を兼務しているかどうかについては,原告の取締役の解任が取締役会で議論されるに至る前までには必ずしも意識的には明確に対応・処理していないように窺われ,原告も縁故による入社であるから,被告の従業員を兼務しているのではないかと思われる事情と既に従業員としては退職していると思われる事情が混在している実態が窺われることを認定しています。 その上で,取締役の労働者性の判断基準については,会社の指揮監督の下で労務を提供していたかどうか,報酬の労働対価性,即ち,報酬の支払方法,公租公課の負担等についての労基法上の労働者への該当事情の有無等を総合して判断することになるとしてそのあてはめを行います。 ①被告代表者以外は他会社等の職場に長年勤めてきた経験者を雇い入れて,主として職制上の地位を割り当てており,取締役会の開催も議事録の作成が形式的で,各取締役個々人の意見・議論がその都度反映されている実態にはなく,果たして被告代表者以外の役員に会社の重要な決定事項について判断権限があるかどうか疑問であること,②被告代表者から独立した業務執行権限が定款上その他割り当てられているわけではなく,取締役会の開催あるいは決定の実態も被告代表者の最終意向に負っているものと思われ,原告に独立した決議権があってそれが有効に機能していたようにも窺えないこと,③原告は被告代表者から静岡支店への異動を一方的に打診されており,被告から営業部副部長及び東京支店営業部長の任を解かれ,自宅待機を命じられていることなどからすると,原告は被告代表者の強い指揮監督下にあったものと考えるのが相当である。 また,報酬について見ても,取締役になる前の合計が63万1650円であったところが,取締役になってからは合計で67万5050円と上がる一方,賞与の支給がなくなり,取締役に就任する際に退職金を被告の退職金規程に基づき受給を受けているものの,手続のし忘れとはいうが雇用保険料を含めた社会保険料が従前と同様に控除され,従前と同様の給料明細書に基づき定額の支給を受けている実状にあり,従業員としての要素を色濃く残している。 これらの事実関係から,原告は取締役に就任後も被告代表者の指揮監督下で依然として労基法上の労働者として処遇されていたものと見られるとされました。 (ⅳ)千葉地判平成元・6・30判時1326号150頁 原告が会社を退職したことを理由に従業員退職金規定に基づき退職金の支払い を求めた事案です。この訴訟において,会社は,原告は取締役であり,従業員とし ての身分を喪失していることを主張してその支払いを拒みました。裁判所は,①被 告は会社組織となっているが実質は被告代表者の個人企業と変わりがない企業で あり,原告は被告の株式を所有しない平取締役にすぎなかったこと,②取締役就任 後も,就任前と同様,授業,広告企画等の仕事を担当していたこと,③原告は取締 役就任後も従業員として雇用保険に加入していたし,また,被告は,原告が退職す る直前まで原告について退職金の支給を前提にした中小企業退職金共済事業団の 積み立てをしていたこと,④原告が取締役に就任してからも原告の源泉徴収票には 給料,賞与との記載がなされており,取締役就任後に僅かではあるが原告に賞与が 支給されていることから,原告の退職時の身分を従業員兼任取締役であると認定 し,退職金の請求を認めています。 (ⅴ)東京地判平成5・9・10労判643号52頁 被告の取締役として登記されていた原告らが,会社に対して,従業員に適用され る退職金規定に基づき退職金の支払いを求めた事案です。会社は取締役であった被 告らには退職金規定の適用がないことを主張しました。 裁判所は,①原告らは,被告設立時,被告の従業員(平社員)として入社したが, その際,取締役の数を揃えるために名前を貸して欲しい旨言われて,これを承諾した。したがって,原告らの取締役としての地位は全く名目的なものであって,原告らは,取締役会の構成員として,これまで取締役会の開催通知を受領したり会社の財務諸表を見せられたことはなく,被告の業務執行の意思決定に参加したこともなかったこと,②原告らは,入社以来退職するまで,被告代表取締役の指揮・命令のもとで,一従業員として業務を担当してきたこと及び原告らは,その名刺にも取締役の肩書を用いず,対外的にも被告の取締役として業務を行なったことはなかっ たこと,③原告らは,退職するまで,被告の従業員として,就業規則の賃金規定に 従い,基本給のほか,職務手当,技能手当,住宅手当,家族手当等が支給されてき たこと,また,原告らの基本給及び給与総額は,他の従業員と比較しても,被告会 社における地位に応じたものであり,また,社会的にみてもそれほど高額のもので なかったこと,④被告は,これまで原告らを雇用保険の被保険者たる労働者として 扱ってきたことから原告からは,入社時から形式的には取締役と従業員を兼務して いたが,取締役としての地位は全くの形式的,名目的なものであって,従業員とし て代表取締役の指揮・命令に従ってその業務に従事してきたものであり,賃金につ いても,その全額が形式的にも実質的にも従業員の賃金として支払われてきたもの と認められるから,原告らは,就業規則の退職金規定が適用される従業員であった ものと認めるのが相当であると判示しました。 また,退職金規定には従業員が役員に就任したときは退職金が支給される旨規定 されているが,右規定は,役員就任時にそれまでの雇用契約に基づく従業員として の退職金を支給するとの趣旨のものにとどまるのであって,役員就任時以降も従業 員としての地位をなお兼有する場合には,右規定にかかわらず,その従業員として の労務提供の対償たる賃金部分について退職金規定が適用される余地があるので あり,まして,前記のとおり,原告らは,入社時の取締役就任が全くの名目的なも ので,その後も退職するまでもっぱら一従業員として就労してきたものであるか ら,右規定は,原告らについて退職金規定の適用を排除する根拠とはなりえないと も判示しました。 (ⅵ)東京地判平成9・8・26労判725号48頁 原告が解雇を争い,労働契約上の地位確認を求めた事案です。会社は取締役就任に伴い,黙示の合意により労働契約が解約されることを主張しました。 裁判所は,原告は,常務取締役として,勤務時間の管理を受けず,被告らの経営するパチンコ店等の店長を統括する責任者であり,個別具体的な指揮命令を受けずに営業に関する重要事項を決定する包括的な権限を有し,多額の,勤務成績等によって左右されない対価の支給,便宜供与を受けていたのであるから,取締役就任後は労働者性の根拠とすべき使用従属関係を肯定することができず,これに基づいて考えると,原告が被告の取締役に就任したことに伴い,黙示の合意により労働契約を解約したものと推認することができると判示しました。 |
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