中国特許判例紹介(34)中国最高人民法院の補正の解釈(第2回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介(34)中国最高人民法院の補正の解釈(第2回)

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中国最高人民法院の補正の解釈

~用語を削除する補正を行う場合の注意点~

中国特許判例紹介(34)(第2回)

2014年6月17日

執筆者 河野特許事務所 弁理士 河野 英仁

 

株式会社島野

                   再審申請人(一審原告、二審上訴人)

v.

中華人民共和国国家知識産権局特許復審委員会

                           再審被申請人(一審被告、二審被上訴人)

 

4.最高人民法院の判断

争点:円形孔への補正は新規事項追加に該当する

(1)専利法第33条の趣旨

 最初に最高人民法院は専利法第33条の立法趣旨について述べた。専利法第33条の立法目的は、先願主義下で特許申請人と、社会公衆との間の利益のバランスを実現することにある。一方面で,特許申請人に特許申請文書に対し補正を行う機会を付与し,創造性ある発明創造の特許権取得を保証するものである。その一方で,特許申請人の補正を行う権利を申請日に公開した技術範囲内に制限することで,社会公衆の原特許申請文書に対する信頼利益を保護するものである。

 

 以上のことから、専利法第三十三条の含意は以下のように分解することができる。

 第一に,特許申請人はその特許申請文書に対し補正を行う権利を有する。具体的には、補正を通じて特許申請文書中の記載ミスを修正することができ、また補正を通じて特許申請文書に公開している技術情報について適当な方式で表現することができ,保護を要求する範囲に対し調整を行うことができる。

 

 第二に,先願主義の原則に基づけば,特許申請人は発明及び実用新型特許申請文書の補正は原明細書及び請求項に記載の範囲を超えてはならないということである。その理由は,一に特許申請人に、申請日に充分その発明創造を公開することを鼓舞するためであり;二つめに特許申請人が申請日に公開していない発明創造を、補正を通じて申請文書に追加し、不正に先出願の利益を得ることを防止するためである。

 

 実務上専利法第三十三条の適用について,争点となるのは“原明細書及び請求項に記載した範囲”をいかに判断するかである。該条項の立法目的から最高人民法院は、「原明細書及び請求項に記載した範囲」とは、原明細書、図面及び請求項に文字及び図形をもって直接記載された内容と,当業者が原明細書、図面及び請求項に基づき確定することができる内容である、と述べた。

 

 そして特許申請文書の補正が明細書及び請求項の記載範囲を超えるか否かは、当該技術分野における術特徴及び慣用されている表現、当業者の知識水準と認知能力、技方案そのものが技上内在している必然的な要求等の要素を考慮して,正確に原明細書及び請求項に記載された範囲を確定しなければならないと述べた。

 

(2)請求項1及び3について

 請求項1には「形状はほぼ円形孔」と記載され、請求項3には「形式はほぼ円形孔」と記載されていた。これに対し出願当初の請求項2の第一連接結合8a及び第二連接結合8bは「基本的に円形のボルト孔」と記載されており、原申請明細書中記載の8a及び8bにも「基本的に円形のボルト孔形状」、「円形のボルト孔」、「ボルト孔」と記載されていた。最高人民法院は、これらの記載からすれば原申請においては,8a及び8bは実質上、2つの技術特徴により共同で限定していると認定した。一つには円形の孔であり、二つめには、ボルトが貫通しているということである。

 

 原告は「円形のボルト孔」、「円形ボルト孔」及び「ボルト孔」をまとめて「円形孔」と補正し,「ボルトが貫通する」という技術特徴を削除したのである。機械分野において形孔に関していえば、ピン等のその他の連接部品を用いて貫通することもでき、「円形孔」と「円形のボルト孔」とは異なる技術含意を有する。以上のとおり、本補正は、必ずしも当初明細書から確定できる内容ではないために、最高人民法院は請求項1及び3の補正は、原明細書及び請求項に記載した範囲を超えており,専利法第三十三条の規定に適合しないと結論づけた。

 

 原告は、図面には円形と認識できる図が記載されており、また明細書中に以下の記載がなされていることから、新規事項の追加に該当しないと反論した。

「前記ボルト孔8aや8bに替え、ブラケット8の一端側に開口する切欠き形の孔を採用したり、ブラケット8に付設した連結ボルトを採用するなど、形状や具体的手段が各種異なる構成を採用して実施してもよい。」

 

 これに対し、最高人民法院は、図面の作用は、人に直感イメージで発明の技術方案を理解させることができるものであり,原明細書図面に示した8a、8bは円形のものであり、「円形のボルト孔」、「円形ボルト孔」または「ボルト孔」に対して簡潔な形状を示したものであると理解すべきであるとして、原告の主張を退けた。

 

 また、原明細書中に記載された「ボルト孔8a及び8bは、その他のいかなる形式の構成で代替してもよい」,「その他のいかなる形式の結合」の範囲は広くかつ不確定であり、当該記載が存在するからといって、それが形孔を記載していたということにはならないと述べた。最高人民法院は、当該記載では「円形孔」と「円形のボルト孔」が同一の技術含意を有することを証明することができないと判断した。

 

(3)請求項6について

 請求項6は請求項1の従属請求項であり,その付加的技術特徴は以下のとおりである。

 

「前記ほぼ円形孔8bは、連接ボルト16を前記円形孔に通して据え置くよう設けてある。」

 

 請求項1は8aに対して補正を行っておらず,単に8bを「ほぼ円形孔」と補正しただけであり,請求項6は付加技術特徴を通じて8bを明確に連接ボルトが貫通する円形孔と補正しただけである。

 

 換言すれば,請求項6は付加技術特徴の限定を通じて,8bを請求項1の「円形孔」から実質上、原申請文書に記載された「円形のボルト孔」に戻す補正を行っただけである。請求項6のこのような補正は当業者が8bの技術情報と原申請文書により公開された技術情報と異なることはない。

 

 以上の理由により、最高人民法院は、請求項6の補正は原明細書及び請求項に記載の範囲を超えず,専利法第三十三条の規定に適合すると判断した。

 

 

5.結論

 最高人民法院は、請求項1及び3については専利法第33条違反に該当するとした復審委員会の決定と、中級人民法院及び高級人民法院の判決とを支持した。一方、請求項6については、専利法第33条違反に該当するとした復審委員会の決定と、中級人民法院及び高級人民法院の判決とを取り消した。

 

 

6.コメント

 中国特許実務において困惑するのが補正の範囲である。本事件からも分かるように、修飾句を削除しただけでも、当該削除後の技術要素が明細書に明確に文字で記載されていない限り当該補正は認められない。

 

 中国知識産権局は特許出願の急増に伴い審査官数も急増させている。補正の要件である「明細書に記載された範囲」を文字通りの範囲に限定した方が、審査経験の少ない審査官であっても容易に補正の適否を判断することができるため、審査品質の均一化・迅速化を図ることができる。補正の要件が極端に厳しいのはこのような出願急増に伴う事情も背景にあるのではないかと考える。

 

 また本特許明細書には「その他いかなる形式の構成で代替してもよい」との記載があったが、このような補足的な記載では不十分と判断された。出願当初からありとあらゆる侵害形態を予想して明細書を作成するのは困難であるが、明細書中の用語については、「上位概念用語」、及び、「当該用語に対する複数の具体的下位概念」をセットで、明細書に記載するよう心がけておくのが重要である。

 

以上



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