独禁法違反による課徴金の算定の対象となる「売上額」 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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独禁法違反による課徴金の算定の対象となる「売上額」

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相続

独禁法違反による課徴金の算定の対象となる「売上額」

最判平成17年9月13日、 日本機械保険カルテル課徴金事件
民集59巻7号1950頁、審決取消請求事件

【判示事項】
1 独禁法7条の2第1項所定の「売上額」の意義
2 損害保険業の事業者団体の構成事業者につき独禁法8条の3において準用する同法7条の2第1項所定の「売上額」

【判決要旨】
1 独禁法7条の2第1項所定の「売上額」は,事業者の事業活動から生ずる収益から費用を差し引く前の数値をいう。
2 損害保険業の事業者団体の構成事業者である損害保険会社について,独禁法8条の3において準用する同法7条の2第1項所定の「売上額」は,損害保険会社が損害保険の引受けの対価として保険契約者から収受した保険料の合計額である。

【参照条文】 独禁法7条の2第1項、独禁法(平9法87号改正前)8条1項、独禁法8条の3

 1 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)8条の3において準用する独禁法7条の2の規定によると,独禁法2条2項にいう事業者団体が一定の取引分野における競争を実質的に制限し,それが商品又は役務の対価に係るものであるときは,公正取引委員会は,事業者団体の構成事業者に対し,実行期間における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した「売上額」に100分の6を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならないとされている。
 本件は,損害保険会社の事業者団体が独禁法(平成9年法律第87号による改正前のもの)8条1項1号の規定に違反する営業保険料率に関するカルテル行為をしたとして,Y(公正取引委員会,被告・上告人)が同事業者団体の構成事業者である損害保険会社であるX(原告・被上告人)らに対して課徴金の納付を命じた本件審決について,XらがYに対し,本件審決のうちXら主張の金額を超えて課徴金の納付を命ずる部分の取消しを請求した事案である。
 2 本件の事実関係等
(1)機械保険事業の免許を受けた者を会員とし,独禁法2条2項にいう事業者団体に該当する日本機械保険連盟は,平成5年3月7日から同8年3月6日までの間において,会員の損害保険会社が機械保険及び組立保険の引受けをする際の保険料率を同連盟が決める一定の保険料率によることとさせた。
 Yは,連盟の上記行為が,機械保険等の引受けの取引分野における競争を実質的に制限し,独禁法(平成9年法律第87号による改正前のもの)8条1項1号の規定に違反する営業保険料率に関するカルテル行為であるとして,連盟の会員であるXらに対し,平成12年6月2日付けで総額54億4976万円の課徴金の納付を命ずる本件審決をした。
(2)本件審決は,機械保険等の引受けという役務の対価は損害保険会社が保険契約者から収受する営業保険料の全額であるとして,Xらが本件実行期間中に収受した保険料を合計した額を「売上額」とし,これに所定の割合を乗じて得た額の課徴金の納付を命じたものである。
(3)これに対し,Xらは,「売上額」とは,Xらが本件実行期間中に収受した営業保険料の合計額から,将来の保険金の支払に充てられると見込まれる部分(純保険料)の額又は実際に保険金の支払に充てられた部分の額等を控除した残額であると主張して,本件審決の一部取消しを請求した。
 3 原審は,損害保険会社の役務に対する対価は損害保険会社が保険契約者から収受する保険料から支払保険金の額を控除した部分であると判断して,本件審決の一部を取り消した。原判決が取り消した部分に係る課徴金の総額は,21億4366万円であった。
 4 原判決の理由の要旨は,次のとおりである。
 損害保険会社は,多数の保険契約者から保険料(営業保険料)を収受し,その一部で基金を形成した上,被保険者の中で実際に事故に遭遇した者が現れた場合には,保険契約に基づき,同被保険者に対し同基金から保険金を支払うのであって,この保険金の支払も機械保険等の引受けという役務の一部を成しているのであるから,営業保険料のうち保険金の支払に充てられた部分は,経済的には保険団体内部での資金の移動とみるべきものである。したがって,営業保険料のうち保険金の支払に充てられた部分は,基金に留保され,保険団体内部での資金移動に供せられるだけのものであるから,前記役務に対する経済的な反対給付,すなわち対価とみることはできず,損害保険会社の役務に対する対価は,営業保険料から支払保険金の額を控除した部分である。
 5 これに対し,本判決は,次のとおり判示して,原判決中のY敗訴部分を破棄し,Xらの請求をいずれも棄却した。
 「独禁法7条の2所定の売上額の意義については,事業者の事業活動から生ずる収益から費用を差し引く前の数値を意味すると解釈されるべきものであり,損害保険業においては,保険契約者に対して提供される役務すなわち損害保険の引受けの対価である営業保険料の合計額が,独禁法8条の3において準用する同法7条の2の規定にいう売上額であると解するのが相当である。」
 6 課徴金制度と課徴金の額の定め方
(1)課徴金制度は,昭和52年の独禁法改正で新設されたものである。カルテルに対する制裁措置としては刑事罰の定めがあるが(独禁法89条),刑事罰の発動には立証の困難などの障害があり,カルテルによる経済利得のすべてを罰金として徴収することには法体系上の困難があり,カルテルによる損害を回復するための制度である損害賠償制度(独禁法25条)の実効性にも限界がある。そこで,カルテルによる不当な利得を徴収する制度を新たに設け,行政上の措置として機動的に発動できるようにしたのが課徴金の制度である。
(2)このように,課徴金の制度は,カルテルによる不当な利得を徴収する制度であるが,カルテルの抑止のための制度として刑事罰と損害賠償制度に加えて設けられたものであり,課徴金の額が民事上の不当利得返還請求又は損害賠償請求の対象となるべき不当利得額又は損害額と一致させられるべきものとはされておらず,画一的に算定することとされている。
(3)賦課されるべき課徴金の額の定め方について,独禁法7条の2は,カルテル行為の実行期間における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額に所定の比率を乗じて得た額に相当する額としている。
 そして,これを受けて,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(以下「独禁法施行令」という。)5条及び6条は,実行期間において引き渡した商品又は提供した役務の対価の額を合計する方法によることとし,この合計額から控除すべきものを定めているが,この施行令の定めは,カルテルの実行期間における総売上額から,値引き,返品及びリベート(割戻し)を控除して,対象商品又は役務の純売上額を算定することとしている。
 また,課徴金の額を定めるに当たって売上額に乗ずる比率については,課徴金制度に係る独禁法の規定の立法及び改正の過程において,売上高を分母とし,経常利益ないし営業利益を分子とする比率を参考にして,業種ごとに定める一定率とされている。この分母とされた売上高とは,企業会計上の概念であり,会計処理上,個別の取引による実現収益として,事業者が取引の相手方から契約に基づいて受け取る対価である代金ないし報酬の合計から費用項目を差し引く前の数値である(企業会計原則損益計算書原則―B)。
(4)以上のような法令の定めをみると,独禁法7条の2の規定にいう「売上額」の意義については,一般に公正妥当と認められる企業会計原則上の考え方に準拠して,事業者の事業活動から生ずる収益から費用を差し引く前の数値を意味すると解されるべきものと考えられる。判決要旨1は,この趣旨をいうものである。
 7 次に,損害保険会社についてみると,原判決と本判決の結論の相違は,機械保険等の引受けという役務のとらえ方の相違に基づくものである。
 本判決は,機械保険等の引受けを,保険事故が発生したときに保険金を支払うという危険(リスク)の引受けととらえ,営業保険料はそのような危険引受けという役務に対する対価であるとするものである。
 これに対し,原判決は,保険制度が団体的共同備蓄の制度であることを強調し,損害保険会社の提供する役務の実態は,多数の保険契約者と保険契約を締結し,営業保険料を集めてその一部から共同的備蓄たる基金を形成し,これを適切に運営・管理し,保険事故が発生した場合にはいつでも保険金を支払える体制を整え,実際に保険事故が発生した場合は基金から保険金を支払うことであるとする。この立場からすると,営業保険料は共同的備蓄を形成するための単なる手段にすぎず,機械保険等の引受けという役務は,共同的備蓄として集められた基金を加入者間で移動する際の仲介業務ととらえられる。
 しかしながら,保険制度に原判決のいうような危険団体的性格があるとしても,それは保険制度の本来的性格を説明するものにすぎない(岸井大太郎「保険事業者団体による保険料率の決定と保険事業者に対する課徴金の算定「機械保険連盟事件刊別冊ジュリ161号87頁,和田健夫「損害保険会社に対する課徴金納付命令審決取消訴訟第一審判決」判評562号12頁(16頁))。
損害保険会社は,自己の責任と判断で保険料率を計算し,そこから引き出される営業保険料と保障される損害の内容を定め,それを一つの商品として顧客に提供することによって市場での競争が成り立っている。
また,損害保険が果たす機能は,実際に事故が生じ損害が発生したときに,損害の填補をなすだけでなく,事故が生ずる以前においても,被保険者の経済的生活の不安を軽減することにあり,この保険者の危険負担こそ,損害保険の本来的給付にほかならない(和田・前掲15頁)。損害が生じることなく保険期間が満了しても,保険者が危険を負担した限り,保険料を返還する必要がないのはそのためであると解されている。営業保険料はそのような危険引受けに対する対価と考えられる。
さらに,集められた営業保険料は,大量に蓄積されたまま保険金支払まで企業内部に留保されているわけではない。それらの資金は,利殖を目的として,産業資金として,あるいは財政資金として融資される。このような投資運用から得られる利益が損害保険会社の利潤の源泉となる。その意味では,支払保険金は,損害保険会社にとっては,保険事業を運営するための費用としての性格を持つと考えられる。
そうすると,費用を差し引く前の売上額を基準として算定すべき課徴金について,支払保険金を差し引いて計算することは認められないということになる。
 本判決は,このような考え方に基づき,保険者の危険引受給付と保険契約者の営業保険料給付が経済的に対価関係にあると理解するものである。
 8 以上のように,本判決は,独禁法7条の2の規定にいう売上額の意義等について,最高裁判所が初めて判断を示したものであり,公正取引委員会が独禁法に基づいて命ずる課徴金の制度の在り方自体に大きな影響を及ぼすものであって,理論的にも実務的にも重要な意義を有する。