- 村田 英幸
- 村田法律事務所 弁護士
- 東京都
- 弁護士
対象:民事家事・生活トラブル
- 榎本 純子
- (行政書士)
第三者行為災害(労働災害)と政府が代位取得する損害賠償権
最高裁判決昭和38年6月4日、 損害賠償請求事件
民集17巻5号716頁
【判示事項】 労災保険金の受給権者が損害賠償債務を免除した後の保険金給付と労働者災害補償保険法20条1項の適用の有無
労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務の全部又は一部を免除したため、残存債務が保険給付額に達しないときは、政府は、その後保険給付をしても、保険給付額と残存債務との差額については、労働者災害補償保険法第20条第1項による損害賠償請求権を取得しない。
(参照条文)(参照条文として、労働者災害補償保険法20条は、現行法の12条の4である。以下同じ。)
労働者災害補償保険法
第十二条の四 政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
2 前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。
最高裁判決昭和41年6月7日、損害賠償債務不存在確認請求上告事件
訟務月報12巻6号885頁、最高裁判所裁判集民事83号711頁
【判示事項】 一 労災保険法20条にいう「第三者」の意義
二 損害賠償債務免除後の保険給付と求償権
三 被災労働者の放棄した損害賠償請求権の範囲についての挙証責任
【判決要旨】 一 労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務を免除することによって残債務が消滅したような場合には、政府は、その後保険給付をしても、その給付額につき労働者災害補償保険法第20条第1項により損害賠償請求権を取得しない(最高裁昭和三八年六月四日第三小法廷判決、民集一七巻五号七一六頁参照)。
二 前項の免除が受給権者において政府より保険給付を受けられることを前提としてなされたとしても、特段の事情がないかぎり、受給権者は政府の保険給付では補填されない損害賠償の請求権だけを免除したにすぎないと解することはできない。
判決
上告理由第二点ないし第四点について。
労働者災害補償保険法20条にいう第三者とは、被災労働者との間に労災保険関係のない者で被災労働者に対して不法行為等により損害賠償責任を負うものを指すと解すべきであり、すなわち、被災労働者に対する直接の加害者のみならず、民法715条により右加害者の使用者として損害賠償責任を負う者ないし本件のように自動車損害賠償保障法3条により自己のために自動車を運行の用に供する者として損害賠償責任を負う者を包含するものと解するのが相当である。
ところで、労災保険金の受給権者が第三者の自己に対する損害賠償債務を免除することによって残債務が消滅したような場合には、政府は、その後保険給付をしても、その給付額につき労働者災害補償保険法20条1項により損害賠償請求権を取得しないことは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和38年6月4日判決、民集一七巻五号七一六頁参照)、いまこれを変更する要は認められない。
もつとも、原判決が確定した事実によると、本件被災労働者たる訴外中村長次は、本件負傷後上告人および加害者たる訴外長田豊から示談の申込みを受けていたところ、中村が当時従業員として勤務していた青木鉄工所の職員などより労災保険から六〇万円ほどの金が貰えるそうだと聞かされ、自分の負傷の方は労災保険給付金に頼ってなんとかやれるから、上告人や長田に対しては示談ですましてもよいと考え、昭和三三年三月一〇日上告人および長田との間に、(イ)右両名は本件事故による中村の負傷の損害賠償として中村に一一万円を支払うこと、(ロ)中村は右負傷について右金額以上の請求をしないこと、を約定し、その後数回にわたって上告人から合計一一万円の支払を受けたことが認められるというのであり、原審は右事実関係に基づき、中村において政府より保険給付を受けられることを前提としてそれによっては補填されない損害の賠償請求につき本件示談をしたものとも解せられるから、政府の保険給付と同時に法律上当然政府に移転すべき損害賠償請求権についてまで放棄したものと解することには、すこぶる疑問(原審はあえて疑問という。)があると説示しているが、前記示談において、このように政府の保険給付によっては補填されない損害賠償の請求権だけを免除する趣旨の明示・黙示の約定があったことを認めうるような特段の事情の主張立証のない本件において、単に労災保険給付を受けうることを前提として前記の示談がなされたということだけから、原判示が疑問としつつ提示するような解釈を採ることは到底できないものというべきである。
してみれば、本件において、原判決が確定した被上告人の本件労災保険給付額のうち、その支給の時期が本件示談成立までの分に相当する金額については、中村の上告人に対する損害賠償請求権がすでに被上告人に帰属しているから、中村はこれを放棄できないこと明白で、右金額については上告人の被上告人に対する損害賠償債務の存在すること明らかなので、本件上告中右部分に関するものはこれを棄却すべきであるが、右示談成立の日より後に給付した分に相当する金額については、被上告人は上告人に対して損害賠償請求権を取得しえないものといわなければならない。
しかるに、原判決は、被災労働者が政府から労災保険給付を受ける以前に損害賠償義務者たる第三者に対してその賠償請求権を放棄する行為は、政府の正当な利益を害するので、その効力をもって被上告人に対抗することができないとし、右示談成立後の労災保険給付金相当額についても被上告人は上告人に対して損害賠償請求権を取得するものとして、上告人の右部分に関する本訴請求を排斥したのは、法令の解釈適用を誤ったものといわなければならないから、その余の論旨についての判断をまつまでもなく、原判決中右部分に関するものは破棄を免れない。
最高裁判決昭和44年11月6日、損害賠償請求事件
民集23巻11号1988頁
【判決要旨】 労働者災害補償保険法20条1条の規定によって国が取得する損害賠償権は、会計法31条1項の規定する時効の利益を放棄することができない旨の制限に服しない。
【参照条文】 会計法31条1項
民法146項
労働者災害補償保険法20項1項
事案は、訴外Aがその運転する自動車により傷害を受け、労働者災害補償保険法に基づく補償請求をしたので、政府がその保険給付をなし、同法20条1項に基づきAのYに対して有する損害賠償請求権を取得したことを理由に、国がYに対し本訴請求をしている。
論点となった争点は、Yが時効期間徒過後に時効の利益を放棄したと原審が認定していることが、時効による絶対的消滅を規定した会計法31条1項に反しないか否かであった。
本判決は、判旨のように、私法上の金銭債権である本訴請求権については、同項の「別段の規定」である民法の規定が適用される結果、会計法1条1項の制限に服しないことを明らかにしている。
これは、通説(上林=小熊『会計法下巻』38頁)・行政解釈を支持したものである。
もっとも、このような通説、判例に反対する説(山内一夫・民商56巻5号773頁、荒秀『行政法演習I』60頁)や、時効の援用については批判的な説(高柳信一・法協84巻10号128頁以下)もある。