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村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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金融機関が預金者に対する自働債権と預金者口座への国民年金・労災保険金の振込にかかる預金債権を受働

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相続

金融機関が預金者に対する自働債権と預金者口座への国民年金・労災保険金の振込にかかる預金債権を受働債権として相殺することの可否

最高裁判決平成10年2月10日、損害賠償請求事件
金融法務事情1535号64頁

【判示事項】 金融機関が預金者に対して有する債権を自働債権とし預金者の口座への国民年金・労災保険金の振込にかかる預金債権を受働債権として相殺することの可否

【判決要旨】 国民年金・労災保険金の預金口座への振込にかかる預金債権は、原則として差押禁止債権としての属性を承継するものではなく、金融機関が預金者に対して有する債権を自働債権とし、右預金債権を受働債権として相殺することが許されないとはいえない。

【参照条文】 民法510条
       民事執行法152条
       国民年金法24条
       厚生年金保険法41条
       労働者災害補償保険法12条の5

 一 本件は、Y1信用金庫がXに対する保証債務履行請求権とXの預金債権とを対当額で相殺したところ、Xが、右相殺の受働債権たる預金債権は国民年金と労災保険金の振込入金分であって差押禁止債権であるから、これを相殺の用に供することは許されないと主張して、Y1に対し、相殺分の不当利得返還および慰謝料等の損害賠償を求めるとともに、Y2国に対し、金融機関に対してかかる違法無効な相殺をしないよう指導監督する義務を怠ったとして、損害賠償を求めている事案である。なお、一審判決に対する評釈として、伊藤進・金融法務事情一四七〇号一三頁がある。
 二 本件の事実関係および訴訟経過の概要は、次のとおりである。
 1 Xは、平成三年六月、Y1に普通預金口座(本件預金口座)を開設し、受給していた国民年金(老齢厚生年金、老齢基礎年金)および労災保険金の振込口座として利用していたほか、他の金融機関や生命保険会社からの入金、原告自身による預入れ、キャッシュカードによる引出しや保険料の支払等のために多数回にわたり利用してきていた。
 2 本件預金口座には、国民年金四二万円余、労災保険金一六七万円余が振込人金されており、後記3の相殺時の預金残高は約三六万円であった。
 3 Xは、平成元年八月に訴外AのY1に対する一五〇万円の貸金債務の連帯保証人となっていたが、平成五年四月、Y1に対し、Xが怪我のため病院通いをしていて仕事ができなくなったことから、今後の債務の弁済が不可能な状態にある旨通知したところ、Y1は、信用金庫取引約定書に定める期限の利益喪失事由が生じたとして、AおよびXに対し一括弁済を催告したうえ、本件預金口座にかかる預金債権とXに対する連帯保証債務履行請求権(約一八万円)とを対当額で相殺した(本件相殺)。
 4 Xは、平成五年七月、本訴を提起したが、原審(一審も同様)は、差押禁止債権である年金や労災保険金が受給者の預金口座に振り込まれると、受給者の金融機関に対する預金債権に転化してその一般財産になり、もはや差押禁止債権としての属性を承継するものではないし、Y1のした本件相殺が信義則に反するともいえないとして、これを適法有効とし、Xの請求を棄却した。
 5 これに対してXが上告し、
(1)国民年金・労災保険金が差押禁止債権とされている趣旨およびその支給が振込払いで行なわれている実態にかんがみれば、振込により受給者の一般財産となり年金等取扱金融機関からの相殺が可能となるとした原審の判断は、差押等禁止とした法の趣旨に反する、(2)国民年金等の振込であることが識別可能であるのに、年金等取扱金融機関がこれを知りながら預金債権と相殺することを許容すると、金融機関の放漫経営により年金制度の崩壊にも繋がりかねないから、原判決は取り消されるべきであると主張した。
 三 本件でXが受給していた老齢基礎年金・老齢厚生年金・労災補償保険金は、その給付を受ける権利を譲り渡し、担保に供し、差し押さえることができないとされている(国民年金法二四条、厚生年金法四一条一項、労働者災害補償保険法一二条の五第二項)。右年金等の支払方法には、受給者の指定する金融機関への振込払いの方法のほか、国から送付される小切手や国庫金送金通知書を日銀(ないしその代理店)、郵便局、金融機関に呈示して現金の支払を受ける方法があり、受給者の希望により選択可能であるが、大多数の受給者は、振込払いを選択しているようである。
 右年金等の預金口座への振込により成立した預金債権についても、差押禁止規定の適用があるかどうかをめぐっては、従来から議論のあったところである。
この点については、旧法下においても、法律の規定による差押禁止は、その差押禁止の債権が金融機関に振り込まれた場合にもそのまま妥当し、債務者の預金債権が差し押さえられた場合には、執行方法に関する異議(旧民事訴訟法五四四条一項、五六〇条)により差押禁止を主張できるとする説(宮脇幸彦『強制執行法〔各論〕』一〇四頁)や、差押禁止債権の目的物である金銭の預金口座への振込により成立した預金債権は差押禁止の対象とならないが、これらの預金債権については、債務者が手許に現金を持っている場合と区別すべき実質的理由がないから、有体動産の差押禁止に関する旧民事訴訟法五七〇条六号の適用があるとする説(戸根住夫『注解強制執行法(2)』四二三頁)があったが、通説および執行実務は、これらの預金債権についても差押えを肯定していた。
また、民事執行法の立案過程において、口座振込にかかる給料等の額に相Y1する預金債権の差押禁止規定を設けるかどうかについても検討の対象とされたが、種々の問題が生ずるうえ、民事執行法一五三条の規定により十分対処できるとして、特別の規定は設けられず、解釈にゆだねられることとなった(香川保一監修『注釈民事執行法(6)』三五七頁~三五八頁〔宇佐見隆男〕)。
 現行の民事執行法下では、差押禁止は、法律に掲げられた債権そのものについてであって、当該債権が預金口座に振り込まれた場合には、受給者の金融機関に対する預金債権に転化したものである以上、元の債権についての差押禁止が当然に預金債権にまで及ぶとはいえず、これを全額差し押さえることができ、債務者たる受給者の救済としては、民事執行法一五三条に基づく差押禁止債権の範囲の変更の申立てによるべきであるとするのが通説(香川監修・前掲〔宇佐見〕、鈴木忠一-三ケ月章編『注解民事執行法(4)』五一三頁〔五十部豊久〕、東京地裁民事執行実務研究会『債権執行の実務』七六頁〔諸星聖臣〕、東京地裁債権執行等手続研究会『債権執行の諸問題』八三頁〔松丸伸一郎〕、上原敏夫「債権差押命令と転付命令」三ケ月章=中野貞一郎=竹下守夫編『新版民事訴訟法演習(2)』二六九頁、竹下守夫『民事執行法の論点』二二九頁、伊藤・前掲一六頁、秦光昭・金融法務事情一三六四号六七頁ほか)および実務・東京高決平2・1・22金融法務事情一二五七号四〇頁、東京高決平七・2・5判例タイムズ七八八号二七〇頁ほか)である。
給料や年金等の受給者の生活保持の見地から差押禁止の趣旨は尊重すべきものであるが、解釈論としては右見解をもって是とすベきものであろう(なお、五十部・前掲は、なんらかの立方的手当てが必要であろうとする)。
 本件は、年金等取扱金融機関であるY1が、年金等の振込によって成立した受給者Xの預金債権を受働債権、Xに対する保証債務履行請求権を自働債権として相殺をしており、第三者からの預金債権の差押えの場合とは異なって、Xにおいて民事執行法一五三条に基づく申立てをするなどの対策を講じることは困難なケースであり、間題がないわけではないが、前記のとおり、本件預金債権自体は、元の差押禁止債権である年金等受給権とは異なって、当然には差押禁止の属性を帯びるものではないとされる以上、Y1による相殺を一般に許さないとすることもむずかしいと思われる。
もっとも、具体的事情のいかんによっては、金融機関による相殺が相殺権の濫用あるいは信義則違反として許されないとされるケースもありえないわけではないであろうが、本件の経緯や本件預金口座の利用状況等からしても、本件相殺が許されないものとまではいえないであろう。
年金等の受給者としては、年金等の振込先金融機関を変更するか、あるいは別の金融機関等の窓口で直接現金で受領する方法に変更することにより対応することになろう。
 四 本判決は、原審の確定した前記事実関係のもとにおいて、本件預金債権につき差押禁止の属性を承継するものとは認められないとして、Y1による相殺を適法有効とした原審の判断を是認し、例文により上告を棄却したものであるが、実務上参考となる。