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小説『ちっちゃな家』#3/3
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<短編小説集>
2009-05-28 16:45
“‥ったく、なにさまのつもりよ!あいつ。”
ゆみと同じせりふを心の中でつぶやきながら、わたしはいつしか小走りになっていた。
記事原稿ができあがると、ライターは取材元に校正を送り確認をお願いすることになる。
文面の細かいニュアンスの違いや、データの誤りなどはこの段階で修正ができるわけだ。
ただもちろん、メールやファックスのやりとりで充分な作業のところをこの福元大先生、
取材物件までわざわざわたしを呼び出してこられたのだ。それも休日に‥。
“どうせこれを口実に、わたしを口説こうってんでしょ! みえみえよ。”
『コトノハ舎』の前で待ち合わせた福元さんは、取材のときのスーツではなく、チェック
のワイシャツとデニムに水筒、といういでたちで、「歩こう。」とわたしを促してきた。
わたしの心とはうらはらの、おだやな日曜日の午後である。
たどりついたのは、等々力渓谷。東京の大動脈のひとつ、環状八号線を高架にしてまで
残された自然であることは、わたしも知っていた。ただ、訪れたことはなかった。
「東京にもね、探せばこんなふうに豊かな自然ってあるもんなんですよ。意外にね。
街をひとつの家にたとえると、道路は廊下、公園は庭って思えてくる。面白いでしょ。」
「福元さん、わたしね‥」
「とくにこの等々力渓谷。似てると思いませんか?『となりのトトロ』の鎮守の杜に。」
「え‥?」
「『サツキとメイの家』のこと。 玄さん‥、あいや、おとうさんから聞いてますよ。
このまえの『解決!リフォーム大魔王』の収録のときだったかな。」
「‥‥」
このとき、はじめて知った。
福元さんは、父の家具職人としての腕前に惚れ込み、仕事をともにしていたのだ。
元請の工務店にも、栂池工作所を協力業者とすることを条件に、設計した住宅の工事
を発注しているのだという。『コトノハ舎』も、そのひとつだと。
「私はね、空を見上げることができないんです、どうしても。できなかったんです。」
福元さんはニューヨークで、2001年に起きた9.11のテロに、実際に遭遇していた。
早朝、勤務先に向かうその頭上をかすめていった機影が、頭から消えないのだと言う。
「玄さんのアイディア‥、いや私へのメッセージだったんですよ。あの天窓は。
とざされた空間でも、とざされた心でも、もう開放感をあたえよう、ってね。」
「‥そうだったんですか。」
「飲みませんか?」ベンチに腰を下ろした福元さんは、掛けていた水筒をはずした。
注がれたお茶は、なつかしい『さやま本舗』のお茶の味がした。
“ひさしぶりに、かえってみようかな。おとうさんのところ。”
おわり
※この文章は、フィクションです。
『コトノハ舎』という住宅が存在すること以外、設定や登場人物はすべて架空です。
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