自分の建築との違い - コラム - 専門家プロファイル

須永豪・サバイバルデザイン 
長野県
建築家
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自分の建築との違い

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先日、ベテラン住宅作家Kさんの最新作を見学させていただいた。
とても力の入った作品。
コンクリート・鉄板・練られた執念のディテール、
それらが身体に訴えてくる重厚さを、各所に設けられた抜けが緩和していく。
また、街道側をガラスで解放していながらも、
全解放とは異なるほどよい解放感に落ち着けている妙、
秀逸なテクニックとこの高いクオリティを実現する執念に、唸るばかり。
ある意味「踏込んではいけない濃い領域」を見てしまった感じがする。
こうしてひとの作品を体験すると、自分の建築との違いがよくわかる。
Kさんの作品は建築のどの部位を見ても、一分の隙もなくデザインがなされていたが、
僕の場合ここまで突き詰められない。
老練してディテールがウマくなったとしても、たぶんしないだろう。
いやいや、さぼっているわけじゃなくて、成果物には作りの手の思考した痕跡をあまり残したくないのですよ。
建築物そのものをじっと鑑賞するに耐えるものとしてつくるのではなく、
光や影や風や音や眺め、それらが織りなす幻影、僕の場合の建築とは『現象を産む装置』なのである。
Kさんは「建築を映画のようにつくりたい」と言っていた。
やっぱり僕は「建築を楽器のようにようにつくりたい」のだ。
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須永豪・サバイバルデザイン 

人間らしい「サバイバル」ってなんだろう?

安心して寄り掛かれるおおきな木のような存在感と、ジャングルジムのような自由さと、楽器のような豊かな響きがある空間。そういうものを、木でつくりたい。