福岡高判平成23・2・7 産業廃棄物措置命令処分等の義務付け請求控訴事件 - 民事家事・生活トラブル全般 - 専門家プロファイル

村田 英幸
村田法律事務所 弁護士
東京都
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福岡高判平成23・2・7 産業廃棄物措置命令処分等の義務付け請求控訴事件

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相続

福岡高判平成23・2・7 産業廃棄物措置命令処分等の義務付け請求控訴事件
判例タイムズ1385号135頁

1 事案の概要
 本件は,産業廃棄物処理場(以下「本件処分場」という。)の周辺地域に居住する原告ら13名が,本件処分場においては廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃棄物処理法」という。)所定の産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分が行われており,その結果,原告らの生活環境の保全上の支障が生じ,又は生ずるおそれがあると主張して,県知事に対し,
主位的には,廃棄物処理法19条の8第1項に基づき,県知事が前記支障の除去等の措置を講ずべきこと(以下「本件代執行」という。)の義務付けを求め,
予備的には,廃棄物処理法19条の5第1項に基づき,県知事が本件処分場の事業者に対して前記支障の除去等の措置を講ずべきこと(以下「本件措置命令」という。なお,以下,本件代執行及び本件措置命令とを併せて「本件各処分」という。)を命ずることの義務付けを求めるという,非申請型の義務付け訴訟の事案である。
 本件の争点は,
本案前の争点として,
① 本件各処分は行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の2第1項にいう「一定の処分」として特定されているか,
② 原告らは本件各処分の義務付けを求める原告適格を有するか,
③ 本件各処分がなされないことにより行訴法37条1項にいう重大な損害を生ずるおそれがあるか,
④ 損害を避けるために他に適当な方法がないか,
また,本案の争点として,
⑤ 本件処分場において産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分が行われたか,
⑥ 廃棄物処理法19条の8第1項,19条の5第1項にいう生活環境の保全上支障が生じ,又は生ずるおそれがあると認められるか,
⑦ 本件代執行について廃棄物処理法19条の8第1項所定の義務付けの訴えの要件を満たすか,
⑧ 本件措置命令について廃棄物処理法19条の5第1項,行訴法37条の2第5項所定の義務付けの訴えの要件を満たすか,である。

(義務付けの訴えの要件等)
行政事件訴訟法第37条の2  第3条第6項第1号(「義務付けの訴え」とは、次に掲げる場合において、行政庁がその処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める訴訟をいう。
一  行政庁が一定の処分をすべきであるにかかわらずこれがされないとき(次号に掲げる場合を除く。)。
二  行政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合において、当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわらずこれがされないとき。 )に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる。
2  裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。
3  第1項の義務付けの訴えは、行政庁が一定の処分をすべき旨を命ずることを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。
4  前項に規定する法律上の利益の有無の判断については、第9条第2項の規定を準用する。
5  義務付けの訴えが第1項及び第3項に規定する要件に該当する場合において、その義務付けの訴えに係る処分につき、行政庁がその処分をすべきであることがその処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるときは、裁判所は、行政庁がその処分をすべき旨を命ずる判決をする。

廃棄物の処理及び清掃に関する法律
第19条の5  産業廃棄物処理基準又は産業廃棄物保管基準(特別管理産業廃棄物にあっては、特別管理産業廃棄物処理基準又は特別管理産業廃棄物保管基準)に適合しない産業廃棄物の保管、収集、運搬又は処分が行われた場合において、生活環境の保全上支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められるときは、都道府県知事(第19条の3第3号に掲げる場合及び当該保管、収集、運搬又は処分を行った者が当該産業廃棄物を輸入した者(その者の委託により収集、運搬又は処分を行った者を含む。)である場合にあっては、環境大臣又は都道府県知事。次条及び第19条の8において同じ。)は、必要な限度において、次に掲げる者(次条及び第19条の8において「処分者等」という。)に対し、期限を定めて、その支障の除去等の措置を講ずべきことを命ずることができる。
一  当該保管、収集、運搬又は処分を行った者(第11条第2項又は第3項の規定によりその事務として当該保管、収集、運搬又は処分を行った市町村又は都道府県を除く。)
二  第12条第5項若しくは第6項、第12条の2第5項若しくは第6項、第14条第16項又は第14条の4第16項の規定に違反する委託により当該収集、運搬又は処分が行われたときは、当該委託をした者
三  当該産業廃棄物に係る産業廃棄物の発生から当該処分に至るまでの一連の処理の行程における管理票に係る義務(電子情報処理組織を使用する場合にあっては、その使用に係る義務を含む。)について、次のいずれかに該当する者があるときは、その者
イ 第12条の3第1項(第15条の4の7第2項において準用する場合を含む。以下このイにおいて同じ。)の規定に違反して、管理票を交付せず、又は第12条の3第1項に規定する事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をして管理票を交付した者
ロ 第12条の3第3項前段の規定に違反して、管理票の写しを送付せず、又は同項前段に規定する事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をして管理票の写しを送付した者
ハ 第12条の3第3項後段の規定に違反して、管理票を回付しなかった者
ニ 第12条の3第4項若しくは第5項又は第12条の5第5項の規定に違反して、管理票の写しを送付せず、又はこれらの規定に規定する事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をして管理票の写しを送付した者
ホ 第12条の3第2項、第6項、第9項又は第10項の規定に違反して、管理票又はその写しを保存しなかった者
ヘ 第12条の3第8項の規定に違反して、適切な措置を講じなかった者
ト 第12条の4第2項の規定に違反して、産業廃棄物の引渡しを受けた者
チ 第12条の4第3項又は第4項の規定に違反して、送付又は報告をした者
リ 第12条の5第1項(第15条の4の7第2項において準用する場合を含む。)の規定による登録をする場合において虚偽の登録をした者
ヌ 第12条の5第2項又は第3項の規定に違反して、報告せず、又は虚偽の報告をした者
ル 第12条の5第10項の規定に違反して、適切な措置を講じなかった者
四  前三号に掲げる者が第21条の3第2項に規定する下請負人である場合における同条第1項に規定する元請業者(当該運搬又は処分を他人に委託していた者(第12条第5項若しくは第6項、第12条の2第5項若しくは第6項、第14条第16項又は第14条の4第16項の規定に違反して、当該運搬又は処分を他人に委託していた者を除く。)を除く。)
五  当該保管、収集、運搬若しくは処分を行った者若しくは前三号に掲げる者に対して当該保管、収集、運搬若しくは処分若しくは前三号に規定する規定に違反する行為(以下「当該処分等」という。)をすることを要求し、依頼し、若しくは唆し、又はこれらの者が当該処分等をすることを助けた者があるときは、その者
2  第19条の4第2項の規定は、前項の規定による命令について準用する。

第19条の8  第19条の5第1項に規定する場合において、生活環境の保全上の支障が生じ、又は生ずるおそれがあり、かつ、次の各号のいずれかに該当すると認められるときは、都道府県知事は、自らその支障の除去等の措置の全部又は一部を講ずることができる。この場合において、第2号に該当すると認められるときは、相当の期限を定めて、当該支障の除去等の措置を講ずべき旨及びその期限までに当該支障の除去等の措置を講じないときは、自ら当該支障の除去等の措置を講じ、当該措置に要した費用を徴収する旨を、あらかじめ、公告しなければならない。
一  第19条の5第1項の規定により支障の除去等の措置を講ずべきことを命ぜられた処分者等が、当該命令に係る期限までにその命令に係る措置を講じないとき、講じても十分でないとき、又は講ずる見込みがないとき。
二  第19条の5第1項の規定により支障の除去等の措置を講ずべきことを命じようとする場合において、過失がなくて当該支障の除去等の措置を命ずべき処分者等を確知することができないとき。
三  第19条の6第1項の規定により支障の除去等の措置を講ずべきことを命ぜられた排出事業者等が、当該命令に係る期限までにその命令に係る措置を講じないとき、講じても十分でないとき、又は講ずる見込みがないとき。
四  緊急に支障の除去等の措置を講ずる必要がある場合において、第19条の5第1項又は第19条の6第1項の規定により支障の除去等の措置を講ずべきことを命ずるいとまがないとき。
2  都道府県知事は、前項(第3号に係る部分を除く。)の規定により同項の支障の除去等の措置の全部又は一部を講じたときは、当該支障の除去等の措置に要した費用について、環境省令で定めるところにより、当該処分者等に負担させることができる。
3  都道府県知事は、第1項(第3号に係る部分に限る。)の規定により同項の支障の除去等の措置の全部又は一部を講じたときは、当該支障の除去等の措置に要した費用について、環境省令で定めるところにより、当該排出事業者等に負担させることができる。
4  都道府県知事は、第1項(第4号に係る部分に限る。)の規定により同項の支障の除去等の措置の全部又は一部を講じた場合において、第19条の6第1項各号のいずれにも該当すると認められるときは、当該支障の除去等の措置に要した費用の全部又は一部について、環境省令で定めるところにより、当該排出事業者等に負担させることができる。この場合において、当該排出事業者等に負担させる費用の額は、当該産業廃棄物の性状、数量、収集、運搬又は処分の方法その他の事情からみて相当な範囲内のものでなければならない。
5  前三項の規定により負担させる費用の徴収については、行政代執行法第5条 及び第6条 の規定を準用する。
6  第1項の規定により同項の支障の除去等の措置の全部又は一部を講じた場合において、当該支障の除去等の措置が特定産業廃棄物最終処分場の維持管理に係るものであるときは、都道府県知事は、当該特定産業廃棄物最終処分場に係る第15条の2の4において読み替えて準用する第8条の5第6項に規定する者(以下この項において「設置者等」という。)及び機構にあらかじめ通知した上で、当該支障の除去等の措置に要した費用に充てるため、その費用の額の範囲内で、当該特定産業廃棄物最終処分場に係る維持管理積立金を当該設置者等に代わって取り戻すことができる。


2 第1審及び本判決の要約
 第1審(判時2122号50頁)は,争点①,②についてはいずれも積極的に解し,次いで本案前の争点である争点③,④を判断する前提として,争点⑤,⑥を先に判断することとし,争点⑤については積極的に解したものの,争点⑥については消極的に解した。すなわち,本件処分場においては産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分が行われたことにより,人の生活に密接な関係のある環境に何らかの支障が現実に生じ,又は通常人をしてそのおそれがあると思われるに相当な状態が生じているというべきであるとしたものの,原告らが主張するところの硫化水素等の検出ないし基準値の超過の主張については,浸透水基準や排出基準の検査項目に含まれていない,あるいは基準を超えているとは認められないのであって,硫化水素等の検査結果をもって生活環境の保全上の支障のおそれの根拠とすることはできないとの判断をした。そして,本案前の争点である③につき,争点⑥で判示したように本件処分場自体に生活環境の保全上の支障が生じ又は生ずるおそれを肯定したものの,検査結果等から本件処分場周辺の地下水の水質は汚染された状況にはないとして,原告らに重大な損害が生ずるおそれがあるとはいえないと認定し,その結果,原告らの訴えは義務付けの訴えの要件を満たさず不適法であるとして,主位的,予備的いずれもの訴えをも却下した。
 これに対し原告らが控訴したところ,控訴審裁判所は,本判決で,争点①,②,⑤についてはおおむね第1審の判断どおりとしたが,争点⑥についての判断で,本件処分場においては産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分が行われたことにより,人の生活に密接な関係のある環境に何らかの支障が現実に生じ,又は通常人をしてそのおそれがあると思われるに相当な状態が生じているというべきであることをもって,積極的に解されると結論付け,第1審とは異なり,争点⑥の判断では硫化水素等についての検査結果を問題としなかった。その上で本案前の争点である③の判断において,本件処分場の地下に浸透水基準を大幅に超過した鉛を含有する水が浸透しており,それが地下水を汚染して本件処分場の外に流出する可能性は高く,控訴人13名のうち8名は井戸水を飲料水及び生活水として利用していることからすれば,8名については本件処分場において産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分が行われたことにより,その生命,健康に損害を生ずるおそれがあるものと認められ,重大な損害を生じるおそれがあると判断した。次いで,8名についてはその余の争点について判断し,争点④については控訴人8名に損害を生じさせるおそれのある直接の原因は本件処分場の事業者(第三者)にあり,事業者に民事訴訟を提起して権利救済を図る可能性があるとしつつも,事業者が経営上の問題を抱えていることを考慮すると事業者に対する民事訴訟による損害回避の具体的可能性は低いとして,補充性につき積極的に解した。そして争点⑦については検査結果から廃棄物処理法19条の8第1項の要件は満たされないとして主位的請求は認められないとしたものの,争点⑧については鉛で汚染された地下水が8名ら周辺住民の生命,健康に損害を及ぼすおそれがあること等から積極的に解し,控訴人8名について原判決を取り消した上,予備的請求の限度で認容した。
3 論点・学説等との対応
 争点①の「一定の処分」としての特定については,行政庁には効果裁量が与えられていることから,根拠法令の趣旨等に照らして執るべき措置の選択肢の範囲が特定されていればよいと解されている(南博方=高橋滋編『条解行政事件訴訟法』643頁以下)。原判決も本判決もこの立場に立脚していると思われる。
 争点②の原告適格については,多数の裁判例が存することはいうまでもなく,本件も一事例を加えるものといえる。
 争点⑤の産業廃棄物処理基準に適合しない産業廃棄物の処分の有無の点は,純粋に事実認定の問題といえるが,原判決の認定の手法,論理は参考になると思われる。
 争点⑥の生活環境の保全上支障が生じ,又は生ずるおそれの有無の点については,第1審は本件処分場の問題点を肯定しつつ,地下水の水質についての検査結果からして原告ら各自に支障が生じ又は生ずるおそれがあるとはいえないとして,消極に解したのに対し,控訴審は本件処分場の問題点を肯定したことをもって争点⑥につき積極に解したものであるが,原告らは第1審において,硫化水素等の検出ないし基準値の超過をもって,生活環境の保全上の支障の根拠としていたことから,第1審はその点を判断要素に持ち込んだことが考えられる。しかしながら,そもそも生活環境の保全上の支障という概念は,産業廃棄物の最終処分場に対する法的規制で登場する概念であることから(原判決の第2の1(3)「産業廃棄物の処分に関する法的規制」における判示部分参照),周辺住民の個別具体的な生活環境の問題というよりはむしろ,本件処分場自体の特性として把握すべきものとも考えられるのであって,控訴審はかような考え方を採用したものと推察される。この点は,今後議論の余地があろう。
 そして,争点③の損害の重大性について,第1審は地下水の水質に問題がないと判断したのに対し,控訴審は控訴人8名について前記のとおりこれを肯定したが,この点も事実認定の問題といえよう。
 争点④の補充性については,この要件を欠く例として,(ア)損害を避ける方策が個別法で特別に法定されている場合にもかかわらず当該方策を取らずに義務付けを求める場合,(イ)既にされた不利益処分が可分でその不利益処分自体の一部取消しを求めることによって適切に損害を避け得るのにこれをせず新たな処分の義務付けを求める場合,(ウ)法令において一定の処分を求めるための申請権が与えられているのにその申請をせずに処分をすることの義務付けを求める場合などが挙げられ,他方,損害を生じさせている直接の原因が行政庁以外の第三者の行為にあり,当該第三者に損害を避けるための措置を求めることによってある程度の権利救済を図ることが可能であるという場合であっても,直ちにそのことだけで補充性が否定されるわけではないとされている(南=高橋編・前掲639頁以下)。本件では,当該第三者が別途原告らを含む近隣住民の申立てに基づく仮処分決定により本件処分場の使用及び操業を仮に差し止められていること等の事情から,民事訴訟による権利救済は期待できないとしており,参考になろう。
 争点⑦及び⑧については,本判決は廃棄物処理法19条の8第1項,19条の5第1項,行訴法37条の2第5項の要件具備について判断をした一事例といえるのであり,廃棄物処理法の代執行,措置命令の要件に関し参考になろう。
 なお,本件については,最三小決平24.7.3(平23(行ツ)348号,平23(行ヒ)387号)にて,上告については棄却,上告受理申立については不受理と判断されている。