日露戦争と工学(6)――ロシアによる琵琶湖疏水の調査 - 人材育成全般 - 専門家プロファイル

田邉 康雄
有限会社田辺コンサルタント・グループ 代表取締役社長
東京都
経営コンサルタント

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対象:人材育成

中沢 努
中沢 努
(コンサルタント・研修講師・講演講師)

閲覧数順 2016年12月09日更新

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日露戦争と工学(6)――ロシアによる琵琶湖疏水の調査

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わが国エンジニア教育史ーー身内事例のユニークな史観 日露戦争と工学
 帝政ロシアの参謀、アバダスチが1902(明治35)年日本の情勢を視察にきました。1990(明治23)年に完成した第一の琵琶湖疏水、並びに視察の時点で計画中だった第二の琵琶湖疏水の内容を調査しました。田邉朔郎は、アバダスチの調査報告書の内容に「間違いない」と1902(明治35)年10月9日に捺印しました。

 アバダスチは、琵琶湖疏水が日本人だけの手で成ったことを本国に報告しました。「日本は工学が進んでいる。侮ってはいけない」と。

 ―― 1905(明治38)年5月27日に行われた「日本海海戦」で勝利した結果、とりあえず日本の「負け」はなくなりました。国民は大勝利に有頂天でした。

 ―― 戦勝記念に「田邉朔郎の名前を英文で琵琶湖疏水のトンネルクラウンに刻する」ことが1905(明治38)年の京都市参議会にて決定されました。

 これを受けて滋賀県側のトンネル入口と京都市側の出口に「Sakuro Tanabe, Dr. Eng., Engineer-in-chief. Works Commenced August 1885, Completed April 1890」と現に刻されています。

 因みに、アバダスチが視察に来た時点で計画中であった「第二の琵琶湖疏水」は日露戦争後の1912(明治45)年に竣工しました

 これらの逸話は、拙著:「生涯現役エンジニア」の25ページ「ロシアのアバダスチ」の項に紹介しました。