真実を見極める感性を育てる - 文化・芸術全般 - 専門家プロファイル

舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
東京都
クラシックバレエ教師・振付家

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対象:文化・芸術

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真実を見極める感性を育てる

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前回のコラムでご紹介させて頂いた方の記事に、めっちゃ共感してしまうものが多い私㋱なので、今回もその方の別の記事をご紹介致します♫

(^^✿

 

ちなみにこの方は、先日のコラム「何故多くの人は情報を鵜呑みにするだけで、短絡的にしかものを見ないのだろう」に、アメブロの方で「いいね!」を下さった方のお一人で、そこから私は彼のブログを知ったというのがご縁なのですが、

 

今回ご紹介させて頂く彼の記事は、私がそのコラムで伝えたいと思ったメッセージを、彼の俯瞰から出て来る"彼自身の言葉"で、表現は違えど「同じ事を伝えて下さっているなぁ!」と私は感じました~☆彡

(^^✿

 

そして、彼のメッセージから「彼は何を云わんとしているか?」という事を、私も自分の体験から俯瞰で理解でき、深く感じ取れている一人ではないかと自負しています~☆彡

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

明日の神話 さんのブログより 

TakAのプロフィール

TakA

 

 

『考える』ということ

【コロナが作り出す雰囲気に負けるな】

2020-03-30 00:24:12

 

 

あなたは、自分の頭でものを考えていますか?

 

僕もそうなんですけど、

「考える」っていうことができている人って、

実は、そんなに多くはないんですよね。

 

「自分なりに考えてる」

 

って主張する人もいたりしますけど、

 

自分では気づかないうちに

『思考停止状態』に陥ってる可能性も大いにあるんですよ。

 

 

もちろん、脳機能が停止しているわけではないので、

無思考ということではありませんが、

 

「考えてる気になってるだけ」で、

 

実は『イヤな感情に捕まってる』だけ、

ってケースはけっこうあります。

 

感情が脳内でループすると、

 

大きなエネルギーを消費するんで、

かなり疲れるわけですけど、

 

それが自分を『たくさん考えてる気にさせる』んです。

 

 

とりわけ、このコロナの大騒動の中、

メディアに不安を煽られて情動を刺激され、

 

思考能力を奪われちゃっている人も

多いんじゃないかって感じてます。

 

 

ということで、今回は、

「考えるとはそもそもどういうことか?」

というテーマについて解説していきます。

 

 

 

結論から言うと、考えるということは、

モヤっとした曖昧な感覚を言語化しながら視点を上げていくこと

なんですよ。

 

ピンとこないかもしれませんが、

このことについて考えるとき、

 

『抽象度』という概念について

理解すると府に落ちると思います。

 

聞きなれない言葉かもしれませんが、

これ、認知科学者の苫米地さんによる造語で、

 

抽象度というのは、

 

上がれば上がるほど抽象的になっていくし、

下がれば下がるほど具体的になっていきます。

 

 

 

「抽象的と何が違うの?」

 って疑問を持つと思うんでうけど、

 

『抽象度』という言葉には

『俯瞰した視野』というニュアンスが含まれてくるんです。

 

例えば、思考の抽象度が高い人は、

より俯瞰した視野を持っているイメージです。

 

 

 

いまいちピンとこないと思うので、

具体例を挙げてみましょう。

 

【Google Map】 は使ったことありますよね?

 

例えばあなたが、東京に居るとして、

そこから視点をすーっと上げていくと、

 

いずれ、北海道から沖縄まで

日本全体を俯瞰して視ることができます。

 

ここが抽象度が上がりきった視点だと考えてください。

 

今度は逆に【日本全体】からズームインして

視点を下げていきます。

 

そうするとやがて、全体像が

 関東  →  東京都  →  杉並区  → 阿佐ヶ谷

と細部に移動していき、

 

最後にはストリートビューまで具体的に視ることができます。

 

パソコン上のファイルを

どんどん開いていくのに似てますね。

 

まずは、これが『抽象度』の上げ下げに関する

イメージだと思ってください。

 

 

 

で、この『抽象度』なんですけど、

 

【ストリートビュー】から【日本全体】まで、

下から上へと全部、繋がっている必要があるんです。

 

ここが『抽象的』と違うところです。

 

 

『抽象的』というのは下から上まで繋がってなくて、

雲のようにふわふわと、掴み所がない概念を指します。

 Google Map で言うと【日本の全体像】の部分だけですね。

 

 

で、ここで螺旋階段をイメージして欲しいんですけど、

抽象度を上げていくことは、『思考の螺旋階段』を昇って行くこと、

という風に表現することもできます。

 

 

 

ヘーゲルは

「物事は螺旋的に発展していく」

と言っていますが、これは思考にも当てはまるんです。

 

螺旋階段って、上から眺めると、

同じところをぐるぐる回っているように見えるけれど、

横から見ると少しずつ上に登っていってますよね?

 

自分の頭で考えるということは、

論理を組み立てながら螺旋階段を登っていくこと、

 

つまり、視点を上げていくことなんです。

 

 

 

思考の螺旋階段を登っていくと、

かつての問題点が足元のはるか下の方に

俯瞰して見えるようになります。

 

この『思考の螺旋階段』を昇って行くためには、

2つの方法があります。

 

それが、

 

·曖昧な思考を言語化していくこと

·知識をつけること

 

です。

 

 

 

自分で考えるということは、言語化していくこと

という大前提があるわけですけど、実はそれだけでは限界があるんです。

 

それが「知識不足」という限界です。

Google マップの例で言うと、

 

【東京都】だけの知識を持ってても、

【神奈川県】のことは見えてきませんよね? 

 

だから、さらに抽象度を上げていこうとするなら、

 

【神奈川県】に関する知識も必要だし、

【埼玉県】に関する知識も必要になってきます。

 

そうやって小さな知識から広げていくことによって、

全体が見えるようになっていくんです。

 

 

 

ただ、ここで、一つ注意点があります。

それは、思い込みが抽象度を上げて行くのを邪魔する、ということです。

 

思い込みや先入観、決めつけ、というのが、

低い視座で思考がループしてしまう一つの原因なんですよ。

 

人間というのは良くも悪くも

『思い込み』に支配されて生きています。

 

 

「自分なんかが東大に受かるわけない!」

「金持ちになんかなれるわけがない!」

「自分は内向的な人間に違いない。」

 

 

何かものを考える時、こうした思い込みが、

 

螺旋階段上で『行き止まり』になって、

低い視座で思考がぐるぐるとループするわけです。 

 

 

で、何が厄介って、

思い込みというのは『主観そのもの』なんで、

『行き止まり』に突き当たった時、

 

それが自分の『思い込み』によるものだと、

自分ではなかなか気づきにくかったりします。

 

 

だから客観性を高めるために、

 

日頃から、意識的に自分の中にある『思い込み』と『思考』を

切り離して考えるクセをつけてく必要があるんですね。

 

 

客観性を高める方法としては、

瞑想やマインドフルネスが効果的です。

 

 

瞑想とは前頭前野を鍛えるためのトレーニングです。

 

 

人間が嫌な記憶や思い込みに囚われるのは、

 

哺乳類にある海馬と扁桃体が

活発に働いているからなんですが、

 

この働きをコントロールするのが前頭前野の役目なんです。

 

 

人間脳と哺乳類脳はシーソーのような関係になっていて、

片方が優位になると片方の力は弱わります。

 

 

 

 

瞑想で前頭前野を鍛えると言うことは、

 

こうした人間脳と哺乳類脳のシーソーゲームで、

人間脳を勝たせるためのトレーニングなんですよ。

 

前頭前野が優位になれば、客観性が高まってきます。

 

そうなってくると、思い込みや感情に

囚われることもなくなってくるんです。

 

僕も、精神的に病んでた時期があって、その時に、専門家のもとで

マイントフルネスを学んで実践したことで、

かなり救われた、という経験があります。

 

 

 

最後にですね、四角錐(ピラミッド)を

イメージしてみてください。

 

 

 

 

 一番下の面積が最大の部分、

 

ここが抽象度が最も低い階層で、

多くの人と共通する思考領域です。

 

一般論と言ってもいいですね。

 

 

そこからすーっと上に昇って行くと俯瞰度は上がりますが、

上がっていくほど面積が小さくなりますね。

 

これは、その抽象度の高さを持った人の数が減る、

ということを意味します。

 

てっぺんまで昇りきっちゃうと、

もう周りには誰もいませんね。

 

 

だから自分の頭で考えて生きて行くことは、

ある意味、孤独な生き方、と言うこともできます。

 

 

ただ、抽象度が上がってくると、

他人に対する理解度も上がってくるので、

 

これを『孤独』と捉えるかどうかは

その人のマインド次第ですね。

 

 

だから、てっぺんに近づいちゃった多くの

アスリートやアーティスト、実業家たちは、

 

自分の生き方や哲学なりを広めて、

人々を引き上げようと、

 

今度は、教える側に回ったりもしますし、

 

てっぺんにまで行っていないにしても、

人って成長するに従って、

 

自分の価値観や考え方を人に伝えたくなるのは

当然のことだと言えますね。

 

 

僕も、今回のコロナに関して学んだことを

みんなに伝えたくて、

 

前々回、コロナに関する記事と動画を作りました。

 

 

かなり信憑背が高い情報だと思うし、

不安や心配を少しは解消できると思うので、

 

役に立ったと感じた方は、

SNSなんかでシェアしてもらえるとうれしいです。^^

 

 https://ameblo.jp/brah-ma/entry-12585268160.html

 

 

 

 

以上、転載記事でした♪

☆_(_☆_)_☆

 

 

 

 

 

私は自分の人生で、自分が俯瞰で理解したものを、同じく俯瞰で深く理解してくれると感じられた方というのは、正直そんなに多くはないのですが、

 

その数少ない理解者というのは、自分の人生の中では"本物のアーティスト"の方達しかいなかったと言っても過言ではありません。

 

それだけアーティストというのは、心身ともに自分を磨き上げる、謂わば修行の様な"瞑想的な経験"を必然的にさせられるからなのでしょう。

( ・・) ~ ☆彡

 

ちなみに、こういう「感性を磨き上げられた方達」とのコミュニケーションには、多くの言葉を必要としなくなります。

 

そんな、まるで「テレパシーで会話する」という様な"感じ合う"という関係は、人生に美しい彩を添えてくれる様な素敵な体験でもあります♡

(*^^*) ~ ♡ 

 

 

 

 

 

 

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舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ

natural & elegance

長年プリマとして国内外で活躍。現役引退後は後進の指導とバレエ作品の振付けに専念。バレエ衣裳や頭飾りを作り続けて得たセンスを生かし、自由な発想でのオリジナルデザインの洋服や小物等を作る事と読書が趣味。著書に「人生の奥行き」(文芸社) 2003年