早わかり中国特許:第18回 補正要件 第2回 (1) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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早わかり中国特許:第18回 補正要件 第2回 (1)

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早わかり中国特許

~中国特許の基礎と中国特許最新情報~

第18回 補正要件 第2回  (1)

河野特許事務所 2012年11月28日 執筆者:弁理士 河野 英仁

(月刊ザ・ローヤーズ 2012年10月号掲載)

 

1.概要

 補正に際しては、「原明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲」内で行う必要があり、実務上は請求項に対する補正が、この範囲内であるか否かが問題となる。

 原明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲とは、文字どおりに記載された内容及び直接的に、疑う余地も無く確定できる内容をいうが、実務上は文字どおりの範囲内でしか補正が認められないことが多い。以下に述べるインクカートリッジ事件は、この審査指南で規定されている補正の範囲の妥当性を巡り争われた。

 

2.インクカートリッジ事件概要

 インクカートリッジ事件では請求項の「半導体メモリ装置」の記載を「メモリ装置」と補正したことに関し、復審委員会[1]および北京市第1中級人民法院は、メモリ装置は半導体メモリ装置以外の装置をも含むことから、新規事項追加に該当すると判断した[2]。これに対し、北京市高級人民法院は当初明細書および請求項の記載内容と審査段階で出願人がなした意見書の記載内容を総合的に判断し、「半導体メモリ装置」を「メモリ装置」と補正したことは新規事項追加に当たらないとした[3]。

 北京市高級人民法院の判決に対し、再審が最高人民法院に請求された。最高人民法院は北京市高級人民法院の「メモリ装置」に対する解釈の誤りがあることを認めたものの、明細書の記載、及び専利法第33条の立法趣旨等を総合的に勘案し、出願人がなした補正は新規事項の追加には当たらないと判断した[4]。

 

3.事件の背景

(1)特許の内容

 セイコーエプソン株式会社(以下、原告)は、「インクカートリッジ」と称する発明特許第00131800.4 (以下、800特許という)を所有している。

 

 

 

参考図1 800特許のインクカートリッジを示す説明図

 

 参考図1は800特許のインクカートリッジを示す説明図である。インクカートリッジの容器40の前壁には回路基板31が装着されている。回路基板31の前面にはインクジェットプリンタと通信を行うための接点60が分散配置されている。回路基板31の裏面にはインク量および製造年月日等を記憶するための半導体メモリ装置61が設置されている。争点となった主な請求項は以下のとおりである。原告は審査の段階で「半導体メモリ装置」を「メモリ装置」へと補正した。なお、明細書の従来技術欄には「メモリ装置」の文言が使用されていたが、実施例には「半導体メモリ装置」の文言のみが使用されていた。

 

請求項1

 インク供給針を通じてインクジェットプリンタの記録ヘッドにインクを供給するインクジェットプリンタキャリッジ上のインクカートリッジにおいて、

複数の壁と、

前記インク供給針を収容し、複数の壁の第1壁上に形成されるインク供給口と、

前記インクカートリッジに支持され、インクに関する情報を保存するメモリ装置と、

前記複数の壁の第1壁に交差する前記第2壁上に取り付けられ、前記インク供給口の中線上に位置している回路基板と、

前記回路基板の外面上に形成され、前記メモリ装置をインクジェットプリンタに連接する複数の接点とを備え、前記接点は複数の列を形成する。

 

(2)審判および訴訟の経緯

 原告は優先日を1998年5月18日とする国際特許出願PCT/JP99/02579に基づき、中国へ99800780.3号発明特許出願を行った。800特許は99800780.3号発明特許出願の分割出願であり、2004年6月23日に公告された。その後、800特許に対し、無効宣告請求が復審委員会に対して提出された。当該無効宣告請求に対し、原告は2007年9月18日、意見陳述書及び補正書を提出した。補正後の請求項の内容は上述したとおりである。復審委員会は請求項について出願人がなした補正は「新規事項追加に該当する」として、無効との審決をなした。原告は審決を不服として北京市第一中級人民法院へ上訴した。北京市第一中級人民法院は復審委員会の判断を支持する判決をなした。

 復審委員会および北京市第一中級人民法院は、「メモリ装置」は、普遍的な意味を包含し、半導体メモリ装置だけでなく、磁気バブルメモリ装置、強誘電体メモリ装置等数多くの異なる類型をも含むと述べた。また、800特許には、その他の種類のメモリ装置は記載されていなかった。当業者は必ずしも「半導体メモリ装置」から、直接的に、疑う余地も無く「メモリ装置」を確定できるとはいえないことから、当該補正は新規事項追加に該当すると結論づけた。原告はこれを不服として、北京市高級人民法院へ上訴した。

 

(3)北京市高級人民法院での判断

 北京市高級人民法院は、明細書では、「メモリ装置」は実際には「半導体メモリ装置」の意義で使用されていると判断した。さらに原告が実質審査段階の意見書において、「メモリ装置」に対し、明確な限定を行っていた事実に注目した。「メモリ装置」に関し、意見陳述書において、以下のように述べられていた。

 

「出願人は「メモリ装置」は図7(b)に示す「半導体メモリ装置61」と解釈している」

 

 以上のことから、北京市高級人民法院は、下位概念である「半導体メモリ装置」から上位概念である「メモリ装置」に補正されたものの、明細書及び出願人が審査段階でなした意見書の内容を総合的に考慮すれば、「メモリ装置」は「半導体メモリ装置」の簡称として使用していると解釈できることから、新規事項の追加には当たらないとの判決をなした。当該判決に対し、再審請求[5]がなされた。

 



[1]復審委員会は日本国特許庁審判部に対応し、専利法第41条に規定する復審(日本の拒絶査定不服審判に相当)及び専利法第45条に規定する無効宣告請求(日本の無効審判に相当)事件を取り扱う。

[2] 復審委員会2008年4月15日第11291号無効宣告決定

北京市第一中級人民法院判決(2008)一中行初字第1030号

[3]北京市高級人民法院2009年10月13日判決 (2009)高行終字第327号

[4] 最高人民法院2011年12月25日判決 (2010)知行字第53号

[5]再審制度とは、人民法院の行った誤った判決または裁定に対して再び裁判を行う制度をいう。事実の認定、及び、法律の適用のいずれかにおいて誤りがある場合は、本制度により再度審理が行われる。詳細は拙著「中国特許訴訟実務概説」発明協会を参照されたい。

 

(第2回へ続く)

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