中国特許判例紹介:中国における補正の範囲(第4回) - 特許・商標・著作権全般 - 専門家プロファイル

河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における補正の範囲(第4回)

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中国特許判例紹介:中国における補正の範囲(第4回)

~意見書の記載を考慮して補正の範囲を判断した事例~

河野特許事務所 2011年6月13日 執筆者:弁理士 河野 英仁

        セイコーエプソン株式会社

                              一審原告、二審上訴人

                v.

        知識産権局専利復審委員会

                              一審被告、二審被上訴人

5.結論

 北京市高級人民法院は請求項1について専利法第33条違反と判断した復審委員会の審決および北京市第一中級人民法院の判決を無効とした。一方、請求項8については、専利法第33条違反と判断した復審委員会の審決および北京市第一中級人民法院の判決を維持する判決をなした。

 

 

6.コメント

(1)発明の実体に踏み込んだ判決

 本事件では請求項1については形式的には新規事項追加になると考えられる。しかしながら、北京市高級人民法院は明細書内での文言「半導体メモリ装置」の使用の仕方、文脈、さらには意見書における陳述にまで踏み込んで判断し、安易に新規事項追加と判断すべきではない旨判示した。その一方で、単に意見書の陳述のみをもって補正の根拠とはできない旨判事した。

 

 本判決の判示事項を過信して広範な補正を行うのは専利法第33条違反となるリスクを伴う上、禁反言の法理[1]により権利範囲が限定解釈されるため、あくまでやむを得ない場合に限ると認識すべきである。

 

(2)補正の審査段階における手続的要件との2重苦

 補正の要件が緩やかな米国と比較し、中国の補正の要件はかなり厳しい。その上、審査段階では形式上実施細則第51条第3項に規定する以下の制限が加えられる。

 

実施細則第51条第3項

「出願人は国務院特許行政部門が発行した審査意見通知書を受領した後、特許出願書類を補正する場合、通知書に指摘された不備に対して補正しなければならない。」

 

 すなわち補正は原則として審査官の指摘事項に対応するものに限られ、当初明細書の範囲内の補正であっても原則として受け入れられない。これは、審査段階に入った後は既に審査が進んでいることから、自由な補正を認めるとすれば審査効率が悪化するからと解される。

 

 認められない補正の形態は審査指南第2部分第8章5.2.1.3に規定されている。

(1)独立請求項の中の技術的特徴を自発的に削除することで、該請求項が保護を請求する範囲を拡大した。

(2)独立請求項の中の技術的特徴を自発的に変更することで、保護の請求範囲の拡大をもたらした。

(3)説明書だけに記載され、元の保護請求の主題との単一性を具備しない技術的内容を自発的に補正後の請求項の主題にした。

(4)新しい独立請求項を自発的に追加し、当該独立請求項で限定した技術方案は元の権利要求書で示されていない。

(5)新しい従属請求項を自発的に追加し、当該従属請求項で限定した技術方案は元の権利要求書で示されていない。

 

 もっとも補正の方式が実施細則第51条3項の規定に合致しなくとも、専利法第33条の要求を満たした補正について、補正された書類によって当初明細書および請求項にあった欠陥が解消され、かつ権利付与の見通しがある場合は、上記(1)~(5)の補正も許可される。

 

 このように中国特許実務においては手続面および実体面の双方において厳格な補正の制限が課されている。日本の実務では広い権利範囲の請求項1を作成すると共に段階的に権利範囲が狭くなる従属請求項を作成するが、審査請求費との兼ね合いで、従属請求項を少なめに設定することが多い。しかしこれでは、中国の厳しい補正要件に対応できないおそれがある。中国への出願時には改めて従属請求項の見直しが必要となる。

 

判決 2009年10月13日

以上


[1]禁反言は中国語で「禁止反悔原則」と呼ばれ、特許権者が審査及び審判段階において、現有技術と自認した、若しくは、技術的範囲から自発的に放棄した技術内容を、権利行使の段階で何らかの理由で再び技術的範囲に取り込むことを禁止することを指す(拙著「中国特許訴訟実務概説」第127ページ、発明協会 2011年1月)。

禁反言の法理の法的根拠は司法解釈[2009]第21号第6条である。第6条は以下のとおり規定する。

「特許出願人、特許権者が特許授権または無効宣告手続において請求項、明細書について補正または意見陳述することによって放棄した技術方案について、権利者が特許権侵害紛争案件において改めてこれを特許権の技術的範囲に加えた場合、人民法院はこれを支持しない。」

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