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河野 英仁
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中国特許判例紹介:中国における補正の範囲(第1回)

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中国特許判例紹介:中国における補正の範囲(第1回)

~意見書の記載を考慮して補正の範囲を判断した事例~

河野特許事務所 2011年6月7日 執筆者:弁理士 河野 英仁

        セイコーエプソン株式会社

                              一審原告、二審上訴人

                v.

        知識産権局専利復審委員会

                              一審被告、二審被上訴人

1.概要

 特許出願の審査段階において請求項について補正を行う場合、当初明細書および請求項の範囲内で行わなければならないのが大原則である。中国専利法第33条は以下のとおり規定している。

 

専利法第33条

「出願人は、その特許出願書類について補正することができる。ただし、発明及び実用新型の特許出願書類の補正は、原明細書及び特許請求の範囲に記載された範囲を越えてはならない。」

 

 ここで記載された範囲とは、審査指南において以下のとおり規定されている。

 

「当初明細書および請求項の文字どおりに記載された内容と、当初明細書および請求項の文字どおり記載された内容と明細書に添付された図面から直接的に、疑う余地も無く確定できる内容を含む[1]。」

 

 補正により追加した事項がこの「直接的に、疑う余地も無く確定できる内容」に該当するか否かが問題となることが多い。本事件では請求項の「半導体メモリ装置」の記載を「メモリ装置」と補正したことに関し、復審委員会[2]および北京市第1中級人民法院は、メモリ装置は半導体メモリ装置以外の装置をも含むことから、新規事項追加に該当すると判断した[3]

 

 これに対し、北京市高級人民法院は当初明細書および請求項の記載内容と審査段階で出願人がなした意見書の陳述内容を総合的に判断し、「半導体メモリ装置」を「メモリ装置」と補正したことは新規事項追加に当たらないとした。

 

 

2.背景

(1)特許の内容

 セイコーエプソン株式会社(以下、原告)は、「インクカートリッジ」と称する発明特許第00131800.4 (以下、800特許という)を所有している。

 

参考図1 800特許のインクカートリッジを示す説明図

 

 参考図1は800特許のインクカートリッジを示す説明図である。インクカートリッジの容器40の前壁には回路基板31が装着されている。回路基板31の前面にはインクジェットプリンタと通信を行うための接点60が分散配置されている。回路基板31の裏面にはインク量および製造年月日等を記憶するための半導体メモリ装置61が設置されている。

 

 争点となった主な請求項は以下の2つである。

請求項1

 インク供給針を通じてインクジェットプリンタの記録ヘッドにインクを供給するインクジェットプリンタキャリッジ上のインクカートリッジにおいて、

複数の壁と、

前記インク供給針を収容し、複数の壁の第1壁上に形成されるインク供給口と、

前記インクカートリッジに支持され、インクに関する情報を保存するメモリ装置と、

前記複数の壁の第1壁に交差する前記第2壁上に取り付けられ、前記インク供給口の中線上に位置している回路基板と、

前記回路基板の外面上に形成され、前記メモリ装置をインクジェットプリンタに連接する複数の接点とを備え、前記接点は複数の列を形成する。

 

請求項8

 インク供給針を通じてインクジェットプリンタの記録ヘッドにインクを供給するインクジェットプリンタキャリッジ上のインクカートリッジにおいて、

複数の壁と、

前記インク供給針を収容し、複数の壁の一の壁上に形成されるインク供給口と、

前記インクカートリッジに支持され、インクに関する情報を保存する記憶装置と、

前記記憶装置をインクジェットプリンタに連接するのに用いられる複数の接点とを備え、前記接点は複数列を形成し、前記列の一つはその他の列と比較してより前記供給口に接近しており、前記インク供給口に最も近い接点列は前記インク供給口から最も遠い接点列より長い。

 

(2)審判および訴訟の経緯

 800特許は優先日を1998年5月18日とするPCT出願であり、2004年6月23日に公告された。その後、800特許に対し、無効宣告請求が復審委員会に提出された。無効宣告の請求者は本件訴訟の参加人である。当該無効宣告請求に対し、原告は2007年9月18日、意見陳述書及び補正書を提出した。補正後の請求項の内容は上述したとおりである。

 

 復審委員会は請求項1および8について出願人がなした補正は「新規事項追加に該当する」として、請求項1および8は無効との審決をなした。原告は審決を不服として北京市第一中級人民法院へ上訴した。北京市第一中級人民法院は復審委員会の判断を支持する判決をなした。原告はこれを不服として、北京市高級人民法院へ上訴した。



[1] 審査指南第2部分第8章5.2.1.1 補正の内容および範囲

[2]復審委員会は日本国特許庁審判部に対応し、専利法第41条に規定する復審(日本の拒絶査定不服審判に相当)及び専利法第45条に規定する無効宣告請求(日本の無効審判に相当)事件を取り扱う。

[3] 復審委員会2008年4月15日第11291号無効宣告決定

北京市第一中級人民法院判決(2008)一中行初字第1030号

(第2回へ続く)

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