(続き)・・以上のような被災者の方々の心身のケアと並んで、被災者を支援する立場の方々に対するケアも同様に大切な取り組みです。前述のように、直接の被災者を支援する立場の消防職員、自衛隊員、警察官、医師や看護師、報道関係者、自治体職員、災害ボランティアなどは「2次被災者」と称されます。彼らは被災者に接する時の様々な苦労や、被災者の窮状を見聞きすることにより生ずる共感的疲労などが原因で、たいへん大きなストレスを感じやすい環境に於かれています。
実際に阪神・淡路大震災の時にも、自らも被災した病院の看護師や消防職員などが、不眠不休の懸命の救援活動を続けた末に、PTSDやうつ病など心の病を発症したケースが多数寄せられています。また今回の東日本大震災でも、北海道の駐屯地から岩手県の被災地に派遣され連日にわたり救援活動を続けていた自衛隊員が、突然体調を崩して翌日亡くなったと報道されました。また津波に呑まれながら患者を守った医師や看護師などの奮闘ぶりも、数多く伝えられています。
特に災害の発生直後には顕著ですが、こうした被災者を救援する立場の人には、たいへん大きな肉体的および精神的な負担がのしかかります。とりわけ自身や家族、自宅が被害を受けた場合には1次被災者としての苦痛や苦労も加わります。こうした専門職は被災者から多くの要望と期待を受け、また一般的に職務に対する使命感や責任感が強いため、救援現場を容易に離れることができず、弱音を吐くこともできません。そのようにして、知らず知らずのうちに心身が蝕まれていくのです。
被災地に於いては、直接の1次被災者への救済が最も重要視されるのは当然ですが、これら救援にあたる人員に対する心身のケアは相対的になおざりにされがちです。最近になって欧米を中心に、災害現場に於ける消防職員や看護職員に対するケアの重要性が叫ばれ、それに関する研究や現場に於ける実践の動きが拡がりつつあります。日本はその分野での遅れが目立ちますが、阪神大震災以降ようやく現状を打開するような取り組みが始まっています。
救援者が個人的にも行なえるケアとしては、前項で述べたような発想の転換やストレス発散、運動、入浴、食事法などがやはり有効ですが、プロとして救援者は自分のケアにばかり注力できない、というのも現実です。そこで被災者に対してこれらのケアを施すことを通して、自分自身も同時にケアする、といった工夫や融通も大切です。例えば被災者と一緒に運動する、歌う、足湯を楽しむ、絵を描く、などといった取り組みを通して、被災者と自分自身を同時にケアすることも可能となります。
また発想法の一つとして、救援の専門家にありがちな「・・すべきだ」とか「・・であるべきだ」といった強い規範意識に基づいた考え方を、幾分でも緩めることが有効と考えられます。このような考え方は立派なものですが、あまりに強固だと精神的に追い詰められてストレスを溜めやすくなります。そこで「未曾有の災害なので、しかたがない」とか「救援者といえども人間。たまには休養も必要だ」というように、多少余裕を持った発想をする方が、長い目でみた場合に被災者のためになるものと考えられます。
さらに救援者の所属する組織が、指示系統を通してメンバーのケアを行なうことも重要です。災害発生直後から救援者は多忙を極め、時間の経過とともにその疲労とストレスが蓄積していきます。そこで組織のリーダーはリスクマネジメントの一環として、個々のメンバーがどのくらい疲労とストレスを抱えているかのチェックを定期的に行なう必要があります。もし疲労やストレスの兆候が一定以上みられるメンバーが出現した場合には、可能な限り休養を取らせるなど労務上の配慮が求められます。
とはいえ混乱した被災現場では交代要員が豊富にいる訳ではなく、限られた人数で救援活動を続けなければならないのも現実です。そのような極限状態に於いては、全ての業務を理想的な形で遂行することは殆んど不可能です。従って業務に優先順位をつけ、優先度の低い業務は後回しにしたり、他の専門家に任せるなどのトリアージが或る程度は必要となります。そして外部からのボランティア専門家を早期に要請するなどの交渉や手続きも望まれるところです。
それと並んで個々のメンバーが自分の体験や感情を素直に表現し、それを受け止める仲間作りや組織作りが求められます。専門家としての救援者が仲間に対して感情を吐露し、共有できる機会を設ければ、ストレスや疲労の蓄積を幾分でも緩和することができて、結果的に救援のパフォーマンスが向上することが期待されます。特に組織のリーダーは、メンバーの辛い体験や感情を受け止め、それに共感する能力と度量が必要とされます。
具体的には、業務の休憩中や申し送り時、ミーティングの時間などを活用し、互いの心身の状態を気遣い、業務の大変さを共有し合う機会をリーダーが率先して設けることが挙げられます。また業務が一段落した頃にメンバーが集合し、個々のメンバーが自身の体験や感情、思いを語り、他のメンバーがそれを受け止める機会をもつことも有効です。それによってメンバーは自分以外の様々な体験や感情を共有することができ、辛い救援体験を今後の仕事や生活に活かす原動力に出来るのです・・(続く)
このコラムの執筆専門家
- 吉野 真人
- (東京都 / 医師)
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