- 大園 エリカ
- 舞踊家(クラシックバレエ) 元プロバレリーナ
- 東京都
- クラシックバレエ教師・振付家
対象:文化・芸術
- 大園 エリカ
- (クラシックバレエ教師・振付家)
- 大園 エリカ
- (クラシックバレエ教師・振付家)
今回もツイートを通してお伝え致します。(※この記事の為に一部加筆修正しています)
☆_(_☆_)_☆
昨日の彼らのステージは素晴らしかった!私が出会った頃の彼らとは、まるで別人の様に感じられるほど、皆それぞれに自分らしく生き生きと輝いていた。私はとても感慨深かった。
そして実力と共に「太陽の様な真のスター性を持った彼」の存在の大きさと輝きを、私は改めて感じた~☆彡
いつも彼は、その時にその場で湧いて来たアイディアで予想もつかない色々な工夫をするけれど、昨日は特に夜の部での即興のパフォーマンスを見た時に、私は彼の「舞台演出家」としての才能の片鱗を垣間見た気がしました。本当に多才で天才的なアーティストだと思った。
あと、これは彼ではないけれど、彼らの会話から私が「あ!それ違うよ」と心の中で感じた事があった。そういう発想だから損をするのだと思えたからだ。
そして彼らはとても頭が良いのに、何故か「逆の立場で考える」という習慣がないのだなと改めて感じた。
大分抜けたとは言え、彼らの「何処か堅苦しさが抜けない不自然さ」の原因は、ここにあると私は思った。昔からそうした「一見謙虚そうに見える発想」を聞く度に、「一体誰からそういう教育を受けたのかな?」と私は思う。
彼らは「そう思うという事は、他者からそういう事をされた時にも、自分が相手の事をそう思う」と白状している事と同じだよという事に気付いていない。
私は昔からこうした思考を「隠れ傲慢」と呼んでいる。一見「謙虚そうに見える」からだ。
そこから生まれる堅苦しさが、心が通う真のコミュニケーションの邪魔をする。そしてそれは「相手も鏡として彼らに遠慮する形」となって行く。そしてその結果「ご縁を結べない」という事に自動的に繋がっている事に、彼らは気付いていないのだなと私は感じた。
そうした思考の根底にあるのは「如何に相手に悪く思われない様にするか、嫌われる事がない様にするか」しかない。そこには相手にどう思われても、自己責任の行動として「自分達はどうするか、どうしたいか」の自主性が欠けている。
人の顔色ばかり窺う「自主性の無い行為」に本物の愛は無い。そういう事に彼らは気付いていないのだなと私は改めて思った。
ちなみに最近私がリーディング動画を観る様になってから「好き避け」という言葉がある事を知りましたが、これは恋愛に限らず、全ての人間関係に言える事だと私は思う。
今回の彼らの会話から「彼らの生き方も正にそういう発想から来ているのだな」と私は思いました。まだ「大人になり切れていない彼ら」というものを私は感じました。
理性的に考える事はとても大事な事ですが、何事も"過ぎたるは猶及ばざるが如し"で、人間という生きものは考え過ぎると、大体「碌な事を考えなくなる」のが常。
何故なら「考え過ぎる事」で、シンプルなものを複雑にしてしまうから。自然なものを不自然にしてしまうからです。
(^^;(^^;(^^;(^^;(^^;;
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