対照的な中身の「知らなかった方が悪い」の話
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少し前ですが、高齢の独居老人に過剰なパソコンのサポートサービスを契約させ、それを知った家族が解約を申し出たところ、高額な解約料を請求されたことがツイッター上で拡散されて、多くの批判が集まったという話がありました。
会社側は謝罪したり、改善策を発表したりしていましたが、その後きちんと対応されたのかはわかりません。
非常識な契約に持ち込む行為は、倫理的な問題はあっても、契約自体が無効になるような違法性はないようで、そうなると結局「内容を知らずに契約した方が悪い」ということにされてしまうでしょう。
私はこの「知らなかった方が悪い」という言葉で思い出すことがあります。
ある会社に新たな評価制度を導入した時のことですが、新制度による評価結果が反映された最初の賞与支給の際に、ある一人の部長から苦情が上がってきました。説明には十分時間をかけたにもかかわらず、「こんな結果になるとは思わなかった」と言います。
どうもこの部長は、これまで実際の支給金額を逆算しながら評価をつけていたようで、制度改訂でその基準が変わっても、「どうせ大して変わらないだろう」と、内容をあまり確認していなかったようです。
評価結果が実際の金額に換算されて支給され、その後部下たちから確認の問い合わせが何件かあったらしく、そこから「想定していた結果と違う」「こんなことでは困る」と苦情を言ってきたわけです。
新制度の内容をきちんと把握しておらず、要は「知らなかった」ということでした。
人事部にずいぶんしつこく苦情を言ってきたようですが、それほどの不公平があるとは見られなかったこともあり、最後は社長から直々に、「部長の立場で“知らなかった”などと言う方が悪い」と一喝されて、この話は決着しました。この部長はその後、「ルールを無視する」「責任感がない」「いい加減過ぎる」などと批判され、ずいぶん評判を落としたようでした。
これはいくつかの会社で経験したことですが、事前にどんなに詳細な資料を作っても、どんなに細かく何度も説明をしても、当事者意識がないためか興味を示そうとせず、自分の身に実際に降りかかってきて初めて、質問や意見、批判が出てくることがあります。
そういう状況を想定した上で導入プロセスを考えることもあり、あえて「“知らなかった”では損をする」という状況を作ることもあります。必要な資料はすべて開示し、質問窓口を設け、その気になればいつでも確認できる環境を作った上で、内容の理解は本人たちの意識次第ということです。
「“知らなかった”では損をする」という体験を一度でもすると、それ以降は会社の動きに無関心のままでいることがなくなり、少なくとも後から「知らなかった」とは言わなくなります。
このような社内周知と、話題になった過剰なサポート契約では、どちらも「知らなかった方が悪い」といわれる点は同じですが、その中身には決定的な違いがあります。
前者の社内周知では、いかにしっかり理解をしてもらうかを目的に、当事者意識を持たせるために「知らなかった方が悪い」という状況を作っていますが、後者の過剰契約では、自分たちの利益と責任回避を目的に、あえて理解させずに「知らなかった方が悪い」という状況に持ち込んでいます。
また、前者は無理解に気づいたところからやり直しがききますが、後者では意図的にやり直しを難しくしているように見えます。
こうやって見ていくと、同じ「知らなかった方が悪い」という話でも、その中身はずいぶん対照的で、知らせる気がなかったのに「知らなかった方が悪い」と相手のせいにする過剰サポート契約の話は、思った以上に悪質な気がします。
いずれにしても、自分の身を守るには「きちんと知ろうとすること」「理解しようとすること」が重要だと感じます。
このコラムの執筆専門家

- 小笠原 隆夫
- (東京都 / 経営コンサルタント)
- ユニティ・サポート 代表
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